第17-3話:円卓の盾
「——ッ!」
無鋒剣を顕現させて、その腕をやっとの思いで受け止める。
ジャンのような手数もない、ロムルスほど圧倒的でもない。
なのに、重い。受け止めきれない——。
「ガアアアッッッ!」
このままだと、胸を肺ごと抉られて死ぬ。
一か八かで右脚で大きく蹴り飛ばすと、エドワードは大きく後ろへと飛んだ。
立ち上がったゲクランが、私とエドワードの前に大きく出る。
「ッッッッ…………!」
左腕に骨にまで届く激痛が走り、それに思わず蹲まる。
掠ったところの肉がミートハンマーで殴られたみたいに潰れて、後からきた斬撃が浅く腕に通っていた。
「大和ッ!」
切迫した声で私の名を呼ぶルイ、けれど今はそれどころじゃない。
縫い目を割くみたいにシャツの右腕の袖を引きちぎり、回復に集中しつつ左腕の肘あたりへと強く巻き付ける。
毛も骨も肉も差し出していい、だから異能で作れない血を失うわけには、血を失うわけには。
痛みと焦燥で、今まで失血で動けなくしてきた百人以上の異能者たちが頭の中に駆け巡る。
今までは私がそうして来た側だけど、この場においては逆で。
ああなってしまったら……私は誰も守れない。
「立てるか、大和」
「ええ……もう大丈夫」
腕の肉が機械のように蠢く感覚、そして滲むように溢れていた血が止まったあと、ルイに手を出して貰いながら立ち上がる。
左腕はまだ激しく痛み、血が止まったのに脳からはアドレナリンが虚しく溢れ続けている。
けれど、それよりも気になるのは今目の前でのこと。
間にゲクランが入ったのはあるけど、エドワードはその場に立ち尽くすばかりで一切追撃してこようとしない。
それは「霊兵」が出てくるまでの時間を稼ぐのが目的ってことで理解できる。
ならルイを狙ってる目的は?
ここに来るまで「ルイが危ない」ってこと以外頭から抜けてたのはあるけど、いったい——。
「……所領だな」
そんな疑問が声になって漏れていたのか、ゲクランがエドワードへ目を合わせ続けながら押し殺すように話し始める。
所領……威信の獲得方法の一つだったっけ。
「詳細は省くが、ここ萩はルイが吾らが主のシャルル殿から預かっている所領だ。ルイを殺すか、域外へ追い立ててから旗を刺し直すことでもヤツは威信を得ようとしている」
「ハッ。さすがだな、偽王の大元帥よ。偽王ばかりか異教徒の女まで守るとは、そんなことばかりしていては神に見捨てられるぞ?」
「そのようなことは聖書には書いてない。貴様の方こそ、聖書を読み違えるその目玉を洗ってきた方が良い」
エドワードは岩のように肥大化した右腕と左手を合わせ、音になっていない拍手をする。
その様子を見て「……余裕だな」と苦しそうな声で言うゲクラン。
「しかしエドワードよ、その様子だとお前の上には許可をとっていないのだろう。吾輩も貴様がそこまで無思慮な男だとは思わなんだ」
「その無思慮な男に負けているのは誰かな、犬っころめ」
仲が悪いの域を超えた、罵り合いの応酬。
けれど「上に許可を取ってない」ってことは、良くも悪くもエドワードだけを相手取ればいいわけで。
そのエドワードが手に余る相手だってことを除けば、ここに来て初めて耳にした喜ばしい報せだった。
現実、今目の前のエドワードと相まみえているからにはこれをどうにかしなければ。
このまま戦うの? けどそれはリスクが高すぎる。
じゃあルイを連れて逃げる? それじゃ破滅の戦略を止められない。
そうしている間にも私たちの間には静寂とは程遠い、けたたましいサイレンの音が鳴り響く。
頭の中には捨てた案が澱のように溜まっていく。
どうする、どうする——。
そんな考えがやっとのことで一巡したときだった。
どこか遠く、海の方から一定のリズムで瓦が割れるような音が鳴り響く。
その音は時間を減るにつれ大きくなっていき、どんどんとこちらへ近付いてきているのが手に取るように分かった。
そして私たちの頭上から欠けた月を背にするように現れた、その黒い影。
——直前に位置情報を共有できるようにしておいた事が功を奏したか。
灰色のナポレオンジャケットを羽織った須藤武蔵が、抜き身の刀を手にした状態で颯爽と現場へと現れた。
「ほう、銀狐のお出ましか」
「…………」
須藤を前にして構えを変えるエドワード。
瞬間須藤の足元に小さく砂煙が舞い。
彼の一歩踏み込んだ瞬間にエドワードの間合いへと踏み込み——。
そして、鉄床に打ち付けられたハンマーのような音が鳴り響いた。
「チッ」
そこへ差し込まれる須藤の舌打ち、彼でもあの外殻は手に余るらしくて。
実際エドワードのその外殻には傷一つすら付いていない、明らかな相性不利。
しかも双剣士だったのか、素の左手にも剣を出し須藤へと応じる。
だとしても須藤は押す、押す、押す。
外郭のない場所、皮膚や甲冑に次々と小さな裂傷を作っていく。
「ルイ、あれやるよ」
「ああ」
私が黒鷲を低空軌道へと呼び戻す傍ら、ルイは夜間で補充の効かない光球を一つ掌から取り出す。
そして前線で鍔迫り合いをしているエドワードの兜の目へと向けて、細い光を一筋差し込むと。
反射的に目を瞑ったのか、一瞬動きを止めるエドワード。
今だ、今しかない。
「差せ! 黒鷲!」
予てより命令していた黒鷲へ指示を送ると、急降下した黒鷲がその一瞬の隙に翼でエドワードの足元を掬う。
大きく姿勢を崩すエドワード。
その力関係で鍔迫り合いが成立するはずもなく、須藤はエドワードの脇腹へと刃を通した。
——しめた。このまま須藤がエドワードを削って失血させれば。
そう思ったのも束の間、ゲクランが今までにないぐらい声を張り上げて須藤へと言った。
「油断するな、須藤殿! そのまま殺せ!」




