第100章 ホテル・ホワイトラビットスペースホテル(後編)
第100章 ホテル・ホワイトラビットスペースホテル(後編)
新新形国際空港(宇宙港)のメイン滑走路には、朝の澄んだ光を浴びて白銀とゴールドの機体を誇らしげに輝かせる、巨大な最新鋭宇宙シャトルが佇んでいた。
南越重工業と米国ビーイング社が共同開発した、定員300誇る世界最大の超音速・宇宙往還旅客機『ビーイング B7147型』である。
「こちら新形テレビ20、宇宙特派員チームです! 私たちは今、歴史的な人類初の定期宇宙ホテルツアーに密着するため、新新形宇宙空港の滑走路に来ています!」
機体をバックにマイクを握るのは、かつてガムテープで補修した古いカメラとともに現場を駆け回っていたベテラン記者の高橋だ。その横には、どんな過酷な現場でも真実を捉え続けてきたカメラマンの井上が、最新の超軽量16K・AIカメラをしっかりと構えている。
「ご覧ください、この圧倒的なスケール! かつては訓練を重ねた宇宙飛行士しか行けなかった宇宙へ、今日は300名もの一般のお客様や報道陣が、この『B7147型』に乗って旅立ちます!」
搭乗ゲートを潜ると、そこはまるで超一流ホテルのファーストクラスラウンジのようなラグジュアリーな空間が広がっていた。手荷物を預けた乗客たちは、宇宙服ではなく、思い思いの私服やドレス姿でゆったりとシートに腰掛けている。
シートには本産自動車と南越車輌が開発した「無重力・超衝撃吸収アクティブサスペンション」が内蔵され、離陸時の強いG(重力)を完璧に打ち消す仕組みになっていた。
「全員、シートベルト着用を確認。B7147型、オールグリーン。発進準備完了」
コックピットのAI音声とともに、B7147型が滑走路を力強く滑り出した。
プラズマ・ハイブリッドエンジンの重低音が心地よく響き、機体はあっという間に大空へと舞い上がる。成層圏を突き抜け、マッハの壁を軽々と超えて青い空が漆黒の宇宙へと変色していく中、客室内には揺れも激しい騒音も一切なかった。乗客たちからは歓声と拍手が巻き起こる。
「高橋さん、見てください! 地球が……青い地球が丸く見えます!」
井上のカメラが、窓の外に広がる息を呑むような地球の絶景を完璧な画質で捉えた。
打ち上げからわずか20分。前方から、漆黒の宇宙空間に燦然と輝く巨大な光の城が現れた。
拡張・連結された新宇宙ステーション『ホテル・ホワイトラビット・スペースステーション』だ。
B7147型は、誘導レーザーに従って新設された「商用宇宙港発着場デッキ」へ滑らかにアプローチし、寸分狂わぬ精度でドッキングを完了させた。
「凄いです! 衝撃も揺れも全くありません! まるで新幹線の駅に到着したかのようです!」
エアロックが開くと、高橋と井上、そして300名の乗客たちは、ふわふわとした微小重力の感触を楽しみながら、明るく広々とした到着エントランスへと進み出た。
「皆様、ようこそ『ホテル・ホワイトラビット・スペースステーション』へ!」
制服を着たホテルスタッフたちが温かい笑顔で出迎える。
高橋たちがまず案内されたのは、ステーションの核心部である「ホテル・ホワイトラビット宇宙店」ゾーンだ。
回転式人工重力リングの内部に入ると、地球の約三分の一の心地よい重力が働き、足をつけて普通に歩くことができる。
「ここが客室エリアです! ご覧ください、全室に最新の防音・遮熱ガラスが使用され、ベッドに横になりながら、目の前に広がる青い地球や無数の星々を独り占めできます! もちろん超高速光通信『スターリンク・NANTETSUエディション』が完備され、地球とのテレビ電話や仕事もストレスゼロです!」
続いて二人が向かったのは、巨大なガラスドームで覆われたスカイレストラン「ラビット・オーシャン」だ。
そこでは、南越アグリの宇宙農園で採れたての新鮮な野菜や、南越海運とスシ・ロジスティクスによって新形港・佐渡から宇宙へ直送された極上のネタを使った『佐渡武蔵・宇宙店』の寿司が振る舞われていた。
「宇宙で、削りたての鰹節の出汁が効いた味噌汁と、佐渡のノドグロの握りが食べられるなんて……! 旨い! 旨すぎます!」
高橋が感動に声を震わせる。
さらに、大型モジュールの奥には、莫大な物資や食材を自律型ロボットが完璧に分類・管理する巨大な「ロジスティクス倉庫ゾーン」と、ここで働く数百名のスタッフが快適に暮らす「従業員居住エリア」が広がっていた。
そして最後に二人が足を踏み入れたのは、今回の拡張の目玉の一つである「新形テレビ20報道ゾーンデッキ(宇宙支局)」だ。
旧エリアから完全移設・昇華されたこの専用デッキには、最新鋭の16Kバーチャルサウンドステージと、背景全体が本物の宇宙と地球のパノラマウィンドウになっているサテライトスタジオが完備されていた。
「こちら、新形テレビ20宇宙サテライトスタジオです! 本日より、この宇宙の最前線から、24時間いつでも地球の皆様へ、忖度も検閲もない真実のニュースをお届けします!」
若手の小林記者が、背後の青い地球をバックにハキハキと第一声を放つ。かつて破綻寸前だった雪国のローカル局が、ついに宇宙に不滅の報道の城砦を築いた瞬間だった。
夢のような宇宙ホテルでの滞在を終え、高橋たちと乗客たちは再び『ビーイング B7147型』へと乗り込んだ。
「B7147型、ステーション離脱。地球への帰還コースに入ります」
滑らかな離脱から、耐熱ナノセラミックタイルのシールドに守られた安全な大気圏再突入。B7147型は何のトラブルもなく高度を下げ、夕暮れ時の新新形国際空港の滑走路へと、羽のように優しく着陸した。
タラップが降りると、空港のロビーは帰還を祝う大勢の人々とメディアの拍手で包まれた。
マイクを握る高橋の目には、うっすらと熱い涙が浮かんでいた。
「皆様……夢の時間は終わりました。ですが、これは夢ではなく、南越急行とグループの情熱が切り拓いた『新しい現実』です。誰もが宇宙へ行き、美味しいものを食べ、温かいベッドで眠る。そんな未来が、今、ここに完成しました!」
カメラを回し終えた井上は、そっとファインダーから目を離し、胸のポケットに忍ばせた、あのガムテープの切れ端に触れた。
どれほどスケールが大きくなろうとも、宇宙へ届こうとも。
現場の情熱と人々の暮らしを守り続ける魂は、この新形から、そして南越急行から永遠に失われることはない。
新新形国際空港の空には、宇宙ステーションへと向かう次なる『B7147型』が、夕陽に輝きながら力強く飛び立っていく姿があった。




