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第86章 南越フィナンシャル・グループ、世界預金構想を実行する

第86章 南越フィナンシャル・グループ、世界預金構想を実行する


アルゼンチンの地底地下鉄延伸、ドバイの砂漠地帯における完全防爆・地下淡水化プラント、ウクライナでの全自動地雷除去、さらにはパナマ運河の完全復活とツバルをはじめとする島嶼国の水没阻止――。南越急行グループが世界各地で完遂してきた一連の巨大国家プロジェクトは、莫大なインフラ建設の成功報酬と、通航権・港湾権という永久的なキャッシュフローをもたらしていた。


さらに、南越通商が買収・再生させたビーイング社と新新形国際空港の「新形ギガファクトリー」から生み出される超エコ・AI次世代大型旅客機「B7107」は、世界中のエアラインからの受注が怒涛の勢いで殺到し、受注残高は五十兆円を突破。全自動AIトラック、EVモビリティ、超高速電車「NK3500系」、さらには柏崎の核融合発電による半額クリーン電力の供給と、グループの産業生態系はもはや一国の枠組みを完全に超越していた。


その圧倒的な業績と将来性を映し出し、東京証券取引所における南越急行ホールディングスの株価は連日、前人未到の垂直登坂を続けていた。


「……篠原さん、株価の終値が出ました」


六日町本社のCEO室で、最高財務責任者(CIO)の大石専務が、手元の端末の数値を確かめながら冷静な、しかし力強い声で切り出した。


「我が南越急行ホールディングスの時価総額が、終値ベースで『五十兆一千億円』を突破しました」


「五十兆円、か……」


最高経営責任者(CEO)の篠原賢人は、窓の外に広がる六日町の街並みを静かに見つめながら、その数値を噛みしめた。かつて年間十数億円の赤字に震え、手元資金三億円の金融格闘技から始まった第三セクター鉄道が、ついに日本の産業史における金字塔へと到達したのだ。


「日本企業で時価総額五十兆円の壁を越えたのは、王者トヨダ自動車、そしてかつて我々が大株主として投資し、AI需要で爆発的進化を遂げた半導体巨頭キオクシェアに続き、我が南越急行が史上三社目となります」


大石は眼鏡の奥の目を光らせ、画面上のグローバルランキングを示した。


「米国メガテックのアップル、マイクロソフト、あるいはアマゾンといった数百兆円規模の超巨人たちにはまだ及びませんが、我がグループは単なるITプラットフォーム企業ではありません。鉄道、金融、製造、建設、航空、海運、エネルギー、医療、教育、そして農業までを自前で完結させる『世界唯一の実体経済コンツェルン』です。企業価値の『質』において、彼らに比肩する領域へ確実に近づいています」


「ああ。だがな、大石」


ソファで腕を組んでいた現場統括の古賀副社長が、白い吐息とともに深く頷いた。


「数字がどこまで膨らもうが、俺たちの足元は六日町の線路の上にある。五十兆円という数字は、俺たちの技術とサービスを信じてくれた世界中の人たちの信頼の重さだ。それだけは忘れちゃならん」


「もちろんです、古賀副社長」


大石はフッと口元を緩めると、胸ポケットから一冊の分厚い革装のファイルを取り出した。その表情には、普段の冷徹な分析官としての顔とは一味違う、並々ならぬ野熱が宿っていた。


「時価総額五十兆円という絶対的な信用力を手に入れた今こそ、南越フィナンシャル・グループ(NFG)を次の、そして最終段階へと進化させる絶好の機会です。……篠原さん、これをご覧いただきたい」


大石が提示したファイルの表紙には、『南越グローバル・バンキング構想 ——世界最大の民間安全預金機関の創設』と記されていた。


「世界最大の、民間安全預金機関……?」


古賀が眉をひそめて覗き込む。


「大石、越後中央銀行、山型銀行、九十二銀行を統合して総資産二十五兆円の地銀メガ・アライアンス(NFG)を作ったばかりじゃないか。まだ何かやるのか?」


「古賀副社長、現在のグローバル金融市場は、未曾有の不確実性に晒されています」


大石は熱を込めて語り始めた。


「米中の覇権争い、ウクライナや中東の地政学リスク、急劇なインフレと中央銀行の利上げ、さらには気候変動による国家リスク……。世界中の投資家、国富ファンド(SWF)、多国籍企業、さらには中小国家の政府に至るまで、『自分たちの資金をどこに預ければ安全なのか』という切実なリスクヘッジの場を失っているのです。既存の欧米メガバンクはリーマンショック以降の信用不安を引きずり、スイスのプライベートバンクすら顧客情報の開示圧力や接収リスクに怯えている」


篠原は大石の差し出したファイルを繰りながら、静かに問いかけた。


「つまり、圧倒的な実体産業と二十兆円超の自己資本、そして世界最高の技術力を背景を持つ我がNFGが、地球上で最も安全な『超国家級の安全資産の保管庫』になろうというのだな?」


「その通りです、篠原さん!」


大石の声が熱を帯びる。


「我が『南越グローバル・バンキング(NGB)』は、単なる預金吸収口座ではありません。柏崎の核融合発電所、南越建設の全自動インフラ、本産自動車のモビリティ、南越通商の資源権益といった『絶対に価値の目減りしない実体アセット』によって裏付けられた、世界で唯一の『絶対安全預金口座』です。スイス銀行の匿名性と堅牢性を上回り、欧米の金融制裁や政治的圧力から完全に独立した自由な安全資産の避難所セーフ・ヘイブンを創出するのです」


大石の頭の中では、すでに緻密な金融スキームが完璧に組み上げられていた。


南越信託銀行の高度なブロックチェーン暗号技術と、南越総合大学の量子セキュリティ、そして新形テレビ20の独立報道精神が担保する「絶対的な透明性と編集・政治権力からの独立」を金融に応用する。特定の超大国の意向で口座が凍結されるリスクのない、完全中立な世界最高の安全預金口座の設立であった。


「いいだろう、大石」


篠原の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。


「やってみろ。……だが、やる以上は中途半端な数字で終わらせるなよ」


「お任せください。私の試算に狂いはありません」


大石は力強くお辞儀をすると、即座に世界規模の金融作戦へと走り出した。


大石の行動は電光石火であった。


まず、南越フィナンシャル・グループの傘下にある南越証券、南越信託銀行、南越カードの機能を統合し、新新形国際空港の海上エアロスマートシティ内に、超高セキュリティを誇る国際金融センター「NGBタワー」を完工。


世界中の国富ファンド、中央銀行、巨大企業、そして超富裕層に向け、NGBの開設を静かにアナウンスした。


キャッチコピーは至極単純であった。


『あなたの資産を、地球上で最も安全な地に。——裏付けは、南越急行の技術と現場力です』


その反応は、大石の予測すらも上回る絶大なものであった。


一番最初に動いたのは、かつてドバイの地底地下鉄や淡水化プラントで南越急行の圧倒的技術力を目の当たりにした、中東のアラブ首長国連邦(UAE)やサウジアラビアのオイルマネーであった。


「米欧の金融システムに預けていては、いつ政治的都合で差し押さえられるか分からない。だが、南越急行なら我々の水と命を守り抜いてくれた。彼らの金庫以上の安全地帯は地球上に存在しない!」


ドバイ王室および国富ファンドから、一挙に「十兆円」規模の極秘当座預金電文がNGBへと着金。


これを皮切りに、世界中の資金が津波のように新形の地へと流れ込み始めた。


南米のアルゼンチンやブラジルのメガ企業、東南アジアのインフラファンド、さらには欧州の歴史ある老舗同族企業や、米国のGAFAMの余剰手元資金に至るまで、「ドル買い・米債保有」のリスクを避けるための資金が、NGBの「南越グローバル預金口座」へと殺到したのだ。


さらに、パナマ運河の再生やツバルの水没阻止で南越急行に救われた中南米や太平洋の小島嶼国、アフリカ諸国が、自国の外貨準備高の大部分をNGBへ移管。特定の覇権国家に依存しない「真の金融安全保障」として、NGBを選択したのである。


新新形国際空港の海上に佇むNGBの勘定系データセンターでは、連日連夜、世界中の通貨(米ドル、ユーロ、人民元、中東ディルハム、そして日本円)が、暗号化電文となって休むことなく着金し続けた。


かつて第11章において、二兆三千億円の着金によってメインバンクの越後中央銀行のシステムがフリーズし、自己資本比率規制(バーゼルIII)のパニックを引き起こした苦い記憶は、大石の徹底的な事前設計によって完璧に克服されていた。


大石は着金した巨額の預金性負債をただ眠らせるのではなく、南越通商のグローバル鉱物資源権益、南越建設の海外インフラコンセッション(通航料・売電収入)、そして柏崎核融合発電所の電力売却益という、極めてボラティリティの低い超高収益アセットへと即座に分散運用。


預金者に対しては業界最高水準の安全性と適正な利回りを保証しつつ、銀行側のROA(資産利益率)と自己資本比率を異次元の健全性で維持するパーフェクト・バランスシートを構築してみせたのである。


構想発表からわずか一年——。


NGBの当座・普通・信託預金の総額は、ついに大台である『百兆円』を突破した。


百兆円――。それは、日本国の国家一般会計予算に匹敵し、世界の主要国の国家予算を軽々と凌駕する、民間一金融グループとしては前代未未聞の巨額キャッシュであった。


このニュースが世界の金融市場を駆け巡った瞬間、ウォール街、ロンドン・シティ、そして国際金融機関の幹部たちは、激しいショックと激震に見舞われた。


かつて世界の発展途上国や金融危機に瀕した国家に対し、厳格な構造調整や厳しい融資条件コンディショナリティを突きつけて資金を貸し付けてきた「IMF(国際通貨基金)」や「世界銀行」の存在意義が、根本から揺らぎ始めたのだ。


何故なら、気候変動やインフラ不足、一時的な外貨不足に悩む新興国たちが、もはや内政干渉の激しいIMFや世銀の門を叩かず、圧倒的な資金力と誠実な現場主義を誇る「南越グローバル・バンキング」へ救済を求めるようになったからである。


NGBは、返済不能な厳しい金利を課すのではなく、南越建設の全自動インフラ建設や南越アグリの農業支援、本産自動車のモビリティ網構築とセットで低利融資を行い、地域の経済発展に伴う事業収益から回収する「成長共有型融資」を展開。


財政危機に瀕した国々にとって、NGBは厳格で冷酷な国際機関ではなく、真に寄り添い手を差し伸べてくれる「世界のラスト・リゾート(最後の貸し手)」へと進化を遂げていたのだった。


ある日の夕刻、NGBタワーの最上階にある特別応接室。


ガラス越しに夕日に輝く新新形国際空港の滑走路と、飛び立っていくB7107の雄姿を見下ろしながら、篠原、古賀、大石の三人が並んで立っていた。


「……百兆円、か」


古賀が感無量といった様子で呟いた。


「大石、お前が一人で鼻息荒く走り出した時はどうなるかと思ったが、本当に一国の国家予算レベルの金を世界中から集めてくるとはな。文句のつけようもない」


「ふっ、古賀副社長」


大石は眼鏡の位置を押し上げ、どこか誇らしげに胸を張った。


「数字は嘘をつきません。ですが、この百兆円の預金が集まったのは、私の金融スキームが優れていたからだけではありませんよ」


「ほう?」


「世界中の国や企業がNGBに金を預けた最大の理由は、我が南越急行グループがこれまで積み上げてきた『現場での誠実さ』です。ドバイの砂漠で、ウクライナの地雷原で、パナマの運河で、ツバルの海で……汗と泥にまみれて約束を守り抜いてきた現場の情熱があるからこそ、彼らは自分たちの命の次に大切な資産を我々に託したのです」


大石の言葉に、篠原は静かに微笑み、頷いた。


「その通りだ、大石。我々が集めた百兆円は、ただの数字の羅列ではない。世界中の人々が我々に寄せた『信頼と希望の総量』だ」


篠原は窓の向こう、水平線の彼方を見つめた。


「 IMFや世界銀行すら凌駕する『最後の貸し手』となった今、我々の肩には地球全体の未来がかかっている。途上国の貧困、インフラの不備、気候変動の脅威……この百兆円という巨大なエネルギーを、世界中の人々が笑顔で暮らせる日常のために正しく循環させていくこと。それこそが、我々に課された新たな使命だ」


「ああ、望むところだ!」


古賀が力強く自分の拳を掌に打ち叩いた。


「どこへでも行ってやるさ! 南越建設の重機と、南越車輌の電車と、南越アグリの米を持ってな!」


その時、応接室の扉が開き、社長室の秘書が緊張した面持ちで入ってきた。


「篠原CEO、大石専務、古賀副社長……! お忙しいところ失礼いたします。只今、国際通貨基金(IMF)の専務理事と、世界銀行の総裁から、連名で緊急の公式会談要請が入りました。『世界の金融安定と発展途上国支援の新たな枠組みについて、NGBの主導のもとで協調させてほしい』とのことです!」


三人は顔を見合わせ、爽やかな笑みを浮かべた。


「ふむ、かつて世界を仕切っていた巨人たちが、今や我がグループへ協調を求めて頭を下げてくるとはね」


大石が手帳を開きながら言った。


「篠原さん、どうされますか?」


篠原は力強い眼光で秘書を見つめ、即座に命じた。


「お受けしなさい。ただし、会談の場所はワシントンでもジュネーブでもない。我が南越急行の本拠地である『六日町』へ来ていただくようにお伝えしてくれ」


「かしこまりました!」


秘書が深く一礼して退室していく。


六日町駅のホームから、夕暮れの街並みに向かって、NK3500系の美しい長笛が遠く響き渡った。


時価総額五十兆円、預金総額百兆円――。


赤字ローカル線の危機から始まった南越急行のレールは、いまや世界の金融と実体経済を支える揺るぎない大動脈となり、地球上のあらゆる人々の暮らしと未来を乗せて、終着駅のない明日へと力強く駆け抜けていくのだった。

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