第99章 ホテル・ホワイトラビットスペースホテル(前編)
第99章 ホテル・ホワイトラビットスペースホテル(前編)
国際宇宙ステーション『グランド・ラビット』の完工と劇的な成功は、世界中の宇宙開発の歴史を塗り替えた。だが、南越急行グループの重工業・航空宇宙部門を率いる古賀副社長の情熱は、単なるステーションの建設にとどまることを知らなかった。
「篠原さん、大石。宇宙ステーションを『研究者が耐える缶詰』から『快適な我が家』に変えた次は……世界中の誰もが当たり前に泊まりに行ける『究極の旅の目的地』にする番だ」
六日町本社の役員室で、古賀が広げたホログラム資料には、言葉を失うほど壮大な構想が描かれていた。
グループの自前ビジネスホテルブランドとして全国展開し、大好評を博していた「ホテル・ホワイトラビット」を、そのまま宇宙空間へと進出させる人類初の宇宙ホテル構想——『ホテル・ホワイトラビット・スペースステーション』プロジェクトである。
この構想は、既存の宇宙ステーション『グランド・ラビット』に巨大な新規モジュール群をドッキング・連結させ、独立した超大型複合商業宇宙施設へと拡張するものであった。
プロジェクトの全貌は極めて合理的かつ緻密に設計されていた。
第一に、民間旅行客やビジネス客がスムーズに往来できるよう、大型旅客宇宙船が複数同時に直接横付けできる「商用宇宙港発着場デッキ(スペース・ポート・デッキ)」の建設。
第二に、息を呑むような地球と星空の絶景を眺めながら極上の料理を楽しめるガラスドーム型スカイレストランや、無重力・微小重力を活かしたスパ、天然温泉風大浴場、そして全室に超高速光通信と快適なベッドを完備した「ホテル・ホワイトラビット宇宙店」ゾーン。
第三に、宇宙ホテルやステーション全体の物資、食材、燃料、交換パーツを効率よく管理・保管する巨大な「ロジスティクス倉庫ゾーン」。
第四に、ホテルスタッフやエンジニア、医療スタッフたちが長期滞在しながらストレスなく生活できる、高い気密性と完璧な生活環境を備えた「従業員居住エリア」。
そして第五に、これまでステーション内部の仮設エリアに置かれていた「新形テレビ20宇宙支局」を完全に独立・昇華させ、最新鋭の8K・16Kバーチャル放送設備とパノラマスタジオを備えた専用の「新形テレビ20報道ゾーンデッキ」の新設である。
さらに、この巨大宇宙ホテルへのアクセスを支えるため、新形県沖の海上巨大ハブ「新新形国際空港(宇宙港)」と、この商用宇宙港発着場デッキを最短時間・最高クラスの安全性と快適性で結ぶ、次世代の定期往来用定期便シャトル『ラビット・ライナー(NK-S1000型)』の自前開発・製造も同時に決定した。
この前代未聞の超巨大プロジェクトに対し、NASA(アメリカ航空宇宙局)は異例の速さで全面的なパートナーシップを申し出た。NASAの局長は「南越重工業の技術力と建設スピードがなければ、人類はあと半世紀経ってもこの領域に到達できなかっただろう」と絶賛し、共同プロジェクトとして正式にスタートを切った。
プロジェクトの指揮を執るのは、もちろん古賀である。
新形臨海地区の南越重工業ギガファクトリーと新新形宇宙空港では、昼夜を問わず熱気あふれる作業が続けられた。
「いいか! 今度のシャトルとホテルは、訓練を受けた宇宙飛行士だけが乗るもんじゃない! 小さな子どもからお年寄りまで、ドレスやスーツを着た一般の旅行客が乗るんだ! 振動一つ、騒音一つ、シートの揺れ一つ妥協するな!」
古賀はヘルメットをかぶり、現場の精鋭エンジニアたちとともにシャトルの客室モジュールに乗り込み、シートのクッション性から客室窓の防音ナノガラス、さらには無重力域でも液体が飛び散らない特殊構造のグラスに至るまで、徹底的に目を行き届かせた。
南越建設のAI自律型宇宙施工ロボット『ラビット・ビルダー』群が、新新形宇宙空港から『ラビット・キャリア』によって順次宇宙空間へと打ち上げられていく。
高度四百キロメートルの上空で、ロボットたちは寸分狂わぬ精度で巨大なフレームを組み上げ、多重防爆構造のチタン・セラミック外壁を取り付け、回転式人工重力リングを拡張していった。
サロナエアコンが開発した「極小騒音・森林空気循環システム」が配管され、南越アグリと南越ビバレッジが共同開発した全自動宇宙農園と超純水循環システムが設置されていく。
そしてプロジェクト開始からわずか十ヶ月。世界の宇宙関係者が「奇跡」と叫んだ瞬間が訪れた。
漆黒の宇宙空間に、地球の青い光を反射して白銀に輝く、壮大な大環状構造物が出現したのだ。
増設された「商用宇宙港発着場デッキ」には、誘導レーザーの光が美しく交錯している。その隣には、やわらかな温かい光を放つ「ホテル・ホワイトラビット」の巨大なガラスドームとレストランゾーン、整然と並ぶ倉庫デッキ、そして最先端のアンテナ群を湛えた「新形テレビ20報道ゾーンデッキ」が、完璧な調和をもって連結されていた。
同時に、新新形宇宙空港の滑走路には、流線型の美しさと力強さを兼ね備えた白とゴールドの最新鋭定期便シャトル『ラビット・ライナー』が、ピカピカの機体を誇らしげに輝かせて佇んでいた。
静かに完成の瞬間を見届けた古賀は、新新形宇宙空港の管制塔で、隣に立つ篠原に向かって力強く胸を張った。
「篠原さん、見てくれ。地上から始まった俺たちの『ホワイトラビット』が、ついに宇宙の果てまで届いたぞ。新宇宙ステーションも、往復の定期便シャトルも、完璧に準備完了だ」
篠原は静かに頷き、眼鏡の奥の目を穏やかに細めた。
「見事です、古賀さん。これで、誰もが宇宙へ旅立ち、ホテルで寛ぐ時代の扉が開かれましたね」
こうして、人類の歴史上初となる「商業宇宙ホテル」と「定期宇宙シャトル網」が、ついに完璧な形で誕生したのである。




