第19-4話:信じること
さっきまではあんなに鋭かった剣裁きが乱れ、軟化した直後なのに浅い傷しか作れていない。
どうして、何があったの。
あんなにも長い間、最初にエドワードと戦ったときから前に立ち続けていたのに。
——いや、違う。ずっと前に立ち続けてきたからこそなのか。
「須藤殿ッ! 下がれッ!」
ゲクランもその異変に気が付き、エドワードへ下段から斬りかかろうとする須藤を制止するも、須藤は刀を振るう手を止めない。
そして…………僅かに打点の早かった黒太子の一撃を、その胴へと直接食らった。
水で軟化した直後、肉をえぐり取られるほどの威力はない。
それでもその重たい一撃を胴へと食らった須藤は、ルイの居る側の土手へと打ち上げられた。
「須藤っ!!」
「クソッ! ルイ、須藤殿を頼む!」
彼の安否を確認したい、振り向きたい。
けれど……失血か疲れか、よろめきつつも立っている目の前の化物がそうはさせてくれない。
黒鷲の視界越しに須藤へ駆け寄るルイだけを頼りに、辛うじてその剣をエドワードへと向けた。
そうしている間にも再び硬化していくエドワードの外殻。
一歩ほど距離を空けながら横並びにたつ私とゲクランへ、容赦のない斬撃を浴びせるエドワード。
須藤がいったいどれだけ前線を担ってくれていたのか、疲弊しているのは向こうも同じなのにさっきよりも重く、そして手数も多い。
攻撃を考えなくていい、守る分には追いつくのが不幸中の幸いではあるけど…………どこか遠くから聞こえてくる悲鳴が「それは幸運でない」っていう事実を押し付けてくる。
黒鷲がルイに介抱されながら身体を起こしている須藤を視界に写すも、いったいどれだけ時間がかかるのか————
そうやってエドワードの攻撃をいなしながらも、自分の息が上がり始めたときだった。
いきなり攻撃をやめたエドワードが、兜の下の瞳をギロリと土手の方へ向ける。
そこにあったのは、剣を杖にしながらも回復しきってなんとか立ち上がろうとしている須藤の姿。
——また厄介なのが前に出てくる前に潰してしまおう。
その眼光と踏み込みから、そんな意図を感じ取った。
瞬間、異能を行使する熱が脚に籠る。
僅かに骨の軋む感覚をも感じながら、ルイたちへ踏み込むエドワードの前へ出て——命からがらに、その突進を無鋒剣で受け止めた。
させない。いかせない。
後先考えない一撃でエドワードの身体を一瞬退かせる。
けれど……それが自分を孤立に追い込む行動だったことを、その時になってやっと自覚して————「しまった」。
出てきたのは、命の危機を前にしているとは思えないほど不自然なほど淡白な感想。
……いや、もしかしたら私が今の状況を測りかねているだけなのかもしれない。
私の一撃から立ち直り、今度はその眼光を私へ向けるエドワード。
彼が腕を動かす度に、両腕から細かい血塊が塵のように落ちてゆく。
「……女よ。私の前に一人で立つとは良い度胸だな」
それとともに、ざぶん、ざぶんと水面を蹴るようにしながら私へ近付いて来るエドワード。
攻撃はどっちから来るの? 右が来たら次は左? それとも同時?
もっと言えば、一回を受け止められても逆から来るもう一撃を受け止められるの?
一瞬で動きを予測してみるも、待っているのは私が死ぬか、私が下がった挙句にルイたちのもとへこの怪物が辿り着くか。
もしかしたらこの街に来た時点で、エドワードがこの計画を立てた時点で詰んでいたんじゃないか。
そんな後悔には目もくれず、エドワードが間合いの一歩手前まで近寄ってきて——。
その瞬間、エドワードの後ろで空気を裂くような音とともに水しぶきが立ち上がる。
ビルほどの高さまで上がった水の柱は、銀色に曇ったその甲冑をエドワードへ向けて打ち上げた。
「なっ、黒狼ッ!?」
「男との抱擁は苦手かな、黒太子よ……!」
その身体ごとぶつかってエドワードを引き剥がすゲクラン。
けれどエドワードへぶつかっただけで、周囲には血のしぶきが舞っている。
「ゲクランさんっ!?」
川の中へ倒れるエドワードの胸の上に馬乗りになり、その首元へ通ることのない剣を突き刺すゲクラン。
さっきぶつかった衝撃からか、左腕はだらんと垂れ下がっていて右腕のみが必死に剣を振るっている。
違う、だめだ、そんなことをしたら。
その距離、その位置関係、エドワードの状態。
頭に浮かぶのは、最悪の可能性。また考えよりも先に脚が動くも————遅かった。
鉄板の歪むような音とともに、ゲクランの身体が宙を舞う。
エドワードの身体が水に浸かりきっていなくてあの抉るような一撃を放ったからか、空を舞っているゲクランの周りには血が散っていて。
その身体は、須藤たちが横たわっていたのとは反対側へと打ち付けられた。




