第17-1話:円卓の盾
フランスの騎士にして元帥ベルトラン・デュ・ゲクランは、高貴にして野蛮であった。
萩の城下町からは随分離れた、トラックやタンク車の停まる小さな駐車場。
場を照らす街灯も古びており、明かりを灯していない時間の方が長いほどにひどく点滅していた。
そんな日本の郊外や田舎に腐るほどある情景にはどう解釈しても馴染まないであろう装いをした、二人の男が相対していた。
うち一人の名を、黒太子エドワード。
よく磨かれた板金鎧を身に着け、首元や関節以外に鎖帷子の使われていない、ほぼ全身が鈑金製。
兜は鳥の嘴のように鈍く尖っており、彼の生きた時代であれば最高級品として扱われるような代物。
もう片方の名を、黒狼ゲクラン。
全身を板金鎧で包むものの、エドワードの身に着ける甲冑と比べれば幾分か格も落ち、また薄汚れていた。
威信を流し込めば実用に足るものだったが、火を見るよりも明らかだった。
二人は奇遇なことに、互いに黒の名を冠す者同士。
さらに稀なことに、彼らは生前からの宿敵。
どこかの草陰で鳴くキリギスの奏でる羽音だけが両者の間に響き渡る。
先手を取るため、今か今かと機を伺うエドワード。
そして、エドワードの一挙手一投足から動きを予測しようと夜目を凝らすゲクラン。
そして、ある一瞬。
噛み合わせの悪さから虫の羽音が一瞬の休みを見せたその瞬間に、両者が動いた。
先に動いたのはエドワードの方だった。
目一杯の踏み込みで、一瞬にして間合いへと入ろうとする。
だが、ゲクランもそのコンマ一秒のあとには動く。
彼が「ファビアンの剣」と名付けた剣の先端から、リットルにして数百はあろうかという膨大な空気が放たれる。
ゲクランは勢いよく身体を浮き上がらせ、エドワードの剣筋は空を切る。
剣の向きを変え、家屋の屋根上へと着地するゲクラン。
だが、敵はそれを見逃さない。
エドワードはすぐさま屋根上へと飛び上がり、彼へ太刀筋を浴びせた。
それを剣で受け止めるゲクラン。
だが、次はそのお得意の機動力で避けることはしなかった。
「それだけの性能。おそらく、気体の充填に時間がかかるのだろう?」
「……さあな、吾輩の知ったことではない」
図星であったが、それは織り込み済み。
油断したのか、エドワードが剣を大きく振りかぶり剣ごとゲクランを叩き切ろうとしたその瞬間。
僅かに充填されていた空気を、エドワードの左肩目掛けて噴射する。
姿勢を崩すエドワード。
その隙を見逃さず、ゲクランは彼の右肩へ一閃を浴びせた。
異能者同士の戦闘では、板金鎧といえど威信で強化せねば紙屑同然。
防御が間に合わず、そのまま切り傷を作るエドワード。
ゲクランの剣は構造上非常に軽量であるため、その浅い一撃が決着にはなり得ない。
今、ここで間髪入れない追撃を浴びせるべきなのやもしれん。
しかし、ゲクランは動かなかった。
ただ剣に付着した血を払い、傷口を押さえるエドワードを無言で見つめ続ける。
ここまで事件を大きくすれば、政府や軍が総力を上げて動くことは確実。
そこまでして事を起こしたのだから、何か勝ち筋があるはずだ。
「幸い、屋外戦となれば吾輩の有利」
そう踏んで、この期に及んでも観察という慎重択を選んだ。
そんな彼へ、エドワードは雑言を吐き捨てる。
「貴様……パリの偽王の次は、野蛮な異教徒に仕えたか」
パリの偽王とは、ゲクランが前世仕えた王。
そして、野蛮な異教徒とは主を信奉しないこの国のことだろうとゲクランは読み取った。
その一瞬で思い起こされる、あの簡素な謁見の間での記憶。
若い頃のゲクランは騎士はおろか、小貴族の生まれでありながらその風上にも置けない人物であった。
酒場で殴り合い、博打で金を失い、足りなければ母の宝飾品をくすねた。
だが不思議なことに、村の若者も、畑を捨てた農民も、行き場のない荒くれ者も、彼を首領と呼んだ。
彼は貴族の食卓では嫌われたが、薄汚れた酒場と戰場では愛されたのだ。
そんな彼が好んだ戦術もまた、雇い主からは別の意味も含めて「おぞましい」と評された。
勇敢に戦うことはせず、敵の物資だとか防御の薄い拠点などばかりを狙い、必要なら村をも焼いた。
戦いを重ね、ゆく先々で「悪党」「卑怯者」と呼ばれるにつれ。
彼自身の中でも「私は騎士の風上にも置けぬ、黒く薄汚れた狼だ」として自己を固めていった。
そんな乱世の中で出世を重ね、一応の形で騎士に叙された彼にも転機が訪れた。
新たにフランス王となった、歴史がシャルル五世と呼ぶ王が彼を一目見たい、出来ることなら仕えさせたいと口にしたのだ。
当初ゲクランはそれを拒んだが、相手はフランス王。
一族の出世のためもあり、彼は六十人の選りすぐりの従者と共に渋々シャルルへと仕えた。
ゲクランは王へ仕えたあとも功績を上げるが、オーレという地で敵軍の捕虜となってしまう。
自らが敵へ刻んだ被害は甚大。
そして、それに比するように自らに課された身代金も膨大。
ゲクランは、自らの終わりを悟った。
だが、敵の課した法外な身代金の支払いに応じる者が出てきた。
その者こそ、賢王にしてゲクランが仕えるシャルル。
ゲクランは簡素な謁見の間で問うた。
「なぜ、そこまでして私なぞを助けるのか」
シャルルはただ「そなたが必要だからだ」と当たり前のように答える。
それでも納得しないゲクランへ対して、シャルルは溜息を漏らしながらこう漏らした。
「であれば、今からそなたが私に見合う者になれば良い。『私こそがフランスが一の騎士だ』と自信を持って言えるほどに」
その言葉が、齢四十に達したゲクランの契機となった。
己の行いを正そう。神を信じ、敬虔に。そして、自らを認めた主に恥じない姿に。
勝利のためだけに村を焼かなくなり、母からくすねた装飾品を金品の形で返し、泥酔や私的な暴力も控えるようになった。
彼に仕えた荒くれ者たちですら身なりを整え、ゲクランと同じように主の名に恥じない振る舞いをするようになった。
そうしてついに、ゲクランは大元帥として総軍を任せられるにまでなったのだ。
だから、彼は自らの身分を問われた際には必ずこう口にする。
それはモリーナを始めとした数々の爵位や収めた土地の名でも、自らが務めたフランス大元帥の名でもない。
ゲクランは再び剣を突き立て、エドワードへ固く宣言する。
「我が主はフランス王がシャルル五世陛下ただ一人! そして、私はフランスが一の騎士、ベルトラン・デュ・ゲクランだ!」
かつての主から授けられたその名誉を、主無き転生後の世界でも名乗り続ける。
それこそが、最後には諍いを起こし疎遠となったままであった主への、せめてもの手向けであった。
しかし、エドワードはそれを鼻で笑う。
「騎士道の風上にも置けぬような戦い方を続けた輩がよく宣うわ」と。
ゲクランは不意に目を大きく見開く。
だが、それはエドワードの口にしたあからさまな挑発へ向けられたものではない。
その目線は、エドワードの抑え続ける傷口から溢れ続ける鮮血へ向けられていた。
厳密には溢れているのではない。ただの一滴も溢れ落ちずに、血が重力に逆らってエドワードの鎧の右腕部へと入り込んでいく。
そして轟音を立てながら裂ける鎧の右腕部、その間隙から赤黒い何かが顔を覗かせた。
「なるほど……これは、失敗だったかもしれんな」
そのときになって、初めて声を震わせるゲクラン。
彼の前には、右腕を血の塊で肥大化させたエドワードが薄ら笑いを浮かべながら相対していた。
塊の先端は獅子の頭の形をしており、開いた獅子の口からは先ほどまで手にしていた剣が突き出ていた。
そして既に勝ち誇ったような表情をしながら、エドワードはゲクランを誘う。
「さあ、黒狼。続きをし合おうじゃないか」




