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第21章 覇者の港と七つの海

第21章 覇者の港と七つの海


2032年、秋。


南越急行ホールディングスが打ち立ててきた反撃の物語は、もはや日本の地方都市の枠組みを遥かに超越していた。


2兆250億円という前代未聞の株運用益から始まったこの奇跡は、地銀(越後中央銀行)の傘下化、被災ローカル線(米坂線・山型鉄道)の復旧と経営改善、大手私鉄・北武グループの救済、越後湯澤の「ぶーぶーんシティ(自動運転特区)」、巨大自動車メーカー「本産自動車」の買収、そして地域航空「南越エアラインズ」による大空の制覇へと至り、陸・海・空のすべてを網羅する巨大金融インフラコンツェルンへと結実していた。


だが、六日町の本社役員室で、最高投資責任者(CIO)篠原賢人が見つめていたのは、日本列島の地図ではなかった。


世界地図——それも、日本海から太平洋、そしてアジア・欧州へと伸びる「海の貿易ルート」だった。


「篠原……また何か恐ろしいことを考えている顔だな」


専務の長谷川が、身構えながらコーヒーカップを置いた。


篠原は静かにノートパソコンの画面を壁の大モニターへ投影した。


「長谷川専務。我がグループの製造部門である『南越車輌』と、自動車部門である『本産自動車』に、世界中から怒涛のオファーが舞い込んできています」


モニターに映し出されたのは、数々の海外政府や海外鉄道事業者からの正式な発注書だった。


「南越車輌が開発した180km/h対応超高速ハイブリッド電車『NK2000系』。極寒地や過疎地、過酷な気象条件でも絶対に止まらないその耐久性とAI最新制御が評価され、カナダ、北欧諸国、そして東南アジアの高速鉄道建設プロジェクトから、総計3,000両・総額1兆2,000億円規模の輸出オファーが舞い込みました。さらに……我が社が再建した本産自動車の次世代EV『ぶーぶーん・ポッド』も、欧州と北米から年間数十万台規模の輸出契約が成立しました」


「い、一兆二千億円の鉄道輸出に、数十万台のEV輸出だって!?」長谷川が叫んだ。「すごいじゃないか! 大大成功だ!」


「いいえ。問題はここからです」


篠原の目が冷たく光った。


「モノを作っても、それを『世界へ送り出す手段』が塞がれています。現在、日本の主要港(横浜、神戸、名古屋など)は世界的な物流混乱とコンテナ不足で大混雑を起こしており、我がグループの車両や自動車の出荷順は後回しにされている。さらに、新形港から太平洋へ抜ける海上輸送ルートの船腹(船のスペース)は、外資系の海運大手に牛耳られ、異常な輸送運賃を要求されています」


渡辺社長が深く頷いた。


「なるほど……。どんなに素晴らしい列車や自動車を新形で作っても、それを港から船に乗せて世界へ届ける『海上の足』がなければ、宝の持ち腐れになるわけだな」


「その通りです。だからこそ、我が社は最後のピースを埋めます」


篠原はスクリーンに二つの巨大なターゲットを映し出した。


【プロジェクト・OCEAN RABBIT】


新形港(東港・西港)の港湾運営権コンセッションの獲得と『スマート自動化国際港』化


経営難に苦しむ老舗の中堅中距離・国際海運会社『日本太平洋海運』のTOB(買収)


「な……港の運営権に、船会社(海運会社)の買収だと!?」長谷川が目を見開く。


「はい。新形港の港湾運営会社に対し、我が社の潤沢なキャッシュと越後中央銀行の資本を注入し、港の経営権を掌握します。そして本産自動車の自動運転技術を投入し、ガントリークレーンから敷地内輸送までを完全AI自動化された『日本初の24時間無人スマート港湾』へ改修します」


「さらに、中堅海運会社の日本太平洋海運を買収し、我が社の完全子会社『南越海運(英名:White Rabbit Maritime)』へと改編。自動車専用船(PCC)および大重量鉄道車両運搬用の大型Ro-Ro船を自社保有(20隻一括購入)します。……これにより、新形で製造された鉄道車両と自動車を、自前の港から、自前の船で、世界のあらゆる港へ直接輸出する『完全完結型グローバル・サプライチェーン』が完成します!」


渡辺社長が力強く机を叩いた。


「やろう、篠原君! 陸を走り、空を飛び、ついには七つの海へ飛び出すか! 新形港を、世界と日本を結ぶ『黄金の海図の起点』にするんだ!」


数週間後。新形市内のホテルで開催された「新形港スマート化および海運会社買収に関する共同記者会見」。


壇上に立った篠原と渡辺社長の前には、国内外の物流専門誌や大手新聞社、そして金融アナリストたちが押し寄せていた。


「南越急行が海運会社を買収し、新形港の運営に参入するだと!?」

「三セク出身の企業が自前で自動車船や車両運搬船を持つなど、前代未聞だ!」


記者から激しい質問が飛ぶ。

「篠原CIO! 海運業界は世界的な市況変動(不況と好況の波)が激しく、素人が参入すれば巨額の赤字を垂れ流すのが常識です! 2兆円の利益があるとはいえ、無謀なリスクではないですか!?」


篠原は静かにマイクを引き寄せ、不敵に笑った。


「無謀ではありません。なぜなら、我がグループには『乗せるべき自社貨物(南越車輌の列車と本産自動車の車両)』がすでに山ほど存在するからです。他社の荷物に頼る海運会社ではなく、自社の巨大な製造業を支える『自前物流ライン』だからこそ、市況に左右されない絶対的な稼働率が担保される」


篠原はスライドに新形港の未来予想図を映し出した。


「我が社は総額3,000億円を投入し、新形東港に最新鋭の鉄道車両直接積込設備トレイン・シューターと、本産自動車の車両専用巨大立体駐車場および超急速充電ターミナルを建設します。なんなん線から直接新形港へ引き入れた貨物列車から、そのまま南越海運の大型船へNK2000系を直接積み込む。……積込時間を従来の三分の一に短縮する世界最速の輸出港を作ります」


会見場から地鳴りのような拍手が巻き起こった。


外資系海運大手の高高な輸送運賃と港湾の渋滞に悩まされていた日本の製造業にとっても、新形港が「世界へ通じる最新のバイパス港」として生まれ変わることは、願ってもない救世主の登場だったのだ。


2033年、春。


新形東港のコンテナターミナル。


春の柔らかな潮風が吹き抜ける岸壁には、見上げるような巨大な新造船が横付けされていた。


南越急行の象徴である赤と白のカラーリングが施された、南越海運の第一号・大型自動車・車両運送船『WHITE RABBIT GLOBAL(ホワイトラビット・グローバル号)』(全高50メートル、全長230メートル)である。


港の敷地内では、本産自動車の自律走行AIによって無人で滑らかに走る数百台の次世代車両「ぶーぶーん・ポッド」が、吸い込まれるように船内のランプウェイ(乗降スロープ)へと整然と走り込んでいく。


そして、港に敷設された専用引き込み線からは、南越車輌の新聖龍工場から直接引き渡された、北米向け輸出仕様の180km/h対応超高速ハイブリッド電車「NK2000系」が、静かに姿を現した。


「すごい……! 列車がそのまま船の中へ積まれていくぞ!」


見学に訪れた地元の小中学生や町民たちから、大歓声が上がった。


特殊な巨大クレーンとレール連結システムにより、完成したばかりのNK2000系が傷一つなく、スムーズにホワイトラビット・グローバル号の重荷重対応デッキへと格納されていく。


かつて、豪雪に閉じ込められ、赤字に喘ぎ、ただ消滅を待つだけだった越後路の第三セクター鉄道。


その手で作られた世界最高峰の列車と自動車が、自前の港から、自前の巨大船に乗り込み、北米や欧州、アジアの七つの海へ向けて出航しようとしているのだ。


出航式典の甲板上。


南越海運の船長から報告を受けた渡辺社長が、白手袋の手を胸に当て、誇らしげに頷いた。


「ホワイトラビット・グローバル号、出航準備完了いたしました!」


渡辺社長が、万感の想いを込めてマイクに向かって叫んだ。


「出航! 世界の海へ……発進!」


フォォォォォン————!!


巨大な船体が打ち鳴らした雄大な汽笛の音が、新形港の空と海にどこまでも響き渡った。


岸壁で見守る大勢の社員、地元住民、そして旧新形鉄工場時代からのベテラン技師・村上たちが、涙を流しながら手を振る。


巨大船はスクリューを回転させ、青く輝く日本海へとゆっくりと滑り出していった。


その様子を甲板のデッキから見つめる渡辺社長、長谷川専務、そして篠原。


長谷川専務が目元を拭いながら、声を震わせた。


「篠原……夢みたいだ。俺たちの作った電車が……新潟の車が、船に乗って世界へ旅立っていくんだな」


「ええ」篠原は日本海の彼方を見つめながら、静かに微笑んだ。


「かつて『なんたか』を失った時、我々の線路は行き止まりに見えました。ですが……2兆円の力を得て、銀行を呑み込み、他県の路線を救い、車を作り、空を飛び、そして港と船を手に入れた。我が南越急行の線路は今、七つの海を通じて世界中のあらゆる国へと繋がったのです」


渡辺社長が、大海原を渡る巨大船を見つめながら、力強く胸を張った。


「誰も見たことのない反撃だったな、篠原君。だが……我々の走る未来に、終着駅はないんだな」


「はい、社長。我々はどこまでも走り続けます」


初夏の太陽を浴びて輝く日本海の波間を、南越急行の「ホワイトラビット」の旗を掲げた巨大船が、世界という名の新しい水平線へ向かって、力強く突き進んでいくのだった。

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