第19章 落日の巨人自動車会社の救済
第19章 落日の巨人自動車会社の救済
2030年、冬。
南越急行ホールディングスが越後湯澤で推し進める「全自動MaaS特区」構想、通称『ぶーぶーんシティ(Boo-Boo-N City)計画』。
湯澤町の公道を走るすべての二次交通を自動運転EV(電気自動車)へ置き換え、高齢者や観光客に「完全無料の移動」を提供するこの前代未聞のスマートシティ構想は、日本を代表する大手自動車メーカー『本産自動車』との共同事業として、世界中から脚光を浴びていた。
「湯澤を世界一の次世代モビリティ実験場にする」——そう胸を張っていた本産自動車の社長は、メディアの前で南越急行の渡辺社長とガッチリと握手を交わしていたはずだった。
だが、資本主義の嵐は、巨大なグローバル企業すら一瞬で呑み込んでいく。
2030年秋の決算発表。本産自動車が叩き出した数字は、日本の産業界を底底から揺るがす戦後最悪の激震となった。
【本産自動車:中間決算で過去最大の「1兆8,000億円」の赤字を計上。北米・欧州市場でのEVシフト失速および巨額リコールにより、債務超過寸前の経営危機に陥る】
「ぶーぶーんシティ計画、全面凍結……!?」
六日町にある南越急行本社の役員室。専務の長谷川が、新聞の一面記事を指差し、声を裏返らせた。
「おいおい、篠原! 本産自動車が年間で2兆円近くの赤字を出して潰れかけているぞ! 越後湯澤に自動運転EVや急速充電網を提供するはずだった本産のプロジェクトチームも全員撤収、ぶーぶーシティ構想は白紙撤回だと!?」
渡辺社長が苦い表情で窓の外を見つめる。
「本産ほどの世界的自動車メーカーが、まさかこれほど急激に失速するとは……。湯澤の町民も『ぶーぶーシティで街が変わる』と楽しみにしていただけに、落胆は大きいな」
だが、グループ最高投資責任者(CIO)篠原賢人の瞳だけは、氷のように冷たく、そして鋭く光っていた。
「白紙撤回などさせませんよ、渡辺社長」
篠原はノートパソコンを開き、本産自動車の巨大な貸借対照表(BS)と世界中の工場ネットワークの分析データを画面に映し出した。
「危機は、最大の好機です。本産自動車が巨額赤字に喘ぎ、株価が全盛期の五分の一まで暴落し、メインバンクすら見放しかけている今こそ……我が社が本産自動車を買収し、子会社化します」
「な……なにぃ!?」長谷川が椅子から転げ落ちそうになった。
「篠原、お前正気か!? 本産は売上高数兆円、従業員数万人を抱える日本の基幹産業・巨大自動車メーカーだぞ!? 鉄道会社が、潰れかけた世界の自動車巨頭を買収して支援するなんて……スケールが無茶苦茶だ!」
「スケールが無茶苦茶だからこそ、我々にしかできないのです」
篠原の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。
「本産が倒れた理由は明確です。迷走した海外投資と、現場のエンジニアを無視した経営陣のコストカット。ですが、彼らが持つ『自動運転技術』『EVプラットフォーム』、そして『世界最高峰のモビリティ製造技術』は本物です。……我が社が持つ2兆円のキャッシュと越後中央銀行の信認を使えば、本産自動車の筆頭株主となり、彼らを完全救済することは十分可能です」
篠原はホワイトボードに力強い字で書き打った。
「我が社はすでに、自前の車両メーカー『南越車輌』を立ち上げました。鉄道車両を作る技術はある。そこに本産の『自動車・EV・AI自動運転技術』が融合すればどうなるか?……南越急行ホールディングスは、空の列車から陸のEV、そして自動運転バスまでを自前で開発・製造・運行する、世界初の『完全統合型モビリティ・巨大コンツェルン』へ進化するのです」
数日後。東京都内にある本産自動車の本社ビル。
かつて世界の道路を席巻した名門企業の本社内は、通告された大リストラと倒産の恐怖で、お通夜のように静まり返っていた。
役員応接室で、本産自動車の社長・佐藤は、青ざめた顔で頭を下げていた。
「渡辺社長……篠原CIO……。我が社の不甲斐なさゆえに、越後湯澤の『ぶーぶーんシティ計画』を頓挫させてしまい、誠に申し訳ございません。我が社にはもう、新しい実証実験に投じる資金も、開発を続ける余裕もありません……」
佐藤社長の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。外資系ファンドからは「工場を半減させろ」「数万人を解雇しろ」と迫られ、メインバンクからも追加融資を拒否され、まさに八方ふさがりの状態だった。
「佐藤社長」篠原が静かに口を開いた。
「我が社は、ぶーぶーんシティ計画の撤回を受け入れに来たのではありません。……本産自動車を、我が南越急行グループの傘下に迎え入れるご提案に上がりました」
佐藤社長が弾かれたように顔を上げた。「え……? 我が社を……傘下に……!?」
篠原は、一冊の極秘提案書をテーブルの上に滑らせた。
『本産自動車に対する6,000億円の第三者割当増資引き受けおよび構造改革支援案』
「な……6,000億円……!?」佐藤社長の手がガタガタと震え出した。
「我が社が6,000億円の一括キャッシュで本産自動車の第三者割当増資を全額引き受け、発行済株式の51%(過半数)を取得します。これにより、本産自動車は債務超過の危機を脱し、金融市場からの信用を即座に取り戻すことができます」
「し、しかし……なぜ赤字の我が社をそこまでして救うのですか!?」佐藤社長が泣き叫ぶように問う。
渡辺社長が、優しく、しかし重みのある声をかけた。
「佐藤社長。我々もかつて、北陸新幹線の開業で『特急なんたか』を奪われ、会社が潰れかけた苦しみを知っています。ですが、技術と情熱を持った現場の人間を切り捨ててしまえば、二度と会社は立ち上がれない。本産自動車が誇る『ぶーぶーんシティ』の自動運転技術は、日本の未来に必要な宝です。それを外資ファンドに切り売りさせ、技術者を路頭に迷わせるわけにはいかないのです」
佐藤社長は、言葉を失い、テーブルに突っ伏して慟哭した。
「ありがとうございます……! ありがとうございます……! 我々の技術を……本産を救ってくださって……!」
2031年、春。
「赤字ローカル線から世界最富裕の金融鉄道会社となった南越急行が、巨額赤字で倒産寸前だった大手自動車メーカー・本産自動車を6,000億円で買収・子会社化」というニュースは、世界の自動車業界と金融マーケットを失神させた。
「鉄道会社が自動車巨頭を呑み込んだ」という前代未聞の衝撃の中、篠原が主導する本産の再建構造改革が猛スピードで始まった。
まず、海外の過剰な工場を精算し、開発の主軸を「越後湯澤のぶーぶーシティ」へと全面移転。
本産自動車のトップエンジニア数百名が湯澤町へ移住し、南越急行の「南越車輌」と合流。鉄道と自動車の技術者が融合した新しい研究開発拠点『南越モビリティ・ラボ』が誕生した。
そして、2031年、秋。
ついに完成した越後湯澤の『ぶーぶーんシティ(Boo-Boo-N City)』。
秋晴れの越後湯澤駅前には、本産自動車の再生と南越急行の最新技術を結集した、まったく新しい自動運転EV群がズラリと並んでいた。
丸みを帯びた未来的なデザインの小型自動運転EV「ぶーぶーん・ポッド」、高齢者でも乗り降りしやすい超低床自動運転バス「ぶーぶーん・バス」、そして南越急行の移動販売事業「走る南越マルシェ」と合体した自動配送ロボット。
それらの車両のボンネットには、本産自動車の伝統のエンブレムとともに、南越急行の「ホワイトラビット」のマークが力強く刻まれていた。
「すごい……! 車が勝手に走って、お年寄りを乗せていくぞ!」
越後湯澤の駅前に集まった町民や観光客から、歓声と拍手が巻き起こった。
スマートフォンでアプリを呼び出せば、数分で「ぶーぶーん・ポッド」が目の前に到着。行先を告げれば、信号や歩行者をAIが検知し、安全にスキー場や温泉街、リゾートマンションへ送迎してくれる。利用料金は、町民・観光客ともに全額無料。そのコストは、南越急行ホールディングスが稼ぎ出す膨大な運用益によってすべて賄われていた。
式典の壇上で、新生・本産自動車の社長となった佐藤が、感無量の面持ちでマイクを握った。
「かつて巨額の赤字に苦しみ、倒産を覚悟した我が本産自動車は、南越急行様という最高のパートナーを得て復活いたしました! ここ湯沢の『ぶーぶーんシティ』から発信する自動運転EV技術は、間違いなく世界のモビリティの標準となります!」
大きな拍手が秋の空に響き渡る。
式典の後、完成したばかりの「ぶーぶーん・ポッド」に乗り込み、自動運転で湯澤の街をスムーズに巡る渡辺社長、長谷川専務、そして篠原。
ハンドルが滑らかに自律回転し、車窓には活気を取り戻した越後湯沢の美しい街並みが広がっていく。
「本当に……夢みたいな街になったな、篠原」長谷川専務が感概深げに呟く。「本産自動車を買収して支援した時はどうなることかと思ったが、車も、バスも、電車も、全部うちのグループで作って走らせているんだからな」
「ええ」篠原は不敵に微笑んだ。
「本産自動車の手に入れた技術により、我が『南越急行ホールディングス』は単なる鉄道会社を超え、陸の交通すべてを自前で創り出す世界唯一の企業となりました。赤字で途切れかけた本産の夢を、我が社の2兆円が繋ぎ止めたのです」
渡辺社長は、車窓の向こうで走る二両編成の「NK2000系」列車と、並走する自動運転EV「ぶーぶーん・ポッド」の姿を愛おしそうに見つめた。
「かつて『なんたか』を失い、小さく縮こまるだけだった我々が、今や日本を代表する自動車メーカーまで救い、新しい街を創り出している。……これだから、鉄道も、人生も面白いな」
秋風が吹き抜ける越後湯沢の「ぶーぶーんシティ」。
2兆250億円という狂気の資金から始まった奇跡の物語は、途切れた鉄路を救い、銀行を呑み込み、ついには日本の基幹産業である自動車メーカーまでも再生させ、誰も見たことのない「未来の交通社会」を力強く疾走し続けるのだった。




