第18-3話:現代の騎行
「ガアアアッッッ!!」
香蓮たちのもとへ駆ける最中、ファミレスを取り囲もうとしている十体ほどの霊兵と会敵した。
敵の構成がなんだろうと関係ない、今はただ最短距離で突っ込む。
矢を弾き、駆け、ただ斬る。
そしてこの最中に一つ学んだことがあった。
霊兵を斬ってもすぐには消えず、一拍か二拍ほどの時間を置いてからだんだんと形を失っていく。
だから殴る、肘で打つ、蹴り壊す。
いずれかすると、まるでまとまった蚊柱を自転車で通り抜けたときのように、霊兵が一瞬にして光の粒子となって消えてゆく。
これを見つけてから、霊兵の集団を処理する速度は格段に上がった。
裏を返せば、その一拍を惜しむほどに切迫した状況。
この一拍で救える命がなくっても、それを幾重にも重ねれば一つ、二つと増えていくかもしれない。
命が無いとはいえ人形の存在を「処理」することへの抵抗を確かに覚えながら、その一団を壊し終えたところで。
あのファミレスの方から、拳銃らしき発砲音が鳴り響いたのを耳にした。
「…………香蓮っ!」
最後の霊兵が光の粒子になって消えてゆくのを見届けることもなく、再びファミレスの方へと駆けてゆくと。
割れた入口の前に数体の霊兵が屯していて、霊兵が消えたらしき光の粒子が周囲に舞っていた。
いったいあそこで何が起こって。
考える暇があったら脚を動かせという脅迫紛いの思考が、ファミレスの駐車場ですっぽ抜けるように脱げた片方の靴をも置き去りにして、私の脚を動かした。
目の前を顧みること無く斬る、蹴り壊す、斬る、肘で打つ。
そうやって霊兵を処理しきり、足裏が砕けた硝子で片足がズタズタになっていることに気がついたあと。
割れたファミレスの入口の向こうに、彼女がいた。
彼女は動きやすいシャツにスカートの格好をしていて、私のことを震えた目で見つめていた。
けれどただ守られているだけの、脚が悪くてか弱い少女じゃなかった。
へたり込みながらも、拳銃を手にした警官の右腕を掴むようにしながら、さっきまで霊兵が居た場所へ銃口を向けていて。
警官の方も額に汗を垂らしていて、脚と右腕には血が滲んでいた。
「めぐ……ちゃん?」
「香蓮ッ……!」
その素顔を目にして、この惨劇続きの中で初めて小さな安堵が芽生えた。
香蓮以外にも、今この場で傷ついたらしき人は見当たらない。
良かった、本当に良かった……!
「でも……なんでこんなところに」
「ハア……避難所が包囲、されて……三手に分かれて脱出したんです」
枯らしたような声を響かせながら、息も絶え絶えに答える警官。
だからこんなところに居たのかと納得するのと一緒に、あとこうやって分かれた一団が二つもあるってことで。
なら助けに行かなきゃいけないと思うのと同時に、こんなことをいつまでもやっていては埒が明かないことも確かで。
そんなことをしているうちにもファミレスを取り囲もうとしていた最後の霊兵の一団と、どこからか現れた同じぐらいの規模の霊兵たちによって緩く囲まれる。
……この数を処理することは造作もない、問題はそれにかかる時間で。
ひとまず目の前の敵を蹴散らすために、無鋒剣の柄を強く握り込んだそのとき——遠く向こうから、何かが強く羽ばたく音が聞こえてくる。
鳥や虫の羽音じゃなく、金属が空気を裂くような轟音。
その音源が、眩い光であたりを照らしながらこちらへと羽ばたいてくる。
その尖兵は拳銃とは比にならないほどの轟音とともに霊兵を光の粒子へ変え、その上空へとどまるとともに一本のロープを垂らしてきた。
「玉江橋東側、民間人の確保——」
「ともに大和めぐみと合流、オーバー——」
「速やかに近隣の病院へ民間人をまとめ、そこを臨時の陣地に——」
須藤の言っていた、軍の救援が今この瞬間に到着した。
しかも驚いたのはそれだけじゃなく、暗視装置を着けてヘリから降りてきた一人の兵士に目を縫い留められる。
「黒い鳥が飛んでたからまさかとは思ったけど——怪我はない?」
そう言う声には、薄い唇には覚えがあって。
その兵士がゴーグルを外した下にあった素顔を見て、期待が確信へと変わった。
「ま、町田さんっ!?」
なんで、こんなところに。
溢れんばかりの安堵と困惑、そして押し殺していた不安が溢れて、目尻がどっと熱くなる。
けれどそんな私を差し置いて、町田さんは私の足元へ目を向けながらそんなことを聞いてきた。
「めぐみちゃん、靴はどうしたの」
「靴……って、さっき向こうで脱げてしまって」
「そう……渡辺二等兵、取ってきてあげて」
わざわざ取りに行って貰わなくてもいいのに。
淡白に「はい」と返事をする二等兵の背を追おうとすると、それを町田さんが止めてきた。
「いいの。貴方が必死だったことは分かったし、時間は限られてるしあなたには聞かなきゃいけないことがあるから。今の状況は?」
「敵はエドワード黒太子、私やルイ、須藤、あと護衛で派遣されたゲクランって異能者だと手に余る相手だったので、今は散らばって被害軽減のために動いています。私は源泉を探しながら、人を襲ってる霊兵を倒して回っていました」
「黒太子……ね」
「有名なんですか?」
「ええ、有名よ。重装備の乏しい旅団だと対処しきれない異能者、ってことでね」
……対処しきれない、か。
相変わらず黒太子への勝ち筋が見えないままか。
けれどこれで届く命に届かない命、全てを私一人で見なきゃいけないなんて時間は終わった。
町田さんへ「黒鷲を使って柔軟に偵察ができること」そして「霊兵が橋本川の西のどこかから湧いていること」ことを、靴を履き直しながら言うと。
後ろで対応をしていた大柄の男——兵藤曹長らしき兵士とそれを話したあと、私へ一つ助言を挟んできた。
「橋本側を西へ超えた向こう、玉江川って小川があるんだけど、その奥まった土地から最初通報が殺到していたそうよ。もしかしたらそこにあるかもしれないわ」
「…………!」
萩の市街からは外れた山間の土地。
言ってはなんだけど、完全に盲点だった。
「私たちの方も避難状況が安定したら増援とともに事態解決へ動くわ。行ってちょうだい!」
「ありがとうございますっ! 助かります!」
無鋒剣を手にしたまま、町田さんへ一瞥をしてその場を去ろうとすると。
聞き慣れた高い声が一つ、私のことを呼び止める。
「待って、めぐちゃん! これッ!」
香蓮はそう言うと、ボトルに入った一本の水を差し出してきた。
避難所かなにかに備蓄されていたらしき、封の開けられていない水のボトル。
さっきまで極限状態続き、唇だけじゃなくて口腔まで乾いていることに言われて初めて気がついた。
「めぐちゃん! 頑張って!」
この状況で差し込まれる、香蓮の小さな気遣い。
ほんっと、こういうとこだよね。
ボトルの封を開け、その中身を浴びるように飲む。
一気に身体の渇きが潤うのを感じながら、空になったボトルを香蓮へと投げかえし、私はこう言った。
「ありがとう、行ってくるよ!」




