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第46章 スクリーンに映る軌跡とTrain way

第46章 スクリーンに映る軌跡とTrain way


初夏。新形県南大沼市、六日町。

南越急行ホールディングスの本社ビル周辺には、新緑の青々とした風が吹き抜けていた。かつては豪雪の合間に寂しい口笛のような雪風が響いていたこの街も、今や世界中から最先端の技術者、研究者、金融アナリスト、そして観光客が行き交う巨大なイノベーション・メガロポリスへと進化を遂げている。


時価総額は12兆円を超え、陸・海・空・金融・製造・建設・医療・教育・食卓・物流・カルチャー・創薬のすべてを自前で繋ぎ合わせた「不可侵の巨大エコシステム」。


その日、本社ビル12階にある広報部の執務室は、普段の落ち着いた空気とは異なる、異様な緊張感と熱気に包まれていた。


「……部長! 大手映画配給会社『北宝映画インターナショナル』のプロデューサー陣から、正式な企画書とプレゼン要請の最終ファイルが届きました! 件名は『南越急行ホールディングス全面協力・超大型映画製作プロジェクト』です!」


若い広報部員が、興奮で声を上ずらせながらメインモニターへファイルを転送した。


広報部長の女性が画面を食い入るように見つめる。企画書の表紙には、黒地に走る一本の鮮やかな赤と白のレール、そして力強い明朝体でこう記されていた。


『映画タイトル:Train wayトレイン・ウェイ —世界で一番強い鉄道会社の物語—』


「北宝映画だけじゃないわ……共同幹事会社にアメリカのハリウッド大手『ユニバース・ピクチャーズ』が入っている……!? 日米合同の超ビッグプロジェクトじゃない!」


広報部内から一斉にどよめきが巻き起こった。


オファーの詳細はこうだった。


かつて北陸新幹線の延伸に伴い看板特急『なんたか』を奪われ、年間十数億円の営業赤字を垂れ流しながら「緩やかな死」を待つだけだった小さな第三セクター・南越急行。


その会社が、いかにして絶望の淵から立ち上がり、金融という修羅場を潜り抜け、途切れた地域の鉄路を繋ぎ直し、ついには日本、そして世界のインフラの概念を根底から塗り替えるメガ・コングロマリットへと登り詰めたのか——。


その怒濤の奇跡と、極限の状況下で鉄道マンとしての誇りと情熱を捨てずに泥をすすって会社を支え続けた名もなき現場職員たちのドラマを、実話をベースにした全世界公開の超大型エンターテインメント映画として映像化したい、という熱烈なオファーであった。


「監督は……数々の世界的な映画賞を総なめにした、日本映画界の巨匠・神崎かんざき監督。主演には、若手から実力派まで超豪華キャストが名を連ねている……。予算は日本映画史上最大規模の五十億円!」


広報部長はゴクリと生唾を呑み込んだ。


これほどまでの規模の映画化オファーは、企業のブランディングやPRにとっても絶大すぎる好機である。だが同時に、南越急行の歴史は単なる「美しい成功体験」だけではない。210億円という巨額の公的毛色の強い資金を上場前の半導体株にぶち込んだ「狂気の金融戦」、自治体との激しい泥仕合、ハゲタカファンドとの血で血を洗う死闘といった、生々しく生々しい裏側も含まれている。


広報部長はすぐさま企画書をプリントアウトし、最高階の役員室へと向かった。


最高階の超高層役員室。


CEOの篠原賢人は、窓外の美しい新緑の山々と、高架の上を160km/hで滑らかに駆け抜けていく超高速AI電車「NK3500系」を見つめながら、静かに温かいジャスミン茶(南越ビバレッジの特選一級品)を口含んでいた。


「……映画『Train way』ですか」


篠原は広報部長から提出された分厚い企画書を繰り、静かに呟いた。


応接セットの革椅子には、専務の大石、副社長の古賀が座っていた。


「おいおい、映画化だって!?」古賀が身を乗り出し、日焼けした顔をほころばせた。「北宝とハリウッドが組んで、うちの歴史を映画にするのか!? すごいじゃないか! 俺の役は誰がやるんだ? ハリウッドの渋いアクション俳優か?」


「古賀副社長、浮かれている場合ではありません」大石が冷徹に眼鏡のフレームを押し上げた。「映画化というメディア露出には大きなリスクが伴います。過去の金融取引や企業買収のプロセスが面白おかしく脚色され、世間から『三セク上がりの成金企業が映画で自己満足の美談を作っている』と批判的なプロパガンダに利用される恐れもあります。リスクとリターンを厳密に計算せねばなりません」


二人のやり取りを、篠原は静かに聞いていた。


「篠原社長、ご決断を」広報部長が緊張した面持ちで尋ねた。「断ることも可能です。我が社は今や映画の宣伝など必要としないほどの実績とブランドを確立しています」


篠原は企画書を閉じ、ゆっくりと椅子から立ち上がった。


篠原の脳裏に、数十年前の「あの吹雪の日」の光景が鮮やかに蘇っていた。


かつて新幹線が開業し、『なんたか』を奪われ、静まり返った六日町駅のホーム。

吹雪が吹き荒れる中、凍える手でポイントの融雪作業を行い、錆びかけた線路を愛おしそうに磨いていたベテラン保線員たち。


「この線路はな、160キロで走れる最高の規格なんだ。いつかまた、ここを本物の列車が走る日が来るまで、俺たちが絶対に腐らせねえ」


そう言って、冷えた缶コーヒーを分け合いながら笑っていた、名もなき鉄道マンたちの顔。


そして、210億円という狂気の投資を提案した際、世間から「株バクチ」「税金泥棒」と苛烈なバッシングを受け、苦情電話で電話回線がパンクした時、頭を下げながら「私たちは社長と篠原さんを信じます」と現場を守り抜いた出向組の佐藤や現場の社員たち。


さらに、全財産を担保に入れ、自分の首を差し出して「最後の我が儘を許してくれ」と頭を下げた老社長・渡辺と、泥臭く現場を走り回った専務の長谷川の姿——。


篠原の瞳に、静かで温かい、そして熱い光が宿った。


「大石、古賀さん」


篠原は穏やかな声で言った。


「南越急行が2兆250億円を得て、世界的なコンツェルンへ成長できたのは、私の金融のロジックがあったからではありません。……あの絶望の暗闇の中で、誰一人として鉄道への夢を捨てず、毎日現場で汗を流し、線路を守り抜いてくれた『現場の鉄道マンたち』がいたからです」


篠原は広報部長をまっすぐ見つめた。


「企画を受け入れましょう。タイトルは『Train way —南越急行の奇跡—』。……ただし、北宝映画側へ一つだけ絶対に譲れない『条件』を出してください」


広報部長が息を呑んだ。「条件……と申しますと?」


「我が社を英雄視するような安っぽい成功美談にはしないでほしい、ということです」篠原の目が鋭く光る。「画面に映すべきは、経営陣のカッコいい決断ではなく、泥と雪にまみれて線路を守った現場の鉄道マンたちの汗と涙、そして地域の人々の葛藤と絆です。我が社は撮影に対し、車両、線路、駅舎、さらには南越建設や南越車輌の全施設を『全面無償提供・完全協力』いたします」


古賀が膝を強く叩いた。「いいぞ篠原社長! それこそが俺たちの南越急行だ!」


大石も静かに笑みを浮かべ、タブレットを閉じた。「了解いたしました。広報部および法務部を通じて、北宝映画インターナショナルと至急協定書を作成させます」


こうして、南越急行ホールディングスが全面協力する超大型映画プロジェクト『Train way』の製作が、正式に決定したのである。


数日後。六日町の本社ビル大ホールで、映画『Train way』の製作発表記者会見が執り行われた。


会場には、国内外から数百人の報道陣や映画関係者が詰めかけていた。壇上に並んだのは、北宝映画のプロデューサー、神崎監督、主演を務める日本を代表する実力派演技派俳優の東条とうじょう、そして南越急行CEOの篠原賢人、古賀、大石であった。


神崎監督が熱っぽくマイクに向かって語り始めた。


「私がこの映画で描きたいのは、単なる『株で大金を得た企業の成功ストーリー』ではありません。デジタル化が進み、効率主義とコストカットで地方が切り捨てられていく現代において、なぜ一つのローカル線が人々の心を打ち、地域を救い、世界を動かす巨大なインフラへと進化できたのか……その根底にあるのは『鉄路と人間に対する圧倒的な愛と夢』です」


主演の東条も感慨深げに語った。


「今回の役づくりにあたり、南越急行様の現場の駅員さんや保線員さん、運転士さんたちに直接取材をさせていただきました。皆さんが口を揃えて仰るんです。『私たちは列車を運んでいるんじゃない、乗ってくれるお客様の人生と夢を運んでいるんだ』と。その言葉の重みに、胸が震えました。命を懸けて演じさせていただきます」


記者から篠原へ質問が飛んだ。


「篠原CEO! 南越急行がこれほど大規模な映画撮影に全面協力される理由は何でしょうか! 工場や線路、車両を撮影で貸し出すことは、本業の運行に支障をきたすリスクもあると思いますが!」


篠原は静かにマイクを引き寄せ、会場全体を見渡しながら穏やかに答えた。


「我が社が協力する理由は一つです。この映画を通じて、全国……いや世界中の子どもたちや若い世代に『鉄道という仕事の持つ美しさと、諦めない夢の力』を伝えたいからです」


篠原の声が重く、力強く響く。


「かつて我が社が失意の底にあった頃、我々を支えてくれたのは、現場で誇りを持って働き続けた鉄道マンたちでした。彼らの流した汗と、地域の人々の温かい想いがあったからこそ、今日の南越急行が存在する。この映画『Train way』は、我が社のPR映画ではありません。全国で地域を支え、現場で戦い続けるすべての働く人々への……我が社からの感謝と敬意の讃歌なのです」


会場から、割れんばかりの嵐のような拍手とカメラのシャッター音が巻き起こった。会見の模様はすぐさま新形テレビ20をはじめとする全国ニュース、さらには世界中の映画メディアで報じられ、製作スタートの段階から爆発的な注目を集めることとなった。


そして、季節は本格的な夏へ差し掛かり、いよいよ映画『Train way』のクランクイン(撮影開始)の日がやってきた。


撮影の舞台となったのは、南越急行の原点であり、歴史の象徴である「六日町駅」の旧ホームと、かつての単線時代の雰囲気を完全再現した特設ロケ現場であった。


南越建設の「全自動施工チーム」と南越不動産の手によって、六日町駅の一角に、昭和・平成初期のどこか懐かしく、そして雪国特有の哀愁を帯びた当時の「南越急行・六日町駅舎」が見事に復元されていた。


さらに、南越車輌の新聖龍工場からは、旧新形鉄工場時代に作られ、動態保存されていた伝説の赤と白の旧型電車「NK100形」が、ピカピカに整備されてロケ現場へと送り込まれていた。


「本番、カメラ回りました! 『Train way』シーン101、カット1……テイク1、スタバイ……アクション!」


神崎監督の力強い合図とともに、カチンコが乾いた音を鳴らした。


撮影されたのは、物語の冒頭——北陸新幹線が開業し、看板特急『なんたか』を奪われた直後、しんしんと降る粉雪の中で、若い駅員とベテラン保線員が、静まり返ったホームで悔し涙を呑みながらも、線路の雪を払う印象的なシーンであった。


「カット! OK! 素晴らしい! 主演の東条さん、表情最高です!」


神崎監督の大声が響き、ロケ現場から大きな拍手が湧き上がる。


撮影現場の脇には、見学に訪れた南越急行の現役の社員たち、旧新形鉄工場時代からのベテラン技師・村上、そして元・出向組チーフで現在は南越急行ホールディングスの役員へと成長した佐藤の姿があった。


佐藤は復元された旧ホームと、演技をする俳優たちの姿を見つめながら、ボロボロと大粒の涙をこぼしていた。


「佐藤さん……大丈夫ですか?」声をかけたのは、副社長の古賀であった。


佐藤は照れくさそうに目元を拭い、照れ笑いを浮かべた。


「すみません古賀副社長……。あの頃の苦しかった記憶が一気に蘇ってきてしまって……。連日、住民や県から『税金泥棒』と罵倒され、篠原さんに辞表を叩きつけようとしていたあの日々……。でも、あの時、渡辺前社長が全財産を担保に入れて頭を下げてくれた。そして現場の仲間たちが、一度も安全運行を投げ出さずに列車を走らせ続けてくれた……。本当に……本当に俺たちは、奇跡の中にいたんですね」


村上技師長も深く頷き、NK100形の古い車体を愛おしそうに撫でた。


「ああ……。大手メーカーにバカにされ、工場が潰れそうになりながらも、俺たちがこの手で作った電車だ。南越急行さんが俺たちの技術を捨てずに繋いでくれたから、今こうして映画の中で誇らしく輝いている。技術者冥利に尽きるよ」


その様子を、少し離れた場所から静かに見守っていたのは、篠原賢人と専務の大石であった。


大石がタブレットを見つめながら、ぽつりと呟いた。


「篠原社長。映画の撮影に伴う車両手配や駅舎使用による運行調整コスト、およびロケ支援費用は、当初の試算通り我が社の地域広報費およびCSR(社会的責任)予算内で完全に収まっています。……しかし、得られている社内の『士気モチベーションの向上』と、社員たちの笑顔は……どのような財務諸表の数値をも遥かに凌駕する価値ですね」


篠原は穏やかな笑みを浮かべ、大石の肩をそっと叩いた。


「大石。数字の裏にある『人間の情熱』を理解できるようになったか。君は本当によい経営者になったな」


大石は一瞬驚いたように目を見張り、それから照れくさそうに眼鏡の位置を正した。「……冷徹な財務分析の結果です」


撮影は順調に進み、六日町駅でのロケに続き、南越車輌の新聖龍工場、越後湯澤のぶーぶーんシティ、新形港の南越海運コンテナターミナル、そして全線複線化されたなんなん線を疾走する「NK3500系」の超高速走行シーンへと移っていった。


撮影現場には、かつて南越急行を率い、現在は名誉顧問として静かに後進を見守る元社長の渡辺と、元副社長の長谷川の姿もあった。


二人は車椅子や杖を手に、撮影スタッフや俳優たちに温かい差し入れ(南越ビバレッジの特選一級品・ジャスミン茶と、南越アグリの新米おにぎり)を配りながら、嬉しそうに撮影風景を眺めていた。


「見てみろよ渡辺さん!」長谷川が目元を熱くして笑う。「俺たちの若い頃の苦労が、ハリウッド映画みたいに格好よく撮影されているぞ! 主演の役者なんて、俺の若い頃よりずっと男前じゃないか!」


渡辺も白髪の頭を撫でながら、温かく目を細めた。


「ハハハ! 長谷川君、君は昔から男前だったよ。……だがね、映画になるくらい素晴らしい歴史を、我々は篠原君やみんなと一緒に歩んでこられたんだな。……幸せな人生だよ」


二人の老将の背中に、初夏の爽やかな陽光が降り注ぐ。


撮影現場の中心では、神崎監督の指揮のもと、新旧の南越急行の車両が並ぶ感動的なラストシーンの撮影が行われていた。


かつて時速160キロで雪原を切り裂き、南越急行の黄金期を支えた赤と白の「特急なんたか(NK100形)」。

そして、2兆250億円の奇跡を経て、自前の技術で創り出された最新鋭の160km/h対応超高速AI電車「NK3500系」。


二つの時代を象徴する列車が並び、その前で現役の若い運転士や車掌、保線員、そして創業時代のベテランたちが、笑顔で肩を組み合っている。


「カメラ回りました! 『Train way』ラストカット……アクション!」


カチンコが鳴り響く。


晴れ渡る越後の青空の下、NK3500系のパノラマノーズが陽光を浴びて神々しく輝き、遠くの線路へ向かって力強いタイフォン(警笛)が響き渡った。


「カット!!……完全OK!! 全撮影工程、無事にクランクアップです!!」


神崎監督のメガホンからの叫びとともに、ロケ現場全体から地鳴りのような大歓声と拍手が巻き起こった!


スタッフ、俳優、見学していた社員たち、地元住民たちが、お互いに抱き合い、涙を流しながら拍手を送り合う。


メガホンを取った神崎監督が、涙をぬぐいながら篠原のもとへ駆け寄り、強く、深く握手を交わした。


「篠原社長……! 本当に、本当に素晴らしい撮影ができました! 南越急行様の全面協力と、社員の皆様の圧倒的な情熱がなければ、この作品は生まれませんでした! 『Train way』は、間違いなく世界中の人々に夢と希望を与える最高傑作になります!」


「感謝いたします、神崎監督」篠原は深々と頭を下げた。「映画の完成を、世界中の社員と地域の人々とともに、心から楽しみにしております」


夕暮れ時。


撮影が終わり、静けさを取り戻した六日町駅の古いホーム。


茜色に染まる夕空の下、一人ホームに立ち、どこまでも伸びる二本の鋼鉄のレールを見つめる篠原賢人。


その足元を、温かい初夏の風が吹き抜けていく。


かつて年間十数億円の赤字に震え、北陸新幹線の影で死を待つだけだった小さな第三セクター「南越急行」。


2兆250億円という前代未聞の純利益から始まったその奇跡の物語は、銀行を呑み、車を作り、空を飛び、海を渡し、街を創り、巨大JRを傘下に収め、命を救い、教育を興し、食卓を守り、そして今、スクリーンの映像となって、世界中の人々の心へと羽ばたこうとしている。


篠原は静かにジャスミン茶のグラスを傾け、どこまでも、どこまでも光り輝く未来のレールを見つめた。


「渡辺さん、長谷川さん……そして現場の仲間たち。我々の走る道に、終着駅はありません」


遠く高架の上を、夕日を浴びて時速160キロで滑らかに駆け抜けていく超高速AI電車「NK3500系」。


その力強いタイフォンの音が、茜色の越後路に、どこまでも高く、どこまでも誇らしげに響き渡っていた。


不滅の情熱と地域の絆を胸に刻んだ南越急行の走る道(Train way)は、映画のスクリーンを超えて、100年後の未来へ向かって、永久に途切れることなく、光り輝く軌跡を描き続けていくのだった。

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