第19-2話:信じること
上空を飛ばしていた黒鷲が、夜闇の道中を進む栗色の点を視界に入れる。
その後ろを追う巨体は赤黒い岩……あれは黒太子か。
相変わらず人間の輪郭をしていないのに舌打ちをしつつ即座にその旨を伝えると、ゲクランはパイプ椅子から立ち上がって窓のある壁へと背をつけた。
事前に作戦の内容だけは聞かされている、あとはそれが成功するかどうか。
幸いルイは黒太子と一定の距離を保ちながら走ることが出来ている。
それだけを頼りにしながら高鳴る胸と、今すぐにでも飛び出したい脚を必死に抑えた。
追跡する黒太子をゲクランの霊兵たちが止めようとするも、私にすら相手にならない霊兵が相手になるわけもなく、一撃で光の塵になって消える。
そして小さな農道橋へルイが脚を掛けた瞬間、橋が大きく揺らぎ彼の姿勢が大きく揺らいだ。
なんであんなに建付けが悪いのか、そんなことに文句を言う暇もなく黒太子が追ってきて——そして、ルイが橋を辛うじてわたりきった頃。
ルイのすぐ後ろを、鉄と鉄が擦り合わさる轟音とともに火花が散り、橋がその場へと崩落した。
直前、橋の下できらりと光る日本刀が垣間見える。
川の中へ落ち、転がる黒太子の身体。
ルイも脚を止めて、作戦の成功に口角を上げている。
「よし、いくぞめぐみ殿ッ!」
その合図に呼応するように、窓枠から大きく身を乗り出す。
周辺の田畑で行われていた蛙の大合唱もその轟音で却って静まり返り、周囲には異様な静けさが広がっている。
剣から放たれる空気の噴射で納屋を吹き飛ばしながらエドワードのもとへ急行するゲクラン、私も無鋒剣を手にしながら窓から飛び降りてその後へ続いた。
川辺の土手、草地に踏み込むとその先では既にゲクランが戦いを始めていた。
橋下で待機していた須藤もそれに続いてエドワードへ刃を立てようとしている。
けれどエドワードの外殻は健在刃が通るわけがなかった。
そう、さっきまでは。
エドワードの腕へ通された須藤の刃が一瞬の減速のあとぐっと通り、そこから血が吹き出す。
あいつの全身の外殻は水に濡れていて、街頭や月の灯りを鈍く反射させている。
ゲクランの言ったとおり、エドワードの外殻……もとい、超硬質化された血塊は水に弱いんだ……!
それに加えて須藤が首を掻っ切ったときあれだけ出血させたにも関わらず立っているのから見るに、あいつは異能で普通の治癒だけじゃなくて血すら作れる。
だから血を作る暇を与えず、細かい傷を与えて失血させていけばあるいは。
「小癪なッ!」
「下がれ、須藤殿ッ!」
「黙れ、言われずともやる」
土手を下り、靴のまま足をくるぶしまで浸らせてエドワードのもとへ駆けつけ、あいつの大振りの攻撃で散った須藤やゲクランの隙を突き、一撃を入れる。
脇腹から吹き出す血、けれど浅い、それに刺す感覚が重たい……!
私では力不足なのかと大きく下がるも、続く須藤の攻撃もさっきよりも浅い。
なんで、なんで攻撃が通らな————
そう思って目を凝らすと、まるで臓物のように蠢くエドワードの外殻を目にする。
視線を僅かに下げると、エドワードの腕の先から、朱色に染まった薄い水が流れていた。
濡れて光っていた兜の表面が乾き、再びくすんだ硬い質感へ戻ってくエドワードの兜——。
「まさか水を絞ってる!?」
瞬間、顔を歪ませる須藤。
既にエドワードへ飛びかかっていたゲクランは彼の頭へ一撃を浴びせると、さっきも聞いた「ガキン」というくぐもった金属のような音を上げた。
水へ浸からせれば確実にダメージは通る、けれどその効果は一時的で。
そればかりか、半端に出血させたせいで全身の浅い傷から溢れた血が下半身へと移動し——ついにはエドワードの全身が、あの硬質な外殻で覆われた。
「はあ…………私をそんな小手先の術で制せると思っていたのか、黒狼よ」
「ば、化け物…………!」
通らない攻撃、あまりに悪い相性。
剣戟では須藤に敵わないはずなのに、その重戦士の方がよほど恐ろしく見えてしまって。
数で有利なうえにゲクランや須藤みたいな強者がいるのに、そのうえでも勝てるビジョンが全く見えなくて。
指先の震える感覚とともに、そんな弱音みたいなことを吐いてしまった。
そのうえで悪いことってのは重なるもので、街の南側……さっきルイがエドワードを連れてきた方から、女性の高い声がこだまする。




