第17-6話:円卓の盾
身体との接続部からはどろっとした血の液ようなが垂れ、エドワードの頬にそれがべっとりと付着する。
その下から現れたのは、赤毛に近い金髪に短い口ひげを生やした美男子のそれ。
年齢こそ中年に片足突っ込んでいるぐらいだったけれど、映画なんかに主役や準主役で登場していてもおかしくないような顔立ちをしていた。
「どうだ、惚れたか? こっちに来てからというものの、街を歩くだけで有象無象どもの黄色い声が止まなくてなあ——」
惚れた惚れない以前にべらべら何言ってんの、こいつ。
困惑が更に加速してゆく最中、でもこいつがその容姿に圧倒的な自信と自尊心を持ち合わせていることは分かって。
粗方自慢を語り終えると、エドワードはその目線を私の後ろへと流した。
「さて————そろそろお前もその面の皮を剥いで正体を見せたらどうだ、ゲクランよ」
「…………え?」
敵前、あと数歩で間合い。
そんな距離で後ろを振り向くことが愚策だってことはもはや身体に染み付いているはずなのに、首が自然と後ろへ向く。
そこにはエドワードの呼びかけで鎧をガシャンと震わせたゲクランと、顔を青くしたルイの姿があった。
「正……体?」
「ああ正体さ。私とゲクランは前世から面識があってなあ、貴様はこの街を焼かれるのを心底嫌っているようだが、あ奴も戦の最中で奴も幾多の村を焼いてきたのだぞ? 違うか、ゲクランよ」
いや……でも、ゲクランはルイが仮にでも慕っている人で。
この争乱もゲクランじゃなくてエドワードが引き起こしたもので。
それに対してゲクランは、ただの一言も否定しなかった。
「……ゲ、ゲクランさん!?」
そして右手に持っていた剣を地面へと落とし、その兜へと手を掛ける。
ルイが左腕を掴んでそれを止めようとするも、ゲクランは右手だけでそのバケツのような兜を抜き取って——その素顔が、初めて私の前に晒された。
「……えっ」
その姿に、思わず目を見開く。
とは言っても、童話の世界みたいに馬や蛙の頭をしていたわけでも、そのどれでもない異形の頭をしていたわけでもない。
ただ唇が分厚くて。
ただ瞳が異様に大きくて。
ただ鼻が上を向いていて。
ただ頬骨が大きく出ていて。
ただ顎から右の頬に掛けて無数の窪みが出来ていただけだった。
それでも目を離すことができなくて。
同時に私の中で良心と何かが戦って、それに巻き込まれるようにして、エドワードによって半壊させられた騎士のイメージが音を立てて崩れて。
そんな風に一つひとつ数えてしまった自分が嫌で。
けれどそれ以上に、私が相当に酷い顔をしていたのか。
私と目の合ったルイが、苦虫を噛みしめるような顔をしながら手に固い握りこぶしを作っていたのが。
胸の中の奥の、奥の方で。深く、刺さった。
「……地獄に落ちるに等しい前世の罪に、戰場における卑怯な手口の数々、そしてこの醜面。吾輩がフランス一の騎士であろうとも、善良で騎士道に則っていたと豪語するつもりは微塵もない」
兜を再び被りながら、エドワードの口にしていた罪を淀むことなく肯定するゲクラン。
その声色も、私たちのことを助けに来た時から何ら変わっていない。
「だが吾輩はこちらに来て教えを異なる者達と暮らし、その者たちも人間であることが分かった。もちろん神の教えを信じぬ者ゆえ、最後の救済に預かれぬことは残念に思うが……それと人命をぞんざいに扱うことに、何の因果もない」
その途中から声色を兜の下で響かせるような声に変えながらも、ただ平たくそう言うゲクラン。
私も前に向き直りって無鋒剣の柄を握り、再びその岩のような兜を被り直したエドワードのことを睨みつける。
今はただそうすることだけしか。
ゲクランの言った、エドワードの誤りをそうやって肯定することでしか、罪悪感に押し潰されそうな自分を支えることが出来なかった。
「愚か者め、これでも屈しんか。ならば交渉は破談だ——」
エドワードが響かせる声を低くした瞬間、住宅地の向こうの川辺あたりから、誰かの高い悲鳴が響き渡る。
始まった————ルイが声を震わせながらそう言ったのを耳にして、私もその悲鳴の正体が点と点が線で繋がった。
虐殺が、始まってしまった。間に合わなかった。
「——ッ! 伏せろ、めぐみ殿!」
ゲクランが私の耳に聞こえるほど大きな音で歯ぎしりをしたあとそう言ってくる。
その通りにめいいっぱいに伏せるとさっきまで私がいたところを通って、鉄砲風とでも言うべき爆風がエドワードへと浴びせられた。
またもやエドワードは吹き飛び、その身体をさっき須藤が蹴り飛ばした家屋へ埋める。
「三人とも良く聞け、破滅の戦略が始まってしまった。ここで奴と消耗戦をしても埒が明かん、被害を抑えながらエドワードを無力化する!」
「で、でもどうエドワードを倒すんですかっ!?」
ルイの必死の問いへゲクランは「それは今から考える」と、何の安心材料にもならない返事をした。
被害を抑える……抑えるにしても霊兵を倒して回るのか、それとも避難を優先するのか。
「私は、何をすればいい?」
ただ闇雲に動くんじゃなくて、何か被害を抑える有効な策が無いのか。
ゲクランとルイへそう聞くと、ルイが私の目を見て複雑な表情をしつつもその口を開いた。
「霊兵を召喚する『源泉』って呼ばれる魔法陣みたいなものがこの萩のどこかに一つだけあるはずなんだ。大和はそれを探し、破壊してくれ」
「萩のどこかって……どんだけ広いと思ってるの!?」
「僕もそれは分かってる、けど大和の黒鷲で大空から捜すのが一番早いんだ。今回はお願いじゃない。やってくれ、頼む」
私一人で、そんな大きな役を。
不安が無いわけじゃないし、罪悪感が僅かに背を押したのも分かる。
けれどさっきみたいな悲鳴をまた生まないためにも、私は首を縦に振った。
「エドワードは鈍重がゆえ、散っても容易に逃げられるはずだ。ここからは四人で散り、被害抑制に動こう。吾輩も源泉を設置し霊兵を召喚する」
ゲクランが霊兵……さっきのゲクランが村を焼いたってエドワードの言葉が頭の中にこだまする。
喉まで出かかったその靄は、ルイの「そろそろ動かないと、エドワードが」という言葉に押し流される。
「よし、では散ってくれ。連絡はきちんと見てくれ、健闘を祈る!」
その言葉に、須藤が真っ先に屋根上を伝うようにして私たちのもとから去ってゆく。
私もゲクランやルイたちに後ろ髪を引かれるような思いをしながら、その狭い道をあとにした。




