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第20章 羽ばたく雪兎と空のインフラ

第20章 羽ばたく雪兎と空のインフラ


2031年、冬。


南越急行ホールディングスが打ち立てた破天荒な奇跡は、ついに陸の上の軌道レール道路ロードすらも飛び越えようとしていた。


2兆250億円の資金から始まった反撃の物語は、越後中央銀行の買収、被災した米坂線と山型鉄道の救済、大手私鉄・北武グループのホワイトナイト、越後湯澤の「ぶーぶーんシティ(自動運転特区)」、そして大手自動車メーカー「本産自動車」の傘下収容を経て、日本のインフラ産業における絶対的な「巨大コンツェルン」としての地位を確立していた。


だが、グループ最高投資責任者(CIO)篠原賢人の描くキャンバスには、まだ一つだけ埋まっていない大きな「空白」が存在していた。


新潟県の頭上に広がる、広大な「空」である。


六日町の本社役員室。篠原のデスクには、新形県の地図と、一社の小さな航空会社の経営破綻通知書が置かれていた。


『トキウイング(TOKI WING)経営危機および、新形〜佐渡路線開設プロジェクト頓挫に関する調査報告書』


「篠原……お前、今度は『飛行機』にまで手を出す気か!?」


専務の長谷川が、報告書を指差し驚愕の声を上げた。


「トキウイングといえば、新形空港を拠点に地方都市を結ぶ格安航空会社(LCC)として立ち上がった地域航空会社だろ!

確か、新形〜佐渡空港間の定期路線を開設しようとしていたが、滑走路の短さや機体(ATR42-600S)調達の遅れ、

そして莫大な赤字で資金ショートを起こし、とん挫したはずだ!」


「その通りです、長谷川専務」


篠原は静かにコーヒーを一口飲み、淡々と答えた。


「新形空港から佐渡島(佐渡空港)への空路開設は、佐渡金山の世界文化遺産登録に伴う観光需要や、島民の緊急医療・生活インフラとして長年待ち望まれていました。ですが、滑走路長わずか890メートルの佐渡空港に離着陸できる特殊機体の導入コストと、単体路線での採算性の悪さが壁となり、民間航空会社としてのトキウイングの資金は完全に底を尽きました。今月にも破産手続きに入ります」


渡辺社長が深く溜め息をついた。


「佐渡の島民の方々は落胆しているだろうな。新潟県も補助金を投じていたが、これ以上の公金投入は県議会が許さない。……陸と海に阻まれた佐渡島への空路は、誰も引き受け手のない『絶望の路線』になってしまったわけだ」


「だからこそ、我が社が買収するのです」


篠原の目が、鋭い光を放った。


「トキウイングを我が南越急行ホールディングスの傘下に収め、『南越エアラインズ(英ブランド名:White Rabbit Air)』として完全再建します。

トキウイングが抱える数百億円の負債を全額キャッシュで一括弁済し、出資比率100%の完全子会社とします」


長谷川が身を乗り出した。「だが篠原! 新形〜佐渡路線単体じゃ、どう叩いても赤字だぞ!? 採算が取れないから破綻したんだ!」


「単体で終わらせるから赤字になるのです」


篠原はノートパソコンの画面を操作し、日本全土を網羅する巨大な航空ネットワーク図をスクリーンに映し出した。


「我が社が目指すのは、単なる『新形〜佐渡の生活ピストン運航』ではありません。新形空港を日本の新たな『地方ハブ(中継拠点)空港』として機能させる、広域航空ネットワークの構築です」


スクリーンに鮮やかな赤と白の航路が広がっていく。


「トキウイング買収後、我が社が持つ2兆円のキャッシュと親銀行・越後中央銀行の信用力を使い、最新鋭の小型ジェット機(Embraer E-Jets等)および短距離離着陸(STOL)機を50機規模で一括一括キャッシュ購入します。そして、新形空港から札幌(新千歳)、千台、東京(羽田・成田)、名古屋(中部)、大阪(伊丹・関空)、福岡、那覇といった日本の主要都市空港への直通定期路線を一挙に開設します」


「に……主要都市へ一挙開設だと……!?」長谷川が息を呑む。


「そうです。東京一極集中の羽田・成田の枠が混雑する中、我が社が買収した北武グループの観光ネットワーク、山型・福井の地域ネットワーク、そして新形の越後湯澤『ぶーぶーんシティ』と、この『南越エアラインズ』をシームレスに結合する。全国の主要都市から新形へ観光客を大量に送り込み、そのまま新形空港から佐渡島へ、あるいは、なんなん線や米坂線へと乗り換えさせる『陸・海・空・自動運転の完全一貫輸送モデル』を完成させます」


渡辺社長が力強く机を叩いた。


「面白い……! 昔、我々から『なんたか』を奪い、新形を通り過ぎるだけの場所に変えた国や大手交通網に対し、今度は我々が『空の路』を切り拓いて全国から新形へ人を呼び込むわけだな!」


「ええ」篠原は不敵に微笑んだ。「ハゲタカを倒し、地銀を呑み込み、自動車メーカーまで手に入れた我がグループです。空の壁など、踏み台に過ぎません」


数日後。新形空港のターミナルビル。


経営破綻したトキウイングの社員やパイロット、整備士、そして新形県関係者が集まる中、南越急行による買収と新会社設立の発表会が行われた。


「全員の雇用を完全維持します。給与水準は南越急行ホールディングスと同等まで引き上げ、最新の機体を供給します」


渡辺社長の言葉に、明日からの生活に怯えていたトキエアのパイロットや整備士たちが、震える手で拍手を送った。


続いて篠原が、具体的なエアライン戦略を提示した。


【南越エアラインズ(White Rabbit Air)の3大戦略】


『新形〜佐渡路線の開設と超短距離離着陸(STOL)機の導入』


滑走路が短い佐渡空港(890m)に対応するため、最新鋭のSTOL性能を持つ機体を一括調達。新形〜佐渡間をわずか「15分」で結び、一日10往復のピストン運航を実施。島民の運賃は南越急行の地域還元資金により「半額以下」に設定し、医療・物流の緊急アクセスを担保。


『新形空港〜全国主要都市を結ぶハブ網の確立』


札幌、千台、名古屋、大阪、福岡、那覇へ毎日複数便を運航。南越急行の自社資金力により、大手航空会社を凌駕する低価格かつ高品質なプレミアムサービスを提供。


『鉄道・自動運転EV・航空の「ワン決済・ワンアクセス(完全MaaS)」』


「ほくほくカード」一枚で、札幌から福岡までの航空券、新形空港からのリムジンバス、越後湯澤の自動運転EV「ぶーぶーん・ポッド」、そして南越急行の超高速列車「NK2000系」までをシームレスに予約・決済可能にする。


「資金繰りに怯えて飛ばす飛行機に、お客様は乗りません」篠原の声が場内に響く。


「我が南越急行グループの2兆円のキャッシュが、君たちの翼の後ろ盾です。安全とサービスに一切の妥協をせず、日本の空に新しい風を吹かせなさい!」


会見終了後、涙を流しながら篠原の手を握りしめたのは、トキウイングの若手パイロットだった。


「諦めかけていた佐渡への空路を、そして自分たちの夢を繋ぎ止めてくださって……本当にありがとうございました!」


2032年、春。


新形空港の滑走路。雲一つない青空に向かって、一機の鮮やかな機体が力強く飛び立とうとしていた。


南越急行のコーポレートカラーである赤と白に彩られ、垂直尾翼には力強く跳ねる「ホワイトラビット(雪兎)」のマークが描かれた、南越エアラインズの第一号機である。


「南越エア101便、佐渡空港へ向けてテイクオフ!」


管制塔からのクリアランスとともに、双発機はスムーズに滑走路を蹴り、日本海の上空へと一気に舞い上がった。


機内には、初めて空路で佐渡へ向かう地元のお年寄りや、東京・大阪から新形空港経由で佐渡観光へ向かう大勢の旅行客が乗り込んでいた。


「まあ……本当に15分で佐渡が見えてきたよ!」


窓の外には、残雪の佐渡金山と美しい真野湾の景色が広がっていた。かつてフェリーで数時間かかり、荒波で度々欠航していた佐渡へのアクセスが、南越急行の圧倒的な資本力と情熱によって、わずか一瞬の快適な空の旅へと塗り替えられたのだ。


同時に、新形空港の駐機場には、大阪(伊丹)や福岡、札幌から到着したばかりの南越エアラインズのジェット機が次々と羽を休め、ターミナルは全国からやってきた乗客で溢れかえっていた。


かつて地方のローカル空港に過ぎなかった新形空港は、南越急行のネットワークにより、東日本と全国を結ぶハブ空港として劇的な変貌を遂げていた。


佐渡空港への初便に同乗していた渡辺社長、長谷川専務、そして篠原。


佐渡空港に着陸した機体から降り立つと、そこには横断幕を掲げた数百人の佐渡島民と市長が、涙を流しながら大歓声で一行を出迎えていた。


「ありがとう! 南越急行さん! 佐渡に空の路を届けてくれてありがとう!」


島の子どもたちが、渡辺社長と篠原に花束を手渡す。


長谷川専務が目元を拭いながら言った。

「篠原……すごいな。赤字でとん挫しかけていた会社を買って、新形の空までこんなに賑やかにしちまうなんてな」


「ええ」篠原は佐渡の澄み渡る空を見上げながら、穏やかに微笑んだ。


「赤字だからと切り捨て、利便性を奪うのがこれまでの効率主義でした。ですが、我が社には2兆円がある。その資金を、陸の鉄路、道路の自動運転、そして空の翼へと繋ぎ合わせることで、地域はもう一度息を吹き返すのです」


渡辺社長が、佐渡の美しい海と空に向かって深く胸を張った。


「かつて我々は『なんたか』を奪われ、絶望の底にいた。だが今、我々の『ホワイトラビット』は、地上を走り、街を走り、そして大空を自由に羽ばたいている。……これこそが、我々の本当の反撃だな」


青空高く、再び新形へ向けて離陸していく南越エアラインズの翼。


2兆250億円という前代未聞の資金から始まった奇跡の物語は、途切れた鉄路を救い、金融を制し、自動車メーカーを再生させ、ついに大空のインフラまでも手中に収めた。


誰も見たことのない完全独立系インフラコンツェルン「南越急行」の走る線路と飛ぶ航路は、日本の地方の未来を永遠に変えるべく、どこまでも、どこまでも無限に広がっていくのだった。

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