第40章 賑わいの再構築
第40章 賑わいの再構築
新山型交通の黒字化達成と南越急行グループへの編入がニュースを賑わせ、ようやくひと息ついた初秋の午後。南越急行の本社応接室には、重々しい雰囲気が漂っていた。
応接セットのソファに浅く腰掛け、何度も汗を拭っているのは、山型県庁の都市活性化部長を務める幹部・佐藤だった。
「……篠原社長。突然の不躾なお願いであることは百も承知しております。ですが、新山型交通をあの見事な手腕で蘇らせてくださった南越急行の皆様にしか、もう頼れるあてがないのです」
佐藤部長が差し出した資料を、篠原、古賀、大石の三人が覗き込んだ。そこに示されていたのは、山型県の急激な人口減少と、県庁所在地である山型駅周辺の悲惨な衰退データだった。
「山型県は、隣の新形県と比べても人口流出と高齢化のスピードが桁違いに早い」佐藤は悔しそうに唇をかみしめた。「決定的だったのは、二十年以上前に起きた県内最後の老舗『小沼デパート』の倒産です。あの商業の象徴が消えて以来、中心市街地の空洞化には歯止めがかからず、今や山型駅の乗降客数も最盛期の半分以下。街全体が静かに息の根を止めようとしています」
古賀が腕を組み、深く頷いた。
「小沼の倒産か……。俺が山型鉄道にいた頃も衝撃だったよ。あのデパートが消えてから、買い物客が郊外の大型モールか県外に流れちまって、駅前の商店街は軒並みシャッター通りになったんだ」
佐藤部長は意を決したように、深く頭を下げた。
「県としても指をくわえて見ていたわけではありません。しかし行政の発想だけでは街を再生できない。新山型交通の再建で確立した『モビリティと都市の融合』のノウハウを使い、どうか山型市周辺を活性化する事業計画を立案し、我が県と一緒に事業を進めてはいただけないでしょうか!」
頭を下げ続ける県の幹部を見つめ、篠原は静かに大石へと視線を送った。
大石は眼鏡の位置を正しながら、手元のタブレットで即座に概算数値を弾き出した。
「公共交通の再生と都市機能の再生は表裏一体です。新山型交通のバス網をどれだけ整備しても、目的地である山型市中心部に魅力を取り戻さなければ、持続的な乗客数の維持は見込めません。南越急行の投資案件としても、山型市の活性化事業に取り組む合理性は十分にあります」
古賀も力強くテーブルを叩いた。
「当たり前だ! 交通を蘇らせたら、次は街そのものを蘇らせる。それがインフラを担う俺たちの本当の仕事だろうが!」
二人の言葉を聞き、篠原は穏やかな、しかし決意に満ちた笑みを浮かべて佐藤部長に向き直った。
「佐藤部長、お顔を上げてください。山型県庁と南越急行がタッグを組み、山型市を再び県民が集う熱い街へと再生させましょう。引き受けさせていただきます」
数日後、社長室には巨大な山型市中心部の都市模型と都市計画図が広げられていた。
「よし、まずは状況の整理だ」古賀が指示棒で山型駅前と旧小沼デパート跡地付近を指した。「問題は二つ。一つは山型駅前と旧中心商店街(七日町エリア)の二極が分断され、どちらも賑わいを失っていること。もう一つは、郊外に逃げた車社会の住民を、いかにして再び中心部に呼び戻すかだ」
「従来のやり方——つまり、箱モノの複合ビルを建ててキーテナントを誘致するだけの再開発は100%失敗します」大石が冷徹に言い放った。「ECショッピングが全盛のこの時代に、単なる『物を売る場所』としてのデパートの再現は不可能です。若者やファミリー層が『そこに行かなければ体験できない価値』を作らねばなりません」
篠原が腕を組みながら、二人の意見を整理していく。
「大石の言う通りだ。商業だけに頼るのではなく、かつての小沼デパートが持っていた『県民が集い、誇りを感じる場所』という精神を、現代のニーズに合わせて再定義しよう。古賀さん、新山型交通のバス網と組み合わせた移動の仕組みはどう組み立てる?」
「任せろ」古賀の目がギラリと光った。「山型駅と旧小沼デパート跡地を結ぶ大通りを、自家用車の侵入を制限した『次世代トランジットモール』にする。そこを新山型交通の自動運転LRT(新型路面電車)とスマートバスがピストン運行するんだ。駅に降り立った人間も、郊外から車で来た人間も、スムーズに街の深部まで移動できるようにする」
「いいですね」大石が追従する。「そして、旧小沼デパート跡地の周辺エリアには、南越急行の資金と県の誘致策を組み合わせ、三つの機能を統合した複合街区『ヤマガタ・クロッシング』を建設します」
大石が提示した構想は極めて具体的だった。
【体験型フード&クラフトパーク】
単なるショッピングモールではなく、山型県全域の豊かな農産物・酒蔵・伝統工芸(山形鋳物や将棋駒など)が一堂に会し、食や職人技を「体験・購入」できる広域観光拠点。
【次世代型スマートオフィス&教育・創業イノベーションハブ】
都心企業のサテライトオフィスやIT企業の誘致拠点、さらに地元の大学と連携した若者の起業支援スペース。人口流出を防ぎ、若者の雇用を街の中心に作る。
【全天候型コミュニティ・ウェルネスパーク】
降雪の多い山型の冬でも子どもたちがのびのび遊べる室内公園と、高齢者の健康増進施設、遠隔医療ステーションの併設。
「移動」「賑わい(体験型商業)」「雇用」「生活」を一体化させた、極めて戦略的な都市再生計画——それが南越急行の提示する『山型市活性化事業計画』だった。
「南越急行さん、話が飛躍しすぎてはいませんか! 我々が求めているのは、もっと地に足のついた商店街の活性化策です!」
山型県庁の大会議室で、地元の商店街振興組合の理事長が激昂した。
県庁幹部、山型市役所、そして地元の商工会議所や商店街の組合員が一堂に会した計画説明会の場は、荒れに荒れていた。
「だいたい、民間企業の南越急行さんが中心になって、俺たちの街を好き勝手に再開発しようっていうのか! 小沼デパートが倒産してから二十年、俺たちがどれだけ苦労してこのシャッター通りを守ってきたか、外から来たお前たちに分かってたまるか!」
地元の店主たちからの不満と不信感が爆発する。長年の停滞による諦めと、外部資本に対する警戒心が強い壁となって立ちはだかっていた。
会場が騒然とする中、古賀がのっそりと立ち上がった。その巨躯から発せられる圧倒的な存在感に、室内の怒号がすっと引いていく。
「あんたら、街を守ってきたって言ったな」
古賀の声は低く、しかし骨に響くような重みがあった。
「シャッターを下ろしたまま、通りを通り過ぎる車を眺めて、行政の補助金に頼るのが『街を守る』ことなのか? 違うだろ! 本当に街を守るっていうのは、次の世代の子供たちが『この街で生きたい、ここで働きたい』と思える場所を残すことじゃないのか!」
古賀は壇上から降り、反対していた理事長の前まで歩み寄った。
「俺は山型鉄道にいた人間だ。小沼デパートが消えて、この街から明かりが消えていくのを悔しい思いで見つめていた一人だ。だからわかる。あんたらだって、本当はこの街をもう一度、人が溢れる温かい街に戻したいはずだ! 南越急行は、あんたらを追い出すために来たんじゃない。あんたらの店に、もう一度客を連れてくるために来たんだよ!」
古賀の血の通った言葉に、理事長は言葉を詰まらせた。
続いて篠原が壇上に立ち、静かに頭を下げた。
「皆様の不安はごもっともです。ですから、この計画は南越急行だけで進めるものではありません。旧小沼跡地の複合施設への優先出店権は地元の事業者の皆様に提供します。さらに、店舗のデジタル化や新業態への転換費用は、南越急行と山型県が共同で設立するファンドから無利子で支援します。私たちが作りたいのは、南越急行の街ではなく、山型県民の皆様が誇れる山型市なのです」
大石もまた、タブレットを閉じ、誠実な眼差しで語りかけた。
「すでに複数の大手IT企業から、ヤマガタ・クロッシングへのサテライトオフィス進出の打診を受けています。若者の働く場所が中心部にできれば、昼間人口が増え、皆様の商店街の飲食店や物販店にも確実に恩恵が回ります。これは幻想ではなく、明確な数値と需要に基づいた計画です」
情熱の古賀、誠実の篠原、論理の大石。三人の調和した訴えに、会場を包んでいた冷ややかな空気は次第に熱を帯びていった。
「……本当に、あの頃の賑わいが戻るんだな?」
理事長の絞り出すような問いに、篠原は力強く首を縦に振った。
「約束します。山型市の新しい未来を、共に創りましょう」
計画が承認されてからの二年間は、山型市の歴史において最も激動の期間となった。
山型県と山型市、そして南越急行による官民連携プロジェクト「山型未来都市開発」が発足。山型駅から旧小沼デパート跡地へと続くメインストリートは大規模な改修工事に入った。
古賀は連日のように作業着姿で山型市に張り付いた。工事に伴う交通規制で混乱する地元のドライバーや商店主のもとへ足繁く通い、「もう少しの辛抱だ、必ず最高の通りにするからな」と頭を下げて歩いた。さらに、新山型交通のバスドライバーたちに対し、LRTとスマートバスを連携させた新しい運行ルートの研修を徹底的に叩き込んだ。
「古賀副社長、少しは休んでください」と心配する現場の社員に、古賀は豪快に笑ってみせた。
「バカ言え! 街が生まれ変わる歴史的瞬間なんだ、寝てる暇なんてあるかよ!」
一方、大石の手腕も冴え渡っていた。
大石は山型県庁の担当者とともに総務省や国土交通省へ日帰り出張を繰り返した。「地方都市におけるモビリティ主導型・コンパクトシティ再生モデル」として国の特別交付金と税制優遇措置を獲得。さらに、地元の経済を活性化させる為、資金は南越急行ではなく、山型銀行をはじめとする地方銀行コンソーシアム(銀行団)を組成し、総額四百億円に上る事業資金を完璧な低金利スキームで調達してみせた。
「篠原社長、資金と制度のスキームは完全に整いました」
本社に戻った大石が、少し疲れた、しかし確信に満ちた表情で報告する。
「山型県・市からの出資金、国からの補助金、南越急行の投資、そして地元金融機関の融資。四者のリスクとリターンが完璧に調和した、持続可能な資本構造です」
「見事だ、大石」篠原は大石の肩を抱いた。「君の作ったこの資金スキームがなければ、行政も地元も踏み出すことはできなかった」
「古賀副社長が地元の地権者や商店街の利害関係をすべて泥臭く調整してくれたおかげです」大石は照れくさそうに眼鏡を指で押し上げた。「私が引いた計算式に、熱い血を通わせてくれたのは古賀さんですから」
二人の成長と絆を実感しながら、篠原は深く胸を撫でおろした。自分たちが進めている事業は、単なる企業の利益追求を超え、一つの地域の運命を変えようとしているのだ。
この年も半ばを過ぎた、ある爽やかな秋の日。
新新山型交通のスマートLRTが、静かなモーター音を響かせて「山型駅前ステーション」を発車した。
緑豊かに整備されたトランジットモール(次世代歩行者優先道路)を、洗練されたデザインの車両がスムーズに走り抜けていく。車内は、買い物に向かう高齢者や、タブレットを広げる若いビジネスマン、賑やかに笑い合う親子連れで満員だった。
LRTが停車したのは、かつて老舗デパートが佇んでいた場所に聳え立つ、緑とガラスが調和した美しくも温かみのある複合街区『ヤマガタ・クロッシング』の正面である。
かつてシャッター通りだった周辺の商店街も、新装オープンしたカフェや地元の特産品店、若手起業家のショップが軒を連ね、かつての賑わいを完全に上回る活気に満ち溢れていた。
「……信じられない光景だな」
ヤマガタ・クロッシングの最上階テラスから、眼下に広がる街並みを見下ろしながら、県庁の佐藤部長が感無量の様子で呟いた。
「山型駅の乗降客数は前年比180%を記録し、旧小沼デパート倒産以来の最大値を更新しました。さらに、ヤマガタ・クロッシング内のITハブには東京から12社の企業が本社機能を一部移転し、若者の山型県への転入数が二〇年ぶりにプラスに転じました。南越急行さん……本当に、我が街を救っていただいた」
佐藤部長の言葉に、篠原、古賀、大石の三人は静かに微笑んだ。
「感謝すべきは、諦めずに立ち上がってくれた山型県の皆様です」篠原が穏やかに言った。「私たちは、きっかけと仕組みを提供したに過ぎません」
古賀が手すりに身を乗り出し、街を行き交う人々を嬉しそうに眺めた。
「見てみろよ大石、あのLRT。新山型交通の若い連中が堂々と運転してるぜ。商店街のオヤジたちも、新しく出した店で最高の顔して客を迎えてる」
「はい」大石が珍しく穏やかな笑みを浮かべた。「今回の山型市活性化事業による南越急行への投資利回りは、当初の予測を2.5ポイント上回る見込みです。財務的にも、社会的価値の創出としても、完璧な大成功と言えます」
「相変わらず数字ばかりだな」古賀が笑いながら大石の首を軽くすくめた。大石も今回は嫌がることなく、静かに笑い返した。
篠原は二人の肩にそっと手を置き、空を見上げた。
遠くに見える蔵王の山並みは青く澄み渡り、山型の街には人々の弾んだ歓声と、新山型交通の誇らしげな警笛の音が響き渡っていた。
(渡辺さん、長谷川さん。見ていてくれていますか)
渡辺老社長から引き継いだ経営のバトン。長谷川から託された現場への情熱。それらを胸に、篠原・古賀・大石の三人は、衰退に瀕していた地方都市に見事な希望の光を灯してみせたのだった。
「さあ、二人とも」篠原が二人に向き直り、未来を見据えた強い眼差しを向けた。「山型市の成功は、日本全国の過疎に悩む地方都市への最高の回答になった。南越急行の挑戦に、終わりはないぞ!」
「おう!」古賀が力強く拳を突き上げる。
「了解いたしました、篠原社長」大石が頼もしく頷く。
若き経営陣三人の情熱と知恵を乗せて、南越急行という大船は、さらに遥かなる未来へ向かって、どこまでも力強く進んでいくのだった。




