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第134章 蒼海を駆ける翼と孤島の港

第134章 蒼海を駆ける翼と孤島の港


秋。

新形県南部に広がる大沼エリアに位置する「世界の首都」、六日町メガロポリス。

時価総額130兆円を突破し、ニューヨーク地下鉄の全面再建、キーウ地底での防爆シェルター学校・病院建設、ヨハネスブルグの都市再生、そして宇宙ステーションでの軌道造船までを完工させてきた「南越急行ホールディングス」。


南越急行ホールディングス本社高層タワーの最上階にある副社長室で、南越重工業社長兼グループ副社長の古賀は、連日世界中から怒涛のごとく舞い込んでくるプロジェクト依頼の電子文書をチェックしていた。


「欧州の高速鉄道網のAI自動化……アフリカの鉱山鉄道延伸……月面リニアの第二次工事……どれもこれもスケールはでけえが、何かが物足りねえな」


古賀が豪快に首を傾げながらタブレットの画面をフリックしていたその時、一通の切実な要望書が彼の目に留まった。


依頼主は、日本の国土交通省航空局、および小笠原諸島をはじめとする全国の孤島自治体連合であった。


『空港の持たない絶海の離島における、持続可能かつ迅速な新輸送手段の開発・就航について』


資料を読み進めるにつれ、古賀の鋭い目が少年のように光り始めた。


日本には、周りを広大な海に囲まれながら、地形が急峻であったり島自体が狭小であったりするために、空港という広大な敷地をどうしても建設できない孤島が数多く存在する。代表例が、東京から南へ一千キロメートル離れた大笠原諸島の父島や母島であった。


現在、父島へのアクセスは週に1便程度の大型客船に頼るほかなく、片道におよそ二四時間という長い時間を要していた。急病人の搬送や急ぎの物資輸送、観光客の利便性向上において、滑走路を必要としない新しい航空輸送手段の確立は、何十年もの間「国家的な悲願」とされながらも、採算性や技術的ハードルの高さから放置されてきたのである。


「……なるほどな。島が狭くて滑走路が作れねえなら、滑走路なんていらねえ乗り物を作ればいい。海そのものを巨大な滑走路にしちまえばいいんだ!」


古賀はガッシリとした自分の拳を机にポンと叩いた。


そこへ、ポーカーフェイスの最高財務責任者(CFO)大石専務と、温かいジャスミン茶(南越ビバレッジ特選一級品)を手にした最高経営責任者(CEO)篠原賢人が静かに入ってきた。


「古賀。何か面白い案件でも見つかったかい?」篠原が微笑む。


古賀はホログラム画面をドカンと二人の前に提示した。


「篠原、大石! これを見ろ! 空港のねえ離島へ、海から直接乗り込める超高速の『旅客飛行艇』を作ってくれっていう依頼だ! かつて海を駆けた山崎重工のジェットフォイル(ボーイング929シリーズ)の水動力を、俺たちの南越重工業とビーイング(Boeing)の最新航空テクノロジーで劇的に進化させる! 離島の暮らしを根底から変える、新しい翼の誕生だ!」


大石専務がメガネのブリッジを静かに押し上げ、画面のデータを冷徹に指で弾いた。


「……なるほど。ボーイング929シリーズ(ジェットフォイル)の概念を受け継ぎつつ、水中航行だけでなく完全な空への飛翔を可能にする『超・貨客混載型水上飛行艇』の開発ですか」


大石の口元に、かすかな計算の笑みが浮かぶ。

「国土交通省からの離島航路開発補助金、地方創生交付金、ならびに南越エアラインズ(NAL)の新路線開設による莫大な旅客・超速貨物収益。……開発費一千二百億円は、就航後わずか三年で回収可能です。極めて社会的価値の高い事業ですね」


篠原賢人は静かにジャスミン茶を口に含み、太平洋の青い海に想いを馳せた。


「いいですね、古賀。我々が繋いできたのは、陸の線路や天空の航路だけではない。海によって隔てられた人々の暮らしを繋ぐことも、我が南越急行グループの使命です。ジェットフォイルの魂を受け継ぐ、世界最高の飛行艇シリーズを完成させましょう」


篠原の即決により、南越重工業・南越車輌・ビーイング提携による『超・旅客飛行艇開発プロジェクト』が電撃的に発動したのである。


古賀副社長の指揮のもと、新潟臨海地区にある南越重工業・新形航空宇宙ギガファクトリーにおいて、前代未聞の「次世代貨客混載飛行艇」の開発が始まった。


ベースとなったのは、かつて「海の上の新幹線」と称されたジェットフォイル(ボーイング929)の超高効率ウォータージェット推進と水中翼の流体力学技術。そこに、南越重工業の超軽量チタンナノセラミック外殻、サロナエアコンの全自動与圧・生命維持システム、そして本産自動車のAI流体制御技術が融合した。


古賀と技術陣は、離島の規模や需要に応じた「三種類の機体ラインナップ」を提示した。


一、小型・高機動タイプ『B959(ビー・ナイン・ファイブ・ナイン)』


定員: 貨客混載60人乗り(旅客40名+生鮮品・医療物資コンテナ20トン)。


用途: 大笠原・父島をはじめとする絶海の小型離島航路向け。時速550kmで飛行し、着水時は水中翼と最新型ウォータージェットで時速80kmの高速水上滑走が可能。


二、中型・幹線タイプ『B969(ビー・ナイン・シックス・ナイン)』


定員: 120人乗り(旅客90名+貨物コンテナ30トン)。


用途: 奄美・琉球諸島や伊豆諸島など、中規模離島を結ぶ地域拠点ハブ機。


三、大型・大量輸送タイプ『B979(ビー・ナイン・セブン・ナイン)』


定員: 250人乗り(旅客200名+大型貨物コンテナ50トン)。


用途: 観光ピーク時の大量輸送および、国際的な島嶼国(フィジー、インドネシア等)への外販用フラッグシップ機。


「最大の難関は、荒れ狂う太平洋の外洋(波高3〜4メートル)でも安全かつ滑らかに着水・離離着できる剛性と衝撃吸収性だ!」


開発現場で、南越車輌の村上技師長と南越重工の流体エンジニアたちが汗を流していた。


ここで威力を発揮したのが、本産自動車と南越重工が共同開発した『アクティブ・アクア・サスペンション』であった。着水時に機体下部から展開するナノチタン製チヌーク型艇体(舟底)と衝撃吸収ハイドロフラップが、着水時の強烈な不規則ショックを99.9%吸収。波立つ海面を、まるで高級ホテルの絨毯の上を滑るかのように着水・静止させる神業を完成させたのである。


さらに、着水後の運用方式にも画期的なシステムが採用された。


無理に島へ巨大な港や突堤を造るのではなく、「島の近くの穏やかな湾内・海上に浮体式着水ブイを設置し、そこに着水。待機していた高効率連絡船ぶーぶーん・シーラビットで島の既存の港へ短時間で接続する」という、環境破壊ゼロの完全持続可能アクセス方式が確立されたのだ。


「完成したぞ……! 60人乗り・初号機『B959・ラビット・オーシャン』だ!」


着工からわずか九十日。

美しい白銀の機体に、南越急行のシンボルであるラビット・オレンジと、太平洋の青をあしらった流線型の飛行艇『B959』が、新形港の波間にその勇姿を現したのである!


秋。澄み渡る秋晴れの東京国際空港(羽田空港)。


羽田空港のD滑走路に隣接する沖合の「南越エアラインズ・水上特設滑走エリア(羽田シーポート)」において、歴史的な一番機の就航式典が開催されていた。


就航路線は、『南越エアラインズ(NAL)・羽田〜大笠原・父島線』。


これまで船で片道24時間かかっていた絶海の孤島・父島へ、B959は時速550kmの超音速巡航により、わずか「2時間10分」で直結するという、歴史的な交通革命であった。


式典のステージには、南越急行の篠原賢人CEO、古賀副社長、大石専務、国土交通大臣、東京都知事、そして小笠原村の村長が並んでいた。


新形テレビ20のベテラン報道記者・高橋とカメラマン・井上も、一番機の最前線から全世界へ向けて生中継を行っていた。井上の担ぐ最新鋭8Kカメラの側面には、あの破産寸前のローカル局時代から変わらない「古びたガムテープ」の切れ端が、誇り高く貼られている。


「こちら新形テレビ20です!」

高橋記者が感涙に声を震わせながらマイクを握る。

「長年、日本の交通における最大の悲願であり、絶海の孤島と呼ばれていた大笠原諸島・父島へ、本日、南越急行グループの最新鋭飛行艇『B959』が就航いたします! 片道24時間かかっていた旅が、わずか2時間に短縮されるという、まさに歴史的瞬間の到来です!」


大笠原村長が、感涙を拭いながら篠原CEOの手を両手で強く握りしめた。


「篠原CEO、古賀副社長……本当にありがとうございます! 島に空港を造るとなれば、世界自然遺産の貴重な固有種や豊かな自然を破壊せざるを得ず、島民は長年苦しんできました。自然を一切傷つけず、海を使ってこんなに素晴らしい翼を届けてくださるなんて……夢のようです!」


「村長さん、感謝するのはまだ早いぜ!」古賀副社長が豪快に笑った。「B979の機内に入ってみな! 島の急病人を速攻で東京の大学病院へ運べる『南越メディカル集中治療ユニット』も、獲れたての小笠原の魚やマンゴーを東京の料亭へ直送できる『真空冷蔵コンテナ』も完備してあるからな!」


午前10時00分。


一番機の搭乗アナウンスが響き、抽選で選ばれた島民、医療関係者、そして観光客あわせて200名の旅客と、50トンの生活物資コンテナが『B979』の洗練された機内へ吸い込まれていった。


サロナエアコンの清浄な空気と、南越不動産の手掛けた人間工学本革シートが並ぶ贅沢な客室。


『B979・一番機、羽田シーポートより離水開始。エンジン点火!』


ドゴオオオオオン……!


2基の最新鋭プラズマ・ジェットエンジンが爆音を響かせ、B979は羽田沖の白波を蹴って疾走。わずか300メートルの水上滑走で軽やかに大空へと舞い上がった!


「飛んだぁぁぁ!!」


羽田のデッキと、機内の乗客から一斉に万雷の歓声と拍手が巻き起こったのである。


巡航高度8,000メートル。

B979の機内は、まるで南越急行の特急『新・なんたか』のグリーン車内のように静かで、揺れ一つなかった。


窓の外には、どこまでも続く太平洋の群青色の海と、白い雲が広がっている。

客室乗務員によって、南越ビバレッジ特選のジャスミン茶と、南越アグリ特製の「魚沼産コシヒカリおむすび」が振る舞われ、乗客たちはリラックスした表情で空の旅を楽しんでいた。


搭乗からわずか1時間50分。


フロントガラスの向こうに、太平洋にぽつりと浮かぶ緑豊かな奇蹟の島々——大笠原諸島・父島と二見湾ふたみわんの神々しい姿が大きく見えてきた。


『当機はこれより、父島・二見湾エリアへ向けて着水態勢に入ります。アクティブ・サスペンション作動』


機長の静かなアナウンスとともに、B979は高度を下げ、コバルトブルーの二見湾の水面へ静かにアプローチ。


フワリ……ザザザザーッ!!


機体下部のアクティブ・サスペンションとチヌーク型艇体が、波立ちを完璧に吸収。水しぶきを白く上げながら、B979は滑らかに海面を滑走し、二見湾の中央に設置された「南越浮体式着水ブイ」の横へピタリと停止した。


「着水……! まったく揺れなかった! すごい!」


機内から再び大きな歓声が沸き起こった。


ブイの横には、すでに父島の二見港から出航してきた最新鋭の連絡船『ぶーぶーん・シーラビット号』が待機していた。

乗客と貨物コンテナは、全自動エアドーム通路を通ってスイスイと連絡船へ移動。着水からわずか10分後には、全員が父島・二見港の歴史あるメインストリートへ笑顔で足を踏み出していたのである!


港の広場には、大垂れ幕を掲げた数百人の島民たちが集まり、太鼓と踊りでB959の一番機を大歓迎していた。


「お帰りなさい!」「東京から2時間で着いちゃったの!?」


島のおばあちゃんが、東京からB979に乗って帰ってきた孫を抱きしめて涙を流している。


「これなら……急に体調が悪くなっても、すぐに東京の病院へ行けるねぇ!」

「東京から朝獲れの新鮮なお肉やお野菜が、その日のうちに届くんだ!」


島民たちの歓声と笑顔が、父島の青い海と空に美しく響き渡った。


父島での就航祝賀パーティーの席上、二見港を見下ろす高台のテラスにおいて、大石専務はポーカーフェイスのまま電子タブレットの財務データを操作していた。


篠原賢人CEOと古賀副社長が、お酒を片手に大石の元へ歩み寄ってくる。


「大石。B979の初便は大成功だったね。島の人たちのあの笑顔を見たら、苦労して開発した甲斐があったよ」篠原が目を細める。


「ガハハハ! そうだな篠原! これでB959(40人乗り)とB969(120人乗り)も全国の島から注文が殺到するぞ!」古賀が豪快に笑う。


大石専務はメガネのブリッジを静かに押し上げ、画面の数字を二人に提示した。


「……篠原CEO、古賀副社長。ご安心ください。すでに完璧な採算ロードマップが完成しております」


大石の口元に、冷徹かつ完璧な財務の笑みが浮かぶ。


「本日就航した羽田〜父島線(B979)の予約率は、今後半年間100%を達成。旅客運賃収入、ならびに宅配大手と提携した『超速離島エア・カーゴ』のコンテナ運賃益により、第一期の営業利益は三十億円を記録する見込みです。この路線は、今後、大笠原海運と南越エアラインズ共同で運行することになります」


大石は画面を切り替えた。


「さらに、今回の成功を受け、地中海のアテネ諸島ギリシャ、東南アジアのインドネシア・フィリピンなどの島嶼国政府から、中型機『B969』および大型機『B979』の購入・路線開設要請が『計百二十機』殺到しております。機体外販益およびメンテナンス長期契約により、当期純利益は『八千五百億円』を計上。開発費一千二百億円は、わずか一年で完全回収完了です」


「ガハハハ!」古賀が豪快に大石の背中を叩いた。「見たか篠原! 日本の離島を救って、世界中の島国に機体を売りまくって、8500億円の儲けだ! やっぱり大石のやることに隙はねえな!」


「はい。今回は地域社会の悲願達成と、グローバル外販益を完璧に融合させた満点のオペレーションです」


篠原賢人は温かいジャスミン茶を一口含み、眼下に広がる二見湾と、夕日に映えるB979の白銀の機体を見つめた。


すべてのイベントが終わり、父島の二見港に静かな夜が訪れた。


二見湾の穏やかな海面には、満天の星々と、浮体ブイの緑色の誘導灯がキラキラと反射している。


港の波止場に、篠原賢人、古賀副社長、大石専務の三人が佇んでいた。


太平洋から吹き抜ける暖かな夜風が、潮の香りと南国の花の香りを運んでくる。


古賀副社長が、感無量といった面持ちで海の向こうを見つめた。


「なあ篠原。鉄のレールの上を走る電車から始まった俺たちが、ついに海を滑り、空を飛ぶ『飛行艇』まで作っちまったんだな……」


大石専務も静かに頷いた。

「はい。我がグループの交通ネットワークは、陸、地底、空、宇宙、そしてついに『海』をも完全に補完いたしました」


篠原賢人は微笑み、二人の肩に手を置いた。


「古賀、大石。我々が繋いできたのは、ただの距離や移動時間ではない」

篠原の静かな言葉に、二人が深く耳を傾ける。


「離島に暮らす人々の安心と、大切な家族と会える喜び、そして未来への希望だ。滑走路が無いなら、海を滑ればいい。壁があるなら、越えていけばいい。人と人を想う情熱がある限り、我が南越急行グループの走らせるレールに、越えられない限界など存在しない」


渡辺前社長が遺した不滅の言葉——「会社は人より長く生き続けるべきもの。稼いだ金は未来を信じる魂だ」。


父島の夜空に、どこまでも澄み渡る満天の天の川が広がっていく。

絶海の孤島に不滅の希望と輝く未来の翼を届けながら、南越急行ホールディングスの走らせる無限のレールは、陸を、空を、海を、宇宙を越えて、どこまでも、どこまでも力強く伸ばされ続けていくのだった。

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