第19-6話:信じること
まだ、意識があったのか。
それとも今になって意識が回復したのか、私へそう語りかけるゲクラン。
防具も異能由来のものだったのか、「息苦しいな……」と言いながら兜を光の粒子に変え脱ぎ捨て、彼の素顔が再び顕になった。
「違うんです……! もう使いたいとか、使いたくないとかじゃなくて! 生きて帰るには、勝つにはそうするしか…………!」
「ハハ……勝つ必要ならないぞ、めぐみ殿」
すると何を思ったのか、右手に剣を取り出すゲクラン。
こんな傷なのに、いったい何を。それを土手の斜面に突き刺して起き上がろうとする。
「吾輩が……時間を稼ぐ。その間に三人で山中へ逃げろ。さすればやつも、そこまでは追って来ん」
「に……逃げるって……!」
「案ずるな……それで虐殺が進んでも貴殿らの責任ではない」
それもあるけど、そうじゃない。それだとゲクランさんが……!
その言葉を形にするまでもなく、失血のし過ぎからか、再び草むらの中へ倒れるゲクラン。
彼が立ち上がれなかったことに、不意に安堵を孕んだ息が漏れ出た。
「クソ……これじゃあまるで、格好がつかんなあ……」
ほんとに、ほんとに何言ってんだ、この人は。あんたは最高にかっこいいよ。
最初にルイが言ってた「最高にかっこいい人」って文言そのままで。誰よりも騎士らしくて、誇らしくて。
ちょっと奇天烈なところはあるけど、きちんと頼れる大人だって、今になってやっと思えて。
今になってそう思えたのも、須藤の異能者嫌いを嫌悪しながら、私の方もこの人に偏見を抱いてたからで。
なんで私は……この人を信じることが出来なかったんだろう。
なんで私は、人を信じるのに壮大な物語だって思ってたんだろう。
ただアイスを買ってくれた同級生だとか。
ただ親しそうにおしゃべりしてくれた歳上の先生だとか。
ただ信頼している人が信頼してたおじさんだとか。
そんな小さな、些細な理由でよくって。
大粒の涙を流しながら、私は自分を……根っこでは須藤と何ら変わらなかった自分を悔いた。
「ありがとう……ゲクランさんっ!!」
「ははっ。吾輩が立てるまでの辛抱だ、その後は吾輩が奴を引き受け————」
「けど私…………行かなきゃ」
止まったゲクランの血。もう、私がここにいる必要はない。
ゲクランさんの手を一度固く握ったあと、その場から立ち上がった。
前までの私なら……ここで膝を折って立ち上がれなかったかもしれない。
でも今は違う。
立って、立ち上がって、守りたいと思えるものがたくさんあって。
そのために私は、立ち向かわないといけない。私は、立ち向かいたい……!
なんとかなる気はしていないし、状況は何も変わってない。
けれどやけに晴れた胸元から溢れる力、息の一つ一つが深くなる感覚。
これは少し前……ジャンとの戦いの合間、ルイと香蓮に償いの深淵から立ち上がらせてもらった時にも感じたものに似ていた。
この人も含めて、守りたい。立ち向かいたい。信じたい。
心の底から、そう思えたがゆえの錯覚なのかな。
だとしても、そんなのは関係無い。
彼らのもとへ駆けつけようと、無鋒剣を光の粒子から取り出そうとした時。
「————えっ」
無鋒剣の様子が、いつもとまるで違っている。
虚空から現れた、いつもよりも眩い光を放つ異能の粒子が、ゆっくりと柄、鍔、刀身を形作る。
そして最後に形作られた刀身の先端が、バターナイフのように丸く磨かれていた。
先端には刃が付いていなくて————鋒の無い剣。まさに無鋒剣と言うにふさわしい外見。
リヴァには屈していない。なのに、私の異能に何かが起こった。
けれど……だからってこれからやることは変わりない。
困ったような顔をしながら、溜息をするゲクラン。私はそんな彼を置いて、須藤たちのもとへ脚を進めた。




