第17-2話:円卓の盾
「——破滅の戦略だ」
ルイはエドワードがやろうとしていることをそう纏めてくれたのを聞き取りながら、ゲクランのもとへルイと共に駆けていた。
霊兵、威信、異能。そして人々の恐怖、情報の伝達。全てが上手い具合に噛み合わさって成立する戦略。
エドワードが霊兵を召喚し、市民を虐殺させる。
市民が虐殺を恐れ、スマホのカメラに収めてそれをネットへアップロードし、それを見た人が恐れる。
萩で、日本で生じた恐怖がエドワードの異能の根源……威信となる。そしてまた威信を用いて霊兵を召喚し、次の虐殺へ臨む。
その無限の繰り返しで、エドワードは次々と威信を手にしていくという、吐き気を催すような戦略。
けれど効果は絶大な一方、こんなことをすれば国や軍だけじゃなくて他の組織や異能者も黙ってはいない。
だからこそ逆にエドワードは可能な限り素早く、かつ見境無く市民を襲い始めるはず。
事態が複雑になっていくなか、大変分かりやすいことにエドワードを止めればこの一件は収束すると須藤が言っていた。
エドワードの標的である彼を連れて行くべきじゃないかもしれないけれど、今は猫の手でも借りたい状況。
須藤は民兵の組織や軍との調整のため遅れて辿り着くと言ったため、私たち二人だけでゲクランの元へ駆けていた。
その最中にも、私の頭の中では避難所に置いてきた香蓮の「大丈夫だよめぐちゃん、ここは警察の人が守ってくれるみたいだから」という言葉が頭に浮かぶ。
薄暗い避難所へ背を向けながらはにかんでいた香蓮。
でもその表情には、私を励まそうという健気さだけでは隠しきれないほどの不安や恐怖が見え隠れしていた。
本当なら、香蓮やルイを守るためだけに動きたい。
特に戦えない香蓮の身の安全を考えると、不安で心臓が押しつぶされそうになる。
でも――それと同じくらいに、私にはやらなくちゃならないことがある。
何があっても、異能で人生が狂わされる人がこれ以上出ちゃいけない。
事件を早期解決すれば霊兵が湧いて出ることもなく、香蓮の身に危険は及ばない。
そうやって無理やり納得した。
……納得して進むしかなかった。
「…………! ルイ、次の信号行った右に何かが!」
萩の市街地と山の合間にある家屋が崩れてる光景が、上空にいる黒鷲の視界から送られてきた。
一歩遅れて、その方向から家屋が破砕されるような轟音が響き渡る。
夜目が半端にしか効かず具体的に誰がいるかは分からない。
けれど、そんな量の粉塵を舞わせるほど激しい戦闘が起こるのは——。
疑念が確信に変わり、現場へ駆ける脚が持つ熱が大きくなってゆく。
「大和ッ!?」
「ごめんルイ、先行く!」
ルイなら後から言わなくても付いてきてくれるっていう確信とともに、彼のことを一気に追い抜く。
早く、早く、早くしないと。
また悪事に、異能に人生を壊される人が。
眠りにつく前まではあった諦念が焦燥に、億劫さが動悸へと変わってゆく。
足の指先に力を込めて靴紐が緩んでいるのを誤魔化しながら、ただひたに現場へと駆けた。
「ガハッ……!」
そしてさっき見た現場よりも少し奥まった街路の傍に立っていた石塀に、その向かいから勢いよく飛び出してきた一人の甲冑の男が強く打ち付けられていた。
エドワード……じゃない。
甲冑のところどころに撒かれた青色の生地に金色をした花の刺繍。
こっちは護衛として来ていたゲクランの方だった。
「来るな、めぐみ殿ッ!」
さっきので腰に傷を負ったのか、切っ先に穴の空いたおかしな形をした剣をその場に突きながらやっとの様子で立ち上がるゲクラン。
兜の下から響く吐息からも、その満身創痍さが見てとれる。
けれどそれ以上に目を引かれたのはその向かい。
ゲクランが立ち上がった、一車線の細い道路の向こうからもう一人の甲冑男……エドワードがのそっと姿を現しすも、その外見に思わず度肝を抜かれた。
象の足ほどに肥大化した右腕、その外側を覆う赤黒い外郭。
腕の先からはまるで万年筆のペン先のように申し訳程度の剣が突き出ていた。
エドワードが通り際に右腕で擦った石塀が、えぐり取られるみたいに崩れる。
「ッ……!」
あまりに異様な姿にスニーカーの底を擦った瞬間、甲冑の下にある瞳がこちらを睨みつける。
直接見えたわけじゃない、けれど僅かに鳴った甲冑の音が、何よりその突き刺すような気迫が私の本能のようなものを駆り立ててくるような気がして。
なのにその化け物は、エドワードは兜を傾けてその視線を僅かに横へずらす。
まるで端から私のことなんて眼中にないみたいに。
いったいどこを狙って——。
その謎は、私の後ろから追いかけてきたルイの足音を耳にした瞬間、最悪な形で明らかになった。
——貴殿らの仲間である本田ルイの身柄を引き渡せ。
エドワードがルイの別荘で相まみえた時に口にしていた、あの言葉を思い出した瞬間。
甲冑が一瞬大きく踏み込んだのを、私の耳が確かに捉えて。
そのときには、身体が横へと出ていた。




