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第43章 開かれた中古売買物語

第43章 開かれた中古売買物語


日本全体が緩やかな人口減少の影に覆われる中、新形県だけは異彩を放っていた。


南越急行による新山型交通の再生、山型市・下山温泉の都市モビリティ改革、そして「ムギリ」との提携による日本海物流バイパスの確立——。これら一連の事業が生み出した膨大な雇用と経済の熱気により、新形県は全国でも稀有な「人口増加地域」として脚光を浴びていたのである。


しかし、どれほど県全体の景気が上向こうとも、時代の抗えぬ構造変化に直面し、死に直面している企業があった。


新形市に本社を置く「株式会社 書籍OFF」である。


全国に黄色い看板の店舗を構え、かつて「本やゲーム、CD・DVDの買取と中古販売」で一世を風靡した巨大リユースチェーンだ。その社長である小塚こづかが、南越急行本社の社長室を訪れたのは、初冬の風が冷たい日のことだった。


「……篠原社長。ぶっちゃけた話をすれば、我が社の命脈はあと一年持ちません」


小塚社長は、絞り出すような声で切り出した。差し出された決算書を見た大石の眉が、かすかにひそめられる。


「売上高は一〇年連続の純減。店舗の赤字割合は七割を超えています」大石が冷静に数値を読み上げた。「最大の要因は、電子書籍の完全定着と、ゲーム・音楽・映像コンテンツの完全ストリーミング化、デジタルダウンロード化です。パッケージ(紙・ディスク・カートリッジ)としての『物の流通』そのものが急速に蒸発しています」


「その通りです……」小塚は力なく頷いた。


「さらに、日本全体の人口減少により、家庭から持ち込まれる中古品の絶対数そのものが減っている。買取りが来なければ、売り場に並べる商品もない。もはや従来の『町の中古本屋・リユースショップ』というビジネスモデルそのものが崩壊しているのです」


小塚は篠原に向かって、深々と頭を下げた。


「新形県をここまで活性化させた南越急行さんの資本と企画力で、どうか書籍OFFを子会社として引き取り、再生していただけないでしょうか! 我が社には、長年培ってきた検品・査定のデータベースと、全国の店舗ネットワークがあります!」


篠原は手元の決算書から目を上げ、じっと小塚を見つめた。


「小塚社長。我が社の傘下に入るということは、経営権を南越急行に譲渡し、根本的な事業構造の改革を受け入れるということです。その覚悟はおありですか」


「もちろんです! このまま何もしなければ破綻するだけです。どうか、社員たちの雇用と『書籍OFF』の名を残してください!」


小塚社長が去った後、社長室にはいつもの三人が残された。


「さて……篠原社長。どうしますか」

大石がタブレットを操作しながら尋ねた。


「財務の観点から言えば、非常に厳しい案件です。電子化とデジタルストリーミングというメガトレンドは不可逆であり、紙の本や光学ディスク市場がかつての規模に戻ることは絶対にありません。単に資金を注入して店舗を綺麗にする程度の改装では、間違いなく共倒れになります」


「だがよ」古賀が腕を組み、不満そうに声を上げた。「新形県発祥のあの『書籍OFF』が消えちまうのは寂しいぜ。俺だって若い頃はよく立ち読みしたり、掘り出し物のCDを探しに行ったりしたもんだ。新形県の誇る有名企業が倒産するのを指をくわえて見てるなんて、今の南越急行の流儀じゃねえだろ」


「古賀さん、感情論で経営はできません」大石が冷ややかに返す。


「分かってるよ! だが、大石、お前だって本当は何か手があると思ってんじゃないのか?」


二人のやり取りを、篠原は窓の外の景色を見つめながら静かに聞いていた。


「大石」篠原が振り返った。「電子化で『国内の一般的な紙の本やゲームディスク』の市場が縮小しているのは事実だ。だが……物の価値というのは、場所や視点を変えれば劇的に跳ね上がるんじゃないか?」


「場所や視点を変える……とおっしゃいますと?」大石が眼鏡の位置を正した。


「一つは、日本を超えた『海外』だ。日本のマンガ、アニメ、昭和・平成のレトロゲーム、特撮の原画集や限定CD——これらは今、世界中で『ジャパン・レトロカルチャー』として異常なほどのコレクター価値を生んでいる」


篠原の目が熱を帯び始めた。


「そしてもう一つは、『デジタル化された時代だからこそ生まれる、リアルの価値』だ。単に古本を買って売る場所から、体験とカルチャーが集まる場所に変える。大石、古賀さん。南越急行の物流網と海外ネットワークを組み合わせれば、書籍OFFは世界を舞台にした『カルチャー・インフラ』に生まれ変われる」


大石の瞳の奥で、計算の火花が散った。


「海外展開……そしてカルチャー・インフラへの転換。……なるほど。南越急行の海運・物流ルート(ムギリとのアライアンスで構築した日本海バイパス)を活用すれば、海外への輸出物流コストを最小限に抑えられます。……シミュレーションしてみる価値はありますね」


古賀も力強く笑った。「決まりだな! 篠原社長、その構想、乗ったぜ!」


数日後。南越急行による「株式会社 書籍OFF」の完全子会社化と、経営権取得が正式に発表された。


南越急行本社の会議室には、書籍OFFの全役員と全国のブロック長が集められていた。親会社となった南越急行から乗り込んできた篠原、古賀、大石の三人を、社員たちは不安と警戒の混ざった複雑な眼差しで見つめている。


中央に立った篠原が、堂々とした声で切り出した。


「皆さん。書籍OFFは本日より、南越急行グループの一員として新たなスタートを切ります。私たちが目指すのは、縮小する国内中古市場での不毛な生き残り合戦ではありません。世界市場への打ってと、店舗の根本的な価値再定義です」


大石がプロジェクターの画面を切り替えた。そこに躍り出たのは『書籍OFF グローバル&カルチャー再生計画』の文字だった。


「具現化する改革案は、大きく三つあります」大石が冷徹かつ明確な声で説明を始める。


第一に、「海外拠点(北米・欧州・東南アジア)への大規模出展とグローバルECの構築」。

国内の店舗や買取りで集まった中古品のうち、海外で絶大な人気を誇る「ジャパニーズ・レトロゲーム(ファミコンやプレステ等の初期カートリッジ・ディスク)」、「絶版マンガ」、「アニメCD・画集」を集中ピックアップする。南越急行が持つ国際物流ルートにのせ、海外の主要都市に旗艦店『BOOK-OFF GLOBAL』を出店。さらに越境ECモールを開設し、世界中のコレクターへ直接高値で販売する。


「国内では数百円の価値しかない昭和のゲームソフトや絶版マンガが、海外のコレクター市場では数万円で取引されています」大石がデータを提示する。「国内での買取り力を武器に、世界市場で利ざやを獲得する『グローバル・リユース・スキーム』です」


第二に、「国内店舗の『カルチャー・サードプレイス』化」。

物を並べて売るだけの暗い店内を全面廃止。店舗の半分をオシャレなブックカフェ、コワーキングスペース、さらには「ボードゲームやレトロゲームの体験プレイエリア」へと改装する。紙の本を読みながら珈琲を楽しめる空間を提供し、「滞在時間」を最大化させる。


第三に、「デジタルアーカイブ&POD(オンデマンド印刷)拠点化」。

国内で誰も買わなくなった超マイナーな専門書や古い文献を、書籍OFFの拠点でスキャン・デジタル化。絶版になった本を、ユーザーの注文に応じてその場で一冊から印刷・製本して渡す「オンデマンド製本サービス」を自社店舗内に導入する。


「これによって、『在庫を持たない古本屋』という矛盾を解決し、絶版書の聖地としてのポジションを確立します」大石が説明を締めくくった。


「そんな夢物語みたいなこと……現場がついていけるわけがない!」


書籍OFFのベテラン役員の一人が立ち上がった。


「海外輸出だって? 我々は英会話もできなければ、海外の流通なんて何も知らん! 国内の店舗だって、買い取りの持ち込みが減っているのに、カフェや製本機なんて置いたところで客が来るはずがない!」


場内が騒然となる。長年の業績悪化で自信を失い、新しい挑戦に対する恐怖心が膨れ上がっていたのだ。


その時、ドカンとテーブルを叩く音が響いた。


古賀が立ち上がったのだ。現場を仕切ってきた巨漢の副社長が、役員たちを睨みつける。


「お前らな……さっきから『できん、できん』ばっかり言って、悔しくねえのか!」


古賀の声が会議室を揺らした。


「小塚社長が頭を下げて、南越急行に救いを求めてきたのは何のためだ? お前たちの雇用を守り、書籍OFFの暖簾のれんを残すためだろ! 英会話ができない? 海外の流通が分からない? そんなもんは南越急行の連中や俺たちが全部サポートしてやる!」


古賀は壇上から降り、反対していた役員の前まで歩み寄った。


「本やゲームにはな、作った人間の情熱と、それを買った人間の思い出が詰まってんだよ! デジタルでデータになろうが、手触りのある『本』や『パッケージ』を愛する人間は、世界中にごまんといる! それを一番知ってるのは、ずっと現場で本を検品して棚に並べてきたお前たちだろ! 自分たちの仕事に誇りを持てよ!」


古賀の情熱に満ちた怒号に、役員たちは息を呑み、うつむいた。


篠原が静かに進み出て、穏やかに語りかけた。


「皆さんが長年蓄積してきた『査定データベース』と『物の価値を見抜く目』は、世界に誇るべき宝です。それらを私たちが持つ物流網とデジタル技術で、世界へ届ける手伝いをさせてください。もう一度、書籍OFFを誰もがワクワクする場所にしましょう」


小塚社長が涙を浮かべながら、真っ先に頭を下げた。

「……篠原社長、古賀副社長、大石専務。よろしくお願いします! 全社員一丸となってついていきます!」


それからの二年間は、書籍OFFにとって怒濤の改革期となった。


古賀は全国の主要店舗と物流倉庫を駆け回り、現場の意識改革を徹底的に進めた。

海外輸出向けの「レトロカルチャー専門査定チーム」を社内に発足させ、若手社員たちを中心に、海外で高値がつくゲームやマンガの査定ノウハウを叩き込んだ。


「いいか! この一本のゲームソフト、一冊のマンガが、アメリカやヨーロッパのコレクターの手へ渡って、何十倍の価値になるんだ! 俺たちはただの中古屋じゃない、日本のカルチャーを世界へ輸出する貿易商なんだぞ!」


古賀の鼓舞により、現場の目の色が変わった。社員たちは誇りを取り戻し、楽しそうに商品のピックアップと海外向け梱包作業に汗を流すようになった。


一方、大石は海外展開の資金スキームとロジスティクスを完璧に組み上げた。


南越急行の内航船と国際物流ルートをフル活用し、北米ロサンゼルス、欧州ロンドン、東南アジアのバンコクへ『SYOSEKI-OFF GLOBAL』の一号店を相次いでオープンさせた。


さらに、国内の主力店舗の改装を断行。新形県内の旗艦店を皮切りに、広々としたブックカフェと「レトロゲーム対戦エリア」、そして「絶版書のオンデマンド製本機」を備えた『SYOSEKI-OFF CULTURE PARK』へとリニューアルさせた。


「篠原社長、海外事業の数値が出ました」


本社社長室で、大石がタブレットを見せながら報告してきた。


「ロサンゼルス店、ロンドン店ともに、開店以来連日の大盛況です。特に日本の80年代〜90年代のレトロゲームと原画集の売上が爆発的で、国内で仕入れた価格の平均五倍から十倍の利ざやで飛ぶように売れています。さらに越境ECの売上も右肩上がりです」


「素晴らしいな、大石」篠原は感嘆した。


「国内店舗の改装効果も出ています」大石が続ける。「単に本を買う目的ではない『滞在型顧客』が増加し、カフェの収益と、滞在時間の増加に伴うついで買いで、国内既存店の売上も五年ぶりに前年比プラスに転じました」


篠原は胸を撫でおろした。デジタルの波に飲まれ、消えかけていた老舗企業が、海外市場という青天井のニーズと、店舗の「体験価値化」によって見事に息を吹き返したのだ。


初夏の爽やかな風が吹き抜ける、新形市内の『SYOSEKI-OFF CULTURE PARK 新形本店』。


新装開店した店内は、以前の古本屋の暗いイメージを一新させ、明るい木目調のインテリアと豊かな観葉植物、そして香ばしい珈琲の香りに包まれていた。


カフェエリアでは、若者や親子連れがコーヒーを片手に本を読み込み、奥の体験エリアでは、外国人観光客と地元の学生が昭和のレトロゲーム画面を囲んで歓声をあげている。


カウンターの奥では、オンデマンド製本機が静かな音を立てて動いており、三十年前に絶版になった専門書を買い求めた高齢の男性が、出来立てのホヤホヤの「新しい本」を嬉しそうに受け取っていた。


「……信じられない光景だ」


視察に訪れていた書籍OFFの小塚社長が、感無量の面持ちで店内を見渡していた。


「店舗から客が消え、絶望していた二年前が嘘のようです。我が社がまさか、海外で外貨を稼ぎ、国内ではこんなにも笑顔があふれるコミュニティ拠点になれるなんて……。南越急行さんにお任せして、本当に良かった」


「小塚社長たちの長年の蓄積があったからこそですよ」篠原が温かい笑みを返した。


そこへ、古賀と大石が歩み寄ってきた。


「篠原社長!」古賀が豪快に笑う。「海外事業部から連絡が入ったぜ! 来月オープンするバンコク二号店の買い取りイベントに、現地のアニメファンが千人以上並んでるそうだ!」


「大石専務のデータ分析もドンピシャだったな!」古賀が大石の肩をバシッと叩く。


大石は「痛いです、古賀副社長」といつものように苦言を呈したが、その口元は満足そうに緩んでいた。


「書籍OFFの今期決算ですが、連結営業利益は過去最高を更新する見込みです。南越急行グループとしての事業多角化、およびグローバル展開の象徴的な成功事例となりました」


篠原は二人を見つめ、それから店の外に広がる新形市の街並みを見上げた。


南越急行の事業によって人口が増え、活力を取り戻した新形県。その地で生まれた企業が、今やデジタルの壁を突き破り、世界へと羽ばたいている。


(渡辺さん、長谷川さん。時代がどれほど変わろうとも、人々の情熱と本質的な価値を見抜く力があれば、企業は何度でも蘇ります)


篠原の胸に、先代たちから受け継いだ経営への確固たる誇りが込み上げてきた。


「さあ、二人とも」篠原が力強く向き直った。


「書籍OFFの再生は、南越急行がグローバルカルチャー産業へ本格参入する第一歩だ。今後さらなる未来へ向けて、私たちの挑戦を世界へ広げていくぞ!」


「おう!」古賀が拳を突き上げる。

「了解いたしました、篠原社長」大石が頼もしく頷く。


デジタルの荒波を越え、新たな物語を紡ぎ始めた書籍OFFと南越急行。若き三人の経営陣を乗せた大船は、さらなる広大な未来の海へと、力強く舵を切っていくのだった。

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