第18-2話:現代の騎行
「……くっ!」
父親らしき人が、しゃがんだ状態から私へ突きを出してくる。
ただそれを、刃の側面を指で掴むようにして受け止めた。
弱い。霊兵と同じか、それ以下なぐらいに。
目の前にあったのは錯乱した目と、上がった息。
男の左手には指輪がついていて、目を向けなくても斃れている女性にも同じ物が付いていることは容易に想像できて。
あの時の私がどういう状態だったか覚えてないけど、六年前に香蓮を抱えながら警察へ無鋒剣を向けたときと、この男の状況が同じだってことは理解できた。
「私が助けたのに」とか「なぜ私を敵だと思うの」とか、そんな独りよがりな考えは湧いた瞬間に消えてゆく。
ただただ同情と無力感、そしてエドワードへの怒りだけが胸元に滞り続けた。
「……落ち着いてください。娘さんは生きています。私に感けてたら本当に間に合わなくなる」
これが、刃物を向けられている人間が言うことなのか。
自分でも驚くぐらい冷静に、男の子の抱えている、うめき声を上げた少女を顎で指しながらそう言った。
瞬間、崩れたようにひざまずく男。
……私が走って病院まで連れていけば余裕で間に合うか。
けれど私がやるべきことはこの霊兵の出現を止めることで————。
その迷いを突き崩すように、黒鷲がまたもやあの青白い霊兵の情報を送ってくる。
今度は更に西側、横にある家の屋根を二つか三つ乗り越えた先の庭。
「…………クソっ!」
私はただ「ごめんなさい」とだけ言い残して、その家族のもとをあとにした。
******
私は、奪われることが嫌いだった。
異能とリヴァに、今までの六年の学校生活と平穏を奪われた私。
異能者に足を蹴り壊されて、スポーツや不自由のない生活を奪われた香蓮。
私を守るために異能者に殺されて、私の卒業や入学、成長を見る機会を奪われたお父さん。
私が知らないだけで、ルイや須藤も今までにいろんなものを奪われていて。
それはニュースの向こうで数字として発表されてしまう人たちにも同じことが言えて。
その人にはその人の生活があって、未来があって。
なのに、奪われた。
ただ目の前にいる霊兵を斬り壊しながら、ただひたすらにそんな事を考えていた。
斬る、壊す、黒鷲を特攻させる、一般人がいたら逃げろと命令する。
そして、また黒鷲を上空へと戻して次の霊兵を探す。
その繰り返し。
今、この萩では数え切れない、数えることもおこがましい人たちの未来が奪われている。
私自信がどれだけ救ったのかも、そして途中からどれだけ救えなかったのかもを数えるのをやめてしまった。
くだらない義憤だと思うかもしれない。承認されたい偽善だと思うかもしれない。
けれど、私は今。
「エドワード……ッ! エドワードォッ!」
今までの人生で考えられないぐらい義憤に駆られていることへ、自分でも驚かざるをえなかった。
でも今まで、無闇矢鱈に斬り壊し続けてたわけじゃない。
ルイが言ってくれたように黒鷲を活用して、霊兵が萩の中心よりも西寄りのどこかから湧いてきていることは特定した。
けれど広すぎる、到底一人で探しきれる領域じゃない。
どこにあるの?
森の中、廃墟、それとも空き家や下水道の中?
あの四人の中だと私が一番捜す適正があるのは分かる、でもそれだと足りない。
もしかしたら、リヴァの言う「三つ目の力」があれば少しでもこの状況ら楽になるんじゃないか——。
そんな考えが次々と頭に浮かんでいた時。
「…………っ!」
黒鷲がまた霊兵の情報を視界から送ってくる。
この向こうにあるファミレスか何かに逃げ込もうとしている避難民を三十体ぐらいの霊兵が取り囲もうとしていた。
「くそっ!」
本当に何体湧いてくるの!?
もう壊した数は百や二百じゃ効かない、急がないとまた犠牲者が——。
そう焦りを募らせたとき。
避難民の中に、特徴的な歩き方をしている女の子が見えた。
その人は自分も歩くのが特異じゃないのに警官の肩を担いでいて。
その人はカールしたブロンドの髪を持っていて。
その人はさっき居た避難所の人を何十人か引き連れていて。
「————ッ!」
瞬間、初めて感じる感覚に襲われた。
文字に起こすなら脳みその血管が切れた、って感覚。
でもこれはそんなもんじゃない。
脳の血管が切れたその更に上、脳が怒りでかき回される感覚があるなんてことを。
脚が持つ異能を講師するときの熱っぽい感覚とともに、初めて知ることになった。




