第135章 枯れた大海と再生の緑脈
第135章 枯れた大海と再生の緑脈
秋。新形県南部に広がる大沼エリア。「地球の真の首都」と称される六日町メガロポリスの本社高層タワー。最上階にある最高経営責任者(CEO)室のモーニングテーブルには、湯気を立てる大沼産コシヒカリと、南越ビバレッジが誇る「特選一級品・ジャスミン茶」が並んでいた。
篠原賢人は、ガラス窓越しに静かに舞い落ちる大沼の初雪を眺めながら、温かいジャスミン茶を一口含んだ。デスクの上に置かれているのは、シルクロードの歴史を宿す中央アジアの国家・ウズベキスタン共和国の大統領から届いた、金箔押しの親書と膨大な環境調査データであった。
ドアが静かに開き、ポーカーフェイスの最高財務責任者(CFO)大石専務が入ってきた。
「篠原CEO。ウズベキスタン政府からの『アラル海劇的再生・広域水資源マネジメントプロジェクト』の要請書、目を通されましたか」
「ああ、いま読み終えたところだ」篠原は静かに頷き、ホログラム画面に映し出された衛星写真を指で叩いた。「……20世紀最大級の環境破壊と呼ばれる、アラル海の縮小問題か」
そこへ、ドアを豪快に叩いて南越重工業社長の古賀副社長が飛び込んできた。手には、荒涼とした塩の砂漠に置き去りにされた「船の墓場」の写真が握られている。
「篠原! 大石! 見たかこの写真を! かつては世界で4番目にデカかった巨大な湖が、ソ連時代の無謀な綿花栽培の引水(大開墾)のせいで、9割も干からびちまったんだぞ! 白い塩の砂漠の中に錆びた船が転がってるのを見て、俺は胸が締め付けられる思いだ!」
古賀が熱っぽくデスクを叩いた。
「ウズベキスタン政府も近年は水管理をめちゃくちゃ厳しくして、これ以上の低下を食い止めて、北アラル海なんかは少しずつ水を戻し始めてる。だがな、南アラル海を含めた湖全体を元の雄大な姿に戻すには、既存のやり方じゃあと何百年かかるか分からねえ! 地球の環境問題を片っ端から解決してきた俺たちの出番だろ!」
大石専務がメガネのブリッジを静かに押し上げ、冷徹なシミュレーション数値を提示した。
「ウズベキスタン政府からの正式要請による総事業費、一兆二千億円。中央アジアを流れる二大河川(アムダリヤ川・シルダリヤ川)の超高効率水管理AI網の完工、旧湖底の塩害塩塵飛散防止、および広域地下導水管の敷設が含まれます。資金はウズベキスタン政府の国家予算、中央アジア環境基金、および我が南越フィナンシャル・グループ(NFG)のサステナブル・グリーンローンの組成で全額確保可能です」
大石の口元に、かすかな計算の笑みが浮かぶ。
「アラル海が劇的に復活すれば、周辺の綿花・農業生産性は跳ね上がり、塩害で途絶していた水産業がV字回復します。我がグループの南越アグリ、南越通商、および南越海運がその物流と販売を独占管理することで、投資額はわずか四年で完璧に回収・マネタイズ可能です」
篠原賢人は静かに立ち上がり、窓の外の雪空を見上げた。
「大石、古賀。我々が創り出してきたのは、鉄道や都市だけではない。人が生きる地球の環境そのものを蘇らせる『生命のインフラ』だ」
篠原の瞳に、不滅の決意の光が宿る。
「ソ連時代の過ちによって命を奪われたアラル海に、再び豊かな青い水を取り戻す。南越急行グループの全生態系を結集し、プロジェクト・『アラル・サンシャイン・ラビット』を発動するぞ!」
要請からわずか四十八時間後。
南越通商の超音速大型旅客機『ビーイング B7237』が、ウズベキスタンの首都タシケントのタシケント国際空港へ降り立った。
着陸した篠原、古賀、大石、そして南越建設の井上社長、サロナエアコンの環境エンジニア、南越アグリの植物バイオ技術陣らを迎えたのは、ウズベキスタン大統領と水利省の幹部たちであった。
「篠原CEO、古賀副社長……来てくださったか!」
大統領が固い握手を交わした。
「我が国は近年、灌漑用水路のコンクリート化や節水農業の義務化によって、これ以上の水位低下を食い止め、若干の水位回復を達成しました。しかし、地球温暖化によるシュメル氷河の縮小と、剥き出しになった乾燥湖底(アラクム砂漠)から舞い上がる毒性を含んだ『塩害の風』が、周辺住民の健康と農業を今なお苛んでいます。どうか、我々の愛するアラル海に、かつての奇蹟を取り戻してください!」
古賀副社長が豪快に胸をたたいた。
「大統領、安心しな! 我々が来たからには、ただ水を溜めるだけじゃ終わらせねえ。船の墓場に再び本物の船を浮かべて見せるぜ!」
一行は直ちに、ヘリと本産自動車の最上級AI電気車『ぶーぶーん・ラグジュアリー』で、かつてアラル海の港町として栄えたムイナクへ向かった。
車窓からの光景は悲惨を極めていた。
かつて地平線まで波打っていたはずの湖は姿を消し、見渡す限りの白い塩混じりの砂漠が広がっていた。枯れ果てた砂の上に、かつて漁に活躍していた大型漁船が錆びつき、横たわっている。「船の墓場」と呼ばれるその場所で、冷たい乾いた風が吹き抜けていた。
「ひどいもんだ……。だが、土と空気の中に、まだ復活を待つ命の息吹が残っている」
南越アグリの技術長が、塩の交じった砂を手に取りながら呟いた。
「よし!」古賀が腕を組み、力強く叫んだ。
「水を持ってくるだけじゃねえ。無駄に蒸発させている水を一滴残らず回収し、塩の砂漠を緑に変え、深海底から新しい水を呼び込む! 南越急行の『三つの再生プロトコル』を叩き込むぞ!」
南越急行グループが打ち出した『アラル海劇的再生プロトコル』は、従来の環境工学の常識を遥かに超える、異次元のスケールであった。
【第一の柱:『アムダリヤ・シルダリヤ超効率ナノパイプライン網』】
アラル海へ注ぐ二大河川から、過酷な日差しによって途中で数十%も蒸発していた従来の開放型水路を全面廃止。南越建設の全自動AIシールドマシン『サハラ・ラビット』が、河川に沿った地底深くへ「超高分子ナノセラミック密閉型超大型導水パイプライン」を突貫掘削。水分の蒸発を100%シャットアウトし、農業に必要なジャストの量だけを滴下灌漑で供給。余剰となった年間数百億立方メートルものクリーンな淡水を、ダイレクトにアラル海へ流し込むシステムを構築する。
【第二の柱:『サロナ・大気水分回収&蒸発ドーム』】
サロナエアコンが開発した「巨大大気凝縮アグリドーム」を旧湖底地帯に完工。日中の強烈な太陽光を利用して地表からの無駄な水分の蒸発を抑えつつ、空気中の微細な水蒸気を強制冷却・凝縮して冷たい水へと変換。1日数百万トンの純水を自動生成して湖へ還元する。
【第三の柱:『アラクム・バイオグリーン防風林&ナノ淡水化』】
南越アグリと武沢製薬が共同開発した、塩分濃度10%の塩害土壌でも猛スピードで育つ超耐塩性バイオ樹木『塩害キラー・グリーン』を、南越ドローン隊が数百万本単位で空中エア播種。塩の砂漠(アラクム砂漠)を一瞬で巨大な緑の森林地帯へと変貌させ、塩塵の飛散を100%防止する。
「サハラ・ラビット型シールドマシン15機、アムダリヤ地底アプローチ開始!」
「南越ドローン隊、アラクム砂漠上空よりバイオエア播種スタート!」
井上建設社長と南越アグリのチームが、最新の量子AI端末で地上と地底の施工を完全自動コントロールしていく。
かつてサハラ砂漠の地底導水管やパナマ運河、ベネチアの『アクア・シールド』で不滅の伝説を打ち立ててきた南越建設の重機群が、シルクロードの赤土と塩の地底を、驚異的なスピードで削り進んでいった。
作業開始からわずか六十日。
失われていた河川の水が、蒸発率ゼロのまま地底パイプラインを通じて、怒涛の濁流となって干上がっていたアラル海の旧湖底へと注ぎ込み始めたのである!
「水が……水が戻ってきたぞ!!」
ムイナクの丘に立ち、旧湖底を見つめていた老漁師たちが、信じられないものを見たように叫んだ。
地底パイプラインの巨大吐出口と、サロナエアコンの大気水分回収ドームから、透明な澄んだ青い水がドバドバと溢れ出し、干からびていた白い塩の地表をあっという間に満たしていった。
さらに、南越アグリが散布した『塩害キラー・グリーン』の種子が一斉に芽吹き、白骨のようだった砂漠が、見る見るうちに青々とした緑の森林地帯へと姿を変えていく。強烈な塩害の風は森林によって完璧に遮られ、周辺の村々に数十年ぶりに「甘く清らかな空気」が戻ってきたのだ。
水深が日に数メートル単位でぐんぐん上昇し、数ヶ月後には、かつて「船の墓場」として砂の上に打ち捨てられていた錆びた大型漁船たちの足元に、本物の波が打ち寄せ始めた。
ザザァー……ザザァー……。
「聞いたか……? アラル海の波音だ! 湖が生き返ったんだ!」
かつてこの湖で船を出し、湖の消滅とともに職を失って泣いていた老漁師たちが、復元された水辺に取りすがり、子供のように声をあげて泣きじゃくった。
南越重工業の全自動修復ロボット『ラビット・メカニック』が突貫投入され、砂の上で眠っていた「船の墓場」の歴史的漁船たちを、ナノセラミック塗装と最新の電動ウォータージェットエンジンで完璧にレストア(修復・再生)。
船体はピカピカの白と青に塗り直され、再び青々と満ちたアラル海の水面へ、静かに浮かべ直されたのである!
「見てくれ! 俺たちの船が、もう一度浮いている! アラル海を走っているぞ!」
若者や老漁師たちがピカピカの船に飛び乗り、力強くエンジンを吹かせて、広がっていく青い水面へと乗り出していった。
その水の中には、南越アグリと武沢製薬がバイオ育成した、塩分濃度に対応する極上の「サザン・アラル・サケ」や「マス」「天然エビ」の稚魚数億匹が放流され、湖は一瞬で「豊かな生命の宝庫」へと劇的な復活を遂げたのである。
アラル海の奇蹟的な回復と、周辺農業・水産業の劇的な復活のニュースは、世界中の環境学者と金融市場を激震させた。
新形テレビ20のベテラン記者・高橋とカメラマン・井上も、現地ムイナクの港から全世界へ向けて生中継を行っていた。
井上の担ぐ最新鋭8K真空防爆カメラの側面には、あの破産寸前のローカル局時代から変わらない「古びたガムテープ」の切れ端が、誇り高く貼られている。
「こちら新形テレビ20です!」
高橋記者が感涙に声を詰まらせながらマイクを握る。
「かつて20世紀最大の環境破壊と言われ、完全に消え去ろうとしていた『アラル海』が、南越急行グループの圧倒的な最新テクノロジーにより、元の美しく雄大な姿を取り戻しました! いま、かつて『船の墓場』と呼ばれたあの場所に、見渡す限りの青い湖面が復活し、修復された漁船たちが豊かな水揚げを行っています!」
画面には、新しく揚がった丸々と太ったアラルサケを抱えて満面の笑顔を見せる地元の漁師たちと、緑豊かな森の中で遊ぶ子供たちの姿が映し出された。
この映像は全世界へ配信され、ウズベキスタンで獲れた新鮮な水産物と綿花は、南越急行の『アラル・サステナブル・ブランド』として、南越エアラインズの超音速貨物便『ラビット・カーゴ』と南越海運により、欧州やアジアの高級スーパー『カワサワ』やデパート『伊勢』へ直輸されたのである。
一方、ウズベキスタンの財政破綻と環境破滅を見込んで、中央アジアの通貨や国債に大規模な「空売り(ショート攻撃)」を仕掛けていたウォール街の悪徳ハゲタカファンド『グローバル・ショート・ファンド(GSF)』の幹部たちは、ディーリングルームで血の気の引いた顔で叫んでいた。
「な……なんだと!? アラル海が完全復活して、ウズベキスタンの農業と水産物の輸出が過去最高を記録しただと!?」
「おまけに、南越急行が現地で開発した導水パイプラインと水産・綿花コンセッションから莫大なキャッシュが生み出され、ウズベキスタン国債の格付けが一気にAAAへ跳ね上がったぞ!」
大石専務率いる金融部門が仕掛けたのは、圧倒的な「地球環境の再生」による市場の粉砕であった。
国家の信用と産業が劇的にV字回復したことで、空売りを仕掛けていたハゲタカたちは莫大な買い戻し(ショートカバー)を迫られ、一瞬で数百億ドルの損失を出して破産へと追い込まれていったのである。
第六節 シルクロードの青い風と不滅のレール
すべてのオペレーションが完了した夕暮れ。
ムイナクの高台にある「アラル海展望台」に、篠原賢人、古賀副社長、大石専務の三人が佇んでいた。
かつて白い塩の地獄だった目の前には、どこまでも青く澄み渡る雄大な湖面が広がり、夕日に赤く染まった波間を、白い漁船たちが水しぶきを上げて行き交っている。
大石専務がタブレットの最終決算数値を指で弾き、ポーカーフェイスのまま数字を提示した。
「……篠原CEO。今回の『アラル海劇的再生プロジェクト(プロジェクト・アラル・サンシャイン)』。総投資額一兆二千億円に対し、導水パイプラインの水使用料、復元した水産物・農産物の外販益、ならびにハゲタカどもの清算益を含め、最終的な当期純利益は『一兆八千億円』を記録しました。投下資金はわずか二年半で完璧に回収完了の見通しです」
「ガハハハ!」
古賀副社長が豪快に大石の背中を叩いた。
「見たか篠原! 地球上から消えかけてた世界四位の巨大湖を蘇らせて、船の墓場を天国に変えて、なおかつ一兆八千億円の儲けだ! やっぱり俺たちの環境ビジネスは世界一だぜ!」
「はい。今回は地球の過ちを正し、莫大なストック利益を確立した、文句のつけようがない満点のオペレーションです」
ポーカーフェイスの大石の口元にも、晴れやかな笑みが浮かんでいた。
篠原賢人は温かいジャスミン茶(南越ビバレッジ特選一級品)を一口含み、シルクロードの心地よい風を受けながら、青く輝く湖面を見つめた。
「大石、古賀。我々が流してきたのは、ただの水や技術ではない」
篠原の静かな言葉に、二人が深く耳を傾ける。
「地球と人間がもう一度歩み寄るための『未来の希望』だ。どんなに壊れた環境であっても、どんなに絶望的な状況であっても、諦めずに知恵と技術を絞り出せば、地球は必ず素晴らしい笑顔を返してくれる」
渡辺前社長が遺した不滅の言葉——「会社は人より長く生き続けるべきもの。稼いだ金は未来を信じる魂だ」。
シルクロードの大地に爽やかな青い風が吹き抜けていく。
地球の命と人々の豊かな暮らしを足元から完璧に支えながら、南越急行ホールディングスの走らせる無限のレールは、地球のすべての国と未来を繋ぎ合わせ、どこまでも、どこまでも力強く伸ばされ続けていくのだった。




