第73章 黒い思惑にはお仕置きを
第73章 黒い思惑にはお仕置きを
ウォール街のハゲタカファンド「ブラック・ストーン・キャピタル」の代表ヴィクター・チェン、そして日本の五大大手商社の一角である「角丸商事」の鉄鋼・資源担当常務・黒田は、都内最高級ホテルの会員制ラウンジでグラスを掲げていた。
「素晴らしい手際だったよ、黒田。あの柴田の吹けば飛ぶような小商社・新形通商をハメ込んで違約金地獄に突き落とし、北クロアジアの高品質な銅鉱石ラインを丸ごと掠め取るとはね」
ヴィクターが不敵な笑みを浮かべ、高価なウイスキーを口に含む。
黒田も下劣な笑みを噛み殺しながらうなずいた。
「ククク……新形通商の青二才どもめ、うちと北クロアジア政府幹部が裏で握っているとも知らずにな。これで北クロアジアの銅鉱石供給ルートは角丸とブラック・ストーンの完全独占だ。世界的なEVシフトとAIデータセンターの激増で、銅の価値は金以上になる。これを盾に取れば、あの生意気な南越急行コンツェルンめにも、高値で銅を売りつけて買い叩いてやれる。本産自動車もキオクシェアも南越車輌も、うちから高額で銅を買わなければ一歩も動けなくなる寸法ですよ」
「南越急行の篠原賢人……かつて私に二度も煮え湯を飲ませた男だ。だが、今回は勝てる。物理的な『資源』を握った者が勝つのが世界のルールだからな」
ヴィクターと黒田がさらなる高飛びの企みに打ち跨っていたその時、ラウンジの扉が静かに開き、黒のスーツを纏った一団が足音もなく室内へと入ってきた。
中心に立っていたのは、冷徹なまでに静かな眼差しを湛えた南越急行CEO、篠原賢人であった。
その脇には、電卓を手に鋭い光を放つ最高財務責任者の大石専務、現場叩き上げの気迫を漂わせる古賀副社長、そしてつい先日まで絶望の淵にいた新形通商——今は南越急行グループ「南越通商」の社長となった鈴木が控えていた。
ヴィクターの顔から笑みが消え、黒田は思わず立ち上がった。
「な……なんだお前たちは! ここは会員制の特別室だぞ! 警備員はどうした!」
黒田が声を荒げるが、古賀が太い腕を組み、ニヤリと笑って立ちふさがる。
「静かにしな、角丸の常務さんよ。このホテルの親会社はどこだと思ってんだ? 南越不動産とホテル・ホワイトラビットの傘下だよ。俺たちの家に入ってくるのに警備員もクソもあるか」
篠原は静かな歩調でヴィクターと黒田の前のソファーへと近づき、優雅に腰を下ろすと、ポケットからいつものジャスミン茶を取り出して静かに口にした。
ヴィクターはすぐに冷酷な笑みを取り戻し、ソファーに深く持たれかかった。
「フン……何をしに来た、篠原。新形通商の哀れな敗北を汲み取って、私に命乞いでもしに来たのか? 言っておくが、北クロアジアの銅鉱石の権利は100%我々のものだ。本産自動車やキオクシェアで銅が欲しければ、市場価格の三倍で売ってやってもいいぞ?」
黒田も調子に乗って書類を叩いた。
「そうだ! 新形通商の残した数百億円の違約金も、親会社になったお前たちが全額払う契約になっている! 払えなければ南越通商は即座に破産だ!」
二人の下劣な高笑いが響く中、大石専務がフッと鼻で笑い、手にしていた一冊の黒い革手帳を静かに開いた。
「ヴィクター氏、黒田常務。相変わらずおめでたい頭をお持ちのようだ。……篠原さん、お仕置きの第一弾、いかせていただきます」
大石がパチンと指を鳴らすと、手元のタブレット端末からヴィクターのスマートフォンへ、緊急アラートの赤点滅が一斉に押し寄せた。
「な……なんだ!? ウォール街のメインシステムからの緊急通知……!?」
ヴィクターが端末をひったくるように手に取り、画面を凝視した瞬間、顔面が蒼白に染まった。
「ブラック・ストーン・キャピタルが今回の北クロアジア買収工作のために組んでいた総額2,000億円の短期レバレッジローン……その債権の元受銀行12行から、たった今、全額の即時回収通知が発行されました」
大石が電卓を叩きながら冷徹に告げる。
「な……何をバカな! ローンの期日は来年だぞ! なぜ期限の利益が喪失する!」
ヴィクターが悲鳴を上げると、大石は冷ややかな笑みを浮かべた。
「お忘れですか? そのレバレッジローンの元受幹事会社である地銀や投資ファンド群は、すべて我が『南越フィナンシャル・グループ』および『越後中央銀行』の傘下、もしくは包括的提携下にあることを。そして本日午前9時、我がグループは貴方がたの組んだローン債権2,000億円分を全額一括で買い取りました。債権者は我が南越急行です。そして契約条項第14条に基づき、悪質な市場歪曲行為を行った借入人に対し、期日前一括返済を請求させていただきました。……本日正午までに2,000億円をお振り込みください。払えなければ、担保となっているブラック・ストーンの全保有資産を即座に差押えます」
「ぐ……ぬああああっ!?」
ヴィクターの手からスマートフォンが滑り落ちた。
しかし、お仕置きはそれだけでは終わらなかった。篠原が静かにジャスミン茶のカップを置くと、二つ目の通告を始めた。
「黒田常務。あなたがた角丸商事とブラック・ストーンは、北クロアジアから強奪した銅鉱石を船で日本へ運び、高値で売り抜ける算段だったようですね。……しかし、その銅鉱石はどこを通って、どの船で運ぶつもりですか?」
黒田が青ざめた顔で叫んだ。「な、なに……!? 船など、いくらでも海外の海運会社からチャーターできる!」
古賀副社長がガハハと豪快に笑い飛ばした。
「甘い、甘すぎるぜ黒田さんよ! 世界中の主要海運会社と港湾を仕切ってる『日本海ロジスティクス・アライアンス』のトップは誰だと思ってんだ? 『南越海運』と『南越物流』だ! すでに世界中の海運会社と主要港湾に対し、角丸商事およびブラック・ストーン名義の銅鉱石運搬船に対する積み込み拒否・入港拒否・通関拒否のストライキ指示を出してある! 港に落とされたお前たちの銅鉱石は、1トンの船にすら積むことができず、北クロアジアの港の露天掘り場に放置されたままだ!」
「な……船が出せない!? 港に入れない!?」黒田の額から大量の冷や汗が吹き出した。
「船が出せなければ、1日ごとに数億円の港湾停泊違約金が発生します」大石が電卓を指差した。「すでに北クロアジアの港で、角丸商事宛に数十億円の違約金メーターがカチカチと回り始めていますよ」
そして、トドメとなる第三のお仕置きを突きつけたのは、これまで黙って耐えてきた新形通商改め「南越通商」の鈴木社長であった。
鈴木は胸を張り、一通の国際公文書をテーブルの上に叩きつけた。
「角丸商事の黒田常務……これが何か分かりますか? 北クロアジア新政府からの『違法契約無効化・および不当利得没収通達書』です」
「な……新政府……!?」黒田の目が点になった。
篠原が静かに解説を加えた。
「あなたがたが買収していた北クロアジアの旧政府幹部の汚職と、我が新形通商へ仕掛けた違約金詐欺の事実を、我がグループの『新形テレビ20』取材班と国際報道ネットワークが全世界へ8K映像で完全暴露しました。怒った北クロアジアの国民によって旧政権は失脚。誕生した新政府は、あなたがた角丸商事と結んだ不当な契約を全面的に無効と宣言しました。あなたがたが買い占めたはずの銅鉱石の採掘権はすべて剥奪され、角丸が支払った数百億円の事前買収資金は全額国家に没収されました」
「そんな……バカな……! 数百億円が没収……!?」黒田が膝から崩れ落ちた。
「そして」と鈴木社長が誇らしげに語った。
「新政府は、我が『南越通商』と『南越建設』『南越電力』の連合チームに対し、北クロアジア全土の銅鉱山共同開発パートナーとしての独占権を与えてくれました。南越建設の全自動AI鉱山掘削機と、南越電力の格安クリーンエネルギー、南越総合医療センターの現地病院建設を条件にな。我が南越通商は、北クロアジアの高品質な銅鉱石を、従来の半額のコストで永久に独占直輸入する権利を手に入れたのです!」
「ひぃ……ひいいいいっ!」
黒田は頭を抱えて床に伏せ、絶叫した。
銅鉱石の権利は消滅し、買い占め資金は没収され、船も港も使えず毎日の違約金が膨れ上がり、さらには2,000億円のローンを即時返済しなければ会社が倒産する——。角丸商事とブラック・ストーンが仕掛けた非情な罠は、南越急行の圧倒的な総合力によって、そっくりそのまま彼ら自身を粉砕する巨大な地獄へと変貌していたのである。
ヴィクターは震える手でソファーにしがみつき、血の走った目で篠原を睨みつけた。
「し……篠原ぁぁぁっ! まただ……またお前は私の計画を……! 悪魔め! 金融の怪物め!」
篠原は静かに立ち上がり、上着の埃を軽く払うと、見下ろすようにヴィクターを見つめた。その瞳には、ハゲタカに対する憐れみすら浮かんでいた。
「ヴィクター氏。あなたは投資を『他者から奪うための数字のゲーム』としか考えていない。だから現場の情熱や、地域で愚直に働く人々、そして本物のインフラの力に敗北するのです。……黒田常務もだ。日本の大手商社の威光を笠に着て、真面目な地場企業を踏みにじるような者に、モノづくりの未来を語る資格はない」
篠原は大石と古賀、そして鈴木に向き直った。
「大石、角丸商事に対する敵対的TOBの手続きを開始しなさい。悪質な経営陣を追放し、優秀な現場の社員と国際物流部門を『南越通商』へと統合する。ヴィクターのブラック・ストーン・キャピタルに対しては、差押えた担保資産を全額売却し、市場から完全に退場させなさい」
「承知いたしました。本日中に処理を完了させます」大石が電卓を叩いて閉じた。
「よし! 鈴木社長、柴田に帰って社員たちに大ご馳走してやろうぜ! 今日から南越通商は世界一の商社だ!」古賀が鈴木の肩を豪快に叩いた。
「はい! ありがとうございます、古賀副社長、篠原CEO、大石専務……!」鈴木は涙を拭い、力強くうなずいた。
絶望の悲鳴を上げるヴィクターと黒田をあとに、篠原たちは静かに部屋を退出した。
数か月後、新形県柴田市にある「南越通商」の前に、最新の大型トラック車列と南越物流の自動運転EVトラック群が立ち並んでいた。
新形港に次々と横付けされる南越海運の大型貨物船「ホワイトラビット・グローバル号」からは、北クロアジアからダイレクトに輸送された高品質な銅鉱石が大量に揚陸されていた。
それらの豊富な資源は、南越通商の手を経て、本産自動車のAIトラック工場、キオクシェアの四泉半導体ギガファクトリー、サロナエアコンの量産工場、南越車輌の超高速電車製造ラインへと、滞ることなく超速で供給されていった。
海外大手の嫌がらせも、外資ハゲタカの陰謀もすべて粉砕した南越急行コンツェルンは、自前の国際総合商社「南越通商」を手に入れたことで、原材料の調達から製造、金融、物流、輸出に至る完全自前の「グローバル完結生態系」を完成させたのである。
六日町の本社ビルで、窓の外に広がる新形の澄み切った秋空を見つめながら、篠原はいつもの温かいジャスミン茶を味わっていた。
「篠原さん」と、大石が入ってきた。
「南越通商の初年度貿易高ですが、角丸商事の優良部門を吸収したこともあり、グループ外売上だけで2兆円を突破する見込みです。銅の直接調達により、本産自動車とキオクシェアの製造コストも15%削減されました」
「そうか。鈴木社長たち現場の頑張りの成果だね」
篠原は穏やかに目を細めた。
かつて柴田の地で悔し涙を流していた地場の商社マンたちは今、南越急行という世界最強の翼を得て、胸を張り、世界中の市場へと大海原を駆け巡っている。
どんな悪意や試練が襲いかかろうとも、地域と人々を愛し、現場の誇りを守り抜く南越急行の引く誇り高きレールは、さらなる無限の未来へ向かって、どこまでも、どこまでも力強く伸び続けていくのだった。




