第19-9話:信じること
————燃え盛る悪魔。そうとさえ喩えられてしまうような風格。
「私をよくここまで苔にしてくれたな、神の怨敵どもめ。加えてそこの男……ルイと言ったか。萩を明渡し、信仰に立ち返り、私を通すならば見逃そう」
「……ッ。ごめんけど、僕はそこまで信心深い方じゃないんだ……! ここでそんなもの捨てたっていい!」
「はっ……世俗だなんだと。くだらん」
ルイとエドワードの応酬、けれどエドワードは歩みを止めない。
薪のように燃え盛る、血塗られた黒い王太子————武器の顕現を止めて、無鋒剣で立て直すべきか。
ルイの死という言葉を前にして、須藤の努力を無に帰すような案が現実となってきていたそのとき。
木霊する爆裂音、舞う土煙、飛翔し空を割く銀。私は確かに目にした。
フランス一の騎士が、剣から放たれる空気砲をエドワードへと浴びせ、時間を稼いだその姿を。
ゲクランが剣から放ったその一撃は、エドワードを数歩分吹き飛ばし確かに時間を稼いだ。
転がりながらルイに受け止められるゲクラン。
けれど自分で立つことも出来ず、荒い息を上げているだけで。
全く……なんでそんなにまでなって。
厚い信頼がぐっと肩に伸し掛かるのが、こんなにも心地の良いことだなんて。
「ゲクラン……! 偽王の犬め! 最後まで! 最後まで私の邪魔をしおって!」
「やめにしよう、エドワードよ。もう吾らの時代では無いのだ」
「黙れ……! 黙れ……! やり直しこそ、やり直しこそ神からの————」
よろめきながらも、その場から立ち上がるエドワード、彼がこちらへ目を向けたそのとき。
無鋒剣の変形が終わり、全てを終わらせる武器が姿を現す。
全長にして七メートルはあろうか、銀色に光り輝く巨大な一本の筒。
ルイが溢した言葉から、その武器の名を知る。巨砲・ウルバン。それが、その武器の名。
けれど、私にとってはそんなことはどうだっていい。
ただこの惨劇を、危機を終わらせ、私を日常へ引き戻してくれるのなら。
「行けッ…………無鋒剣!」
瞬間、その筒の先端から巨大な岩が放たれる。
目で追えるような速度、けれどその重たい身体に加え水に脚をとられたエドワードには避けきる事ができなくて。
彼の自慢の外殻が、巨石を前にして薄氷のように割れ散ってゆく。
「この……! 邪教徒ど————」
エドワードはその言葉を最後に、巨岩を辛うじて受け止めながらその川の中を勢いよく転がる。
砕け、川に流されてゆく血塊。
異能によって凝固していたのか、淡い光の粒子を解き放ちながら再び血となって水に溶けていく。
私たちをあれだけ苦しめた、エドワードの、黒太子の、血濡れられた黒い装甲が。
————朝だ。
確かに。私たち、どんだけ戦ってたんだろう。
ルイのその言葉一つが、一晩に渡って繰り広げられた異能の惨劇がどれだけ凄惨だったかを物語っていた。
ウルバンも役割を終えて、再び光の粒子となって消えてゆく。
……殺してしまっていないか。
そんな不安を感じ、水面へ仰向けになりながら寝転がるエドワードのもとへ行くと。
最後の最後までその鉄壁は健在だったのか、肌着姿で意識も朦朧といった様子で誰かへの恨み節を吐いていた。
「あの男が……いなければ……私は、病にも掛からずに……!」
「…………」
「父よ……! なぜ死なんだ……! 早く、私に、その椅子を……!」
「…………」
最後の最後まで、彼とは分かり合えそうにない。
彼にはそう思える理由があったのかもしれない。
けど少なくとも私は、自分の欲望を叶えるためならお父さんが死んでも良いとは思えない。
そして、その我欲のためにいったいどれだけの恐怖を振り撒いたのか。
あれだけの一撃を受けたのに、みるみると塞がっていく全身の傷や骨折が治っていく。
ほぼ意識も途切れかけにも関わらず、溢れた血を用いて腕先からまた外殻を形成していっている。
「……終わらせよう」
この人みたいな騎士から見れば、風上にも置けない行為かもしれない。自分でも卑怯だと思う。
けれど、私が守りたいものを守れないのなら騎士になんてなりたくない。
善くあれるのなら、騎士じゃなくていい。
無鋒剣を手に、その胸部へ刃を深く通すと。
その身が傷つくことなく、けれどエドワードが胸を抑え、もがきながら泡を吹き……その場で白目を剥きながら、倒れた。
彼の口からはしばらく吹き続ける泡、息の根までは止まっていないことに胸を撫で下ろす。
こんな人でも、殺したくはない。未来は奪いたくない。
こんなことをしたんだ、死刑になるかもしれない。でも、もしかしたらどこかで機会があるんじゃないか。
それこそこの「ゲーム」みたいに、無いと思っていた機会が振ってくるみたいな。
だから無鋒剣を解き、身軽になった彼を背負って、私は後ろで待つ三人へこう言った。
「…………帰ろう、みんな」




