第64章 おいしい非常食・ほっと和心(なごみ)シリーズ
第64章 おいしい非常食・ほっと和心シリーズ
南越急行となんぼく線の開通、そして永野電鉄の直通化や権糖地区の立体都市再生によって、新形・山型・永野の三県を繋ぐ「南越経済圏」は、かつてない強固な結びつきを見せていた。
その経済圏の食文化と日常の買い物を足元から支えているのが、山型県を中心に展開し、南越急行グループの傘下に入って劇的なV字回復を果たした老舗スーパーマーケット『株式会社スーパーカワサワ』であった。
ある日の午後。六日町にある南越急行本社の副社長室にて、現場統括である古賀副社長は、スーパーカワサワの代表取締役社長である川澤と向き合っていた。
川澤は古賀の大学時代の後輩であり、経営赤字に苦しんでいたカワサワを、南越急行の自動運転物流やドローン配送、デマンドバスと連携させることで見事に地域のコミュニティ拠点へと復活させた立役者である。
熱いお茶を一口すすった川澤は、真剣な眼差しで古賀を見つめ、静かに切り出した。
「古賀先輩……今日は、ある切実なご相談があって伺いました。山型の、いや、この豪雪地帯に生きるお年寄りやご家族の『命と心』を守るための、新しい挑戦をしたいんです」
古賀は腕を組み、身を乗り出した。「改まってどうした、川澤。カワサワの業績は絶好調のはずだが……どんな相談だ?」
川澤は深いため息をつき、厳しい冬の山型県の情景を語り始めた。
「ご存知の通り、ここ山型や奥越後の山間部は、冬場になると猛烈な爆弾低気圧に見舞われます。ひとたびホワイトアウトを伴う大豪雪となれば、自治体の除雪車すら立ち往生し、各地で道路が完全に寸断されます。そうなると、過疎集落のお年寄りたちは、自宅から何日も外に出られなくなるんです」
古賀は深く頷いた。「ああ……『ラビット・ローダー』を急遽投入した時もそうだったな。雪に閉じ込められる恐怖は、都会の人間には想像もつかない重圧だ」
「そうなんです」川澤は言葉を強めた。「南越物流やドローン隊が救援に駆けつけるまでの数日間、彼らは冷え切った家の中で、缶詰や乾パンをかじって耐えるしかありません。ですが、孤独と寒さに震える中で食べる味の素っ気ない非常食は、精神的に人をますます追い詰めてしまうんです……。だからこそ、私は作りたいんです。非常事態の暗闇の中でも、温めたり一口口に含んだりするだけで『ほっと胸が温まる、本当に美味しい非常食』を。カワサワのプライベートブランド(PB)として開発し、沿線の人々に届けたいんです」
川澤の言葉には、地域の食卓を長年預かってきたスーパーマーケットの社長としての、温かい使命感が満ちあふれていた。
「美味しい非常食のPBブランド化か……!」古賀の目が光った。「すばらしい考えだ! ただ腹を満たすだけじゃない、心の栄養になる非常食か。カワサワ単体でやるには、技術的に壁があるのか?」
川澤は苦笑いを浮かべた。「ええ。長期保存性と、食べた瞬間の『生きた美味しさ』を両立させるのは、通常の流通惣菜の技術では限界があります。レトルトやフリーズドライの最高峰の技術と、栄養豊富な食材、そして大量生産のノウハウが必要です」
「よし、解った!」古賀は豪快に膝を叩いて立ち上がった。「篠原のところへ行くぞ! あいつの頭の中には、日本中の凄腕企業のデータが全部入ってる。最高のパートナーを見つけてくれるはずだ!」
二人はすぐさま最高経営責任者室へと向かった。
CEO室では、篠原賢人がデスクで南越ビバレッジの「特選一級品ジャスミン茶」を手に、手元の資料を精査していた。
古賀と川澤から「美味しい非常食PBブランド」の構想を聞いた篠原は、ジャスミン茶のカップを静かに置くと、ふっと口元を緩めた。
「ほっとできる非常食か……。非常に南越グループらしい、素晴らしい着眼点だ」
篠原は立ち上がると、壁面の大型モニターへ歩み寄り、先日参加した「永野県商工会議所懇親パーティー」で交わした名刺のデータベースを呼び出した。
「川澤社長。先日、永野県への進出に際して名刺交換をした信州の企業群の中に、まさにこのプロジェクトにうってつけの『食の技術者集団』がいる」
画面に三つの企業ロゴが浮かび上がった。
一社目は、長野市に本社を置き、キノコのバイテクノロジー栽培と高度な菌床プラントで全国トップシェアを誇る『ナント株式会社』。
二社目は、こうや豆腐や味付け油揚げ、レトルト技術において国内最高峰の工業化ノウハウを持つ『四鈴コーポレーション』。
三社目は、高山村と須坂市に拠点を置き、超高品質なフリーズドライスープや粥の製造技術で世界的に知られる『アイザックフーズグループ』。
篠原は画面の三社を指差し、完璧なロジックを提示した。
「ナント株式会社が誇るバイオキノコは、食物繊維と免疫力を高めるβグルカン、そして旨味成分(グアニル酸)の宝庫だ。これらは長期間の保管でも風味が落ちない最高の健康食材となる。四鈴コーポレーションのレトルト・高温高圧殺菌技術を使えば、化学調味料に頼らず、出汁と素材の旨味を閉じ込めたまま常温で5年以上の長期保存が可能になる。そしてアイザックフーズのフリーズドライ技術があれば、お湯を注ぐだけで一瞬にして『淹れたての本格的な味と食感』が蘇る」
川澤社長は目を輝かせ、思わず声を上げた。
「す、凄すぎる……! キノコのバイオ大手『ナント』、レトルトの大家『四鈴』、フリーズドライの最高峰『アイザックフーズ』……! 信州が誇る食品業界の巨頭ばかりじゃないですか!」
古賀副社長がニヤリと笑った。「新形、山型、そして永野……三県の『食と技術の最強混成チーム』ってわけだな!」
篠原は即座に決断を下した。
「プロジェクト名『おいしい非常食』開発チームを発足させる。山型県からスーパーカワサワ、新形県から南越急行と南越アグリ、南越物流、そして永野県からナント株式会社、四鈴コーポレーション、アイザックフーズグループに参画してもらう。資金調達および開発ファンドは、我が南越フィナンシャル・グループから全額無償提供しよう」
こうして、県境と企業の垣根を越えた前代未聞の合同開発チームが電撃的に結成されたのである。
開発の舞台となったのは、永野県内にあるアイザックフーズの最新鋭フリーズドライ研究所、ならびに四鈴コーポレーションの食品開発センターであった。
集結したのは、スーパーカワサワのベテラン商品開発部員、南越アグリの米・野菜栽培スペシャリスト、ナントのバイオキノコ研究員、四鈴のレトルト技術者、アイザックフーズのフリーズドライ技師、そして南越急行の物流・パッケージ担当者たちであった。
「いいか! これはただの保存食じゃない!」
開発会議の冒頭、スーパーカワサワの川澤社長が熱く語りかける。
「豪雪の孤立や、大地震の避難所で、不安に震える子供やお年寄りが口にした瞬間、『ああ、美味しい……生き返る』と涙を流してほっと笑える味を作るんだ! 妥協は一切許されないぞ!」
開発チームの熱意が爆発した。
南越アグリからは、大沼・奥越後で育まれた最高級コシヒカリと、AI管理で栽培された甘み豊かな雪下ニンジンやゴボウが提供された。
ナントの研究所からは、採れたての旨味が最も凝縮されたブナシメジ、マイタケ、エリンギが毎日ブレンドされて運び込まれた。
四鈴コーポレーションの技術者は、出汁の抽出方法に命を懸けた。
「化学調味料や過剰な塩分で誤魔化してはダメだ! 大沼の湧き水に、ナントさんのキノコ出汁、昆布、鰹節を贅沢に掛け合わせ、四鈴独自の真空高温レトルト釜で圧力をかける! これで5年経っても、炊きたての料亭の味と香りが完璧に保たれる!」
アイザックフーズのフリーズドライ技師たちも、技術の粋を極めた。
「フリーズドライのブロックには、南越アグリのコシヒカリで作ったふっくらお粥と、具だくさんのみそ汁を組み込みます! マイナス30度で急速冷凍し、真空乾燥させることで、お湯を注いだ瞬間に『具材の歯ごたえとキノコのシャキシャキ感』が100%復元する特殊ブロックを開発しました!」
さらに、南越急行のパッケージチームが、過酷な現場を想定した工夫を凝らした。
電気やガスが止まった避難所でも、付属の発熱パックに少量の水(雪解け水でも可)を注ぐだけで、わずか5分でアツアツの湯気が立ち上る「全天候型レスキューパッケージ」を開発。水すらない極限状態でも、そのまま開封して手で美味しく食べられる「レトルト・そのまま和風リゾット」もラインナップに加えた。
試作と味の改良は数百回に及んだ。
「出汁の塩分を0.1%下げて、キノコの香りを前面に出そう!」
「お年寄りが喉に詰まらせないよう、具材の大きさを1ミリ単位で微調整してくれ!」
異業種のプロフェッショナルたちが、互いの技術を心からリスペクトし合い、「被災者の心を救う」という共通の目的に向かって一つに溶け合っていった。
そして、試作開始から半年後。
六日町本社の大会議室において、完成した『おいしい非常食』シリーズの最終試食会が執り行われた。
テーブルに並べられたのは、南越急行グループとカワサワ、信州三社が共同開発した、美しい和風デザインのパウチとパッケージ群であった。
商品名は、直球にして温かい——『おいしい非常食・ほっと和心シリーズ』。
ラインナップは全6種。
『南越コシヒカリとナントキノコの芳醇ぞうすい』(フリーズドライ)
『四鈴仕込み・ごろごろ野菜と黄金出汁の具だくさん豚汁』(発熱パック付レトルト)
『アイザック製・信州味噌と三種キノコの味わいおみそ汁』(フリーズドライ)
『南越アグリ直営・やわらか雪下ニンジンと鶏肉の和風リゾット』(そのまま食対応)
『こうや豆腐とヒジキのふっくら栄養煮』(長期保存惣菜)
『特選一級品ジャスミン茶仕立て・のどごし緑茶かゆ』(極限時対応)
試食会には、篠原CEO、大石専務、古賀副社長、カワサワの川澤社長、そしてナント、四鈴、アイザックフーズの社長と開発陣が揃って出席した。
会議室の中に、発熱パックから立ち上る香ばしい鰹出汁とキノコの豊かな香りが充満する。
古賀副社長が、アツアツの『芳醇ぞうすい』をレンゲですくい、口に運んだ。
次の瞬間、古賀の目が大きく見開かれた。
「う……うまい……! なんだこれは! 旨味が口いっぱいに広がるぞ! キノコがシャキシャキしていて、お米がふっくらだ! 非常食どころか、料亭の〆に出てくる高級ぞうすいそのものじゃないか!」
大石専務も『具だくさん豚汁』を口にし、すっと眼鏡の位置を正した。
「出汁の深みが素晴らしい……。塩分は控えめでありながら、野菜と肉の甘みが極限まで引き出されている。これなら、避難所で喉が乾くこともなく、高齢者や子供でも安心して毎日食べられます」
川澤社長は、自ら提案した『緑茶かゆ』を口に含み、ボロボロと大粒の涙を流した。
「これです……! これが作りたかったんです……! 寒さと恐怖の中でこれを口にしたら、誰だって『助かった、美味しい』と涙を流して微笑んでくれる……! 最高の非常食が完成しました!」
ナント、四鈴、アイザックフーズの社長たちも、互いに顔を見合わせ、晴れやかな笑みを浮かべて握手を交わした。
見守っていた篠原賢人CEOは、静かに『和風リゾット』をすすり、無言でうなずいた。
こうして、スーパーカワサワのPBブランド、おいしい非常食・ほっと和心シリーズは完成した。
発売して1週間後、スーパーカワサワ本社の川澤社長の所に、3人のバイヤーがやって来た。
全国的にスーパーを展開しているバイオンのバイヤーだった。
「川澤社長、私たちは御社から発売された製品、ほっと和心シリーズに感銘を受け、将来性を感じました。
ぜひとも、私共のグループスーパーでも売り出したいと考えています。」
川澤社長や篠原、開発した企業は承諾した。
こうして、スーパーカワサワの空を飛ぶカモメと青と緑のロゴが付いた製品が全国で販売されることになった。




