第16-4話:黒太子
あの須藤が。あの須藤が、悪態を突きつつもルイとまともに会話を交わした?
いやいや、たまたまきちんとした会話をしたように見えただけ……?
「霊兵の存在は確認されたか」
「いや、今のところ僕は見てない。でも時間の問題だと思う」
そんな考えが頭をよぎるも、その後も流暢に会話をしつつ方針を相談する二人。
どういうこと? なんで今になって?
さっきから、理解の範疇を超えたことばかり起こる。
しかも、そのどれもが異能に関係ないことばかりで。
私の中の常識のようなものが次々と移り変わり、脳みそがぐちゃぐちゃに掻き回される。
そんなどうしようもない感覚に、私の思考の大部分を支配された。
私が目の前で起こったことの理解に苦しんでいると、後ろから一人の警官が困惑の表情を浮かべながらこちらへと歩み寄ってくる。
「須藤……さんでしたか。先程の要請ですが、やはり承認しかねると署長から——」
警官は、まだ要件を口にしきれていない。
にも関わらず、須藤は隠す気すら無いほどの大きな舌打ちをしながら警官へ振り返りざまにこう言いつけた。
「呑気なことを言うな、この馬鹿者が! 事態は刻一刻と迫っているんだぞ! 責任は特異旅団長、熊沢愉及び防衛大臣が負う、これはもう山口県警だけの問題じゃないと何度言ったら分かるんだ!」
まだ取り付けきれていない要請があったのか、私との初対面の時を凌駕するほど、いつになく逆上する須藤。
警官も負けじと「ですが……」と反論しようとするものの、須藤はその隙を与えない。
「よもや警察に拒否権は無い。武器は包丁だろうと棒切だろうと博物館の収蔵品だろうとなんでもいい、被害を軽減するため今すぐ民兵を組織しろと言っているだろう!」
……民兵? ちょっと待って、なんて言った?
ちょっと前に見たイラクの米兵スナイパーの映画で、米軍にゲリラ戦を仕掛ける民間人の様子が思い浮かぶ。
あれを「民兵」と言っていたのが間違いじゃなければ、今目の前で須藤……いや、軍は同じことをしようとしている
理解しかねているところで、須藤の怒号に怯えきった警官は携帯電話を手に再び後ろへと下がっていく。
「ま、待って? 民兵? なんでそんなに詰まったような——」
「……霊兵だ。霊兵が来る」
おもむろにその単語を口にする須藤。
私も捲し立てるのをやめ、彼の言葉へと耳を傾けた。
「奴がやるつもりならば、霊兵による大虐殺が始まる。それに最低限だけでも抵抗するための民兵だ」
「な、なんで!? そんなことして何のメリットが——」
そう言いかけたところで、自分の中で点と点が線で繋がる。
須藤は陽が沈んだころ、「霊兵による小さな恐怖の積み重ねで威信を稼いでる奴がいる」と言っていた。
それがもしも、虐殺やその伝播でも同じく広まるとしたら?
全国ニュースで仕上げをしたみたいに、ネットや口伝てで恐怖が広まり、あいつの威信の源になるとしたら?
全ての点と点が、嫌な音を立てながら繋がっていく。
「あいつはこの街を自分の威信のために壊そうとしてるってこと!?」
「ああ、そうだ。だから——」
自分の耳が、どんどんと遠くなっていく。
リヴァの言っていた「君だけじゃなくて多くの人が死ぬことになる」という言葉。
ゲクランが去り際に残した「この街が惨禍に呑まれる」という警告。
その中で、私だけが普段の面倒事の延長線上のように事態へ臨んでいた。
兎にも角にも……止まってる時間はない。
息を整えていつの間にやら俯いていた顔を上げながら、うわべだけ落ち着いた声色で須藤たちへ問いを掛ける。
「——私は、何をすればいいの」




