第16-3話:黒太子
深夜にも関わらずぽつぽつと街灯の灯る萩の城下町の外れ、新市街との間にある町内会かなにかの施設。
和風の城下町とは異なり無骨なコンクリート造りをしたその建物へ、周辺の住民や宿泊者が不安や不満を口にしながら避難してきていた。
私はその中に紛れるようにして、香蓮とともにルイを今か今かと待っていた。
あのあと、ルイに言われてここへ来たはいいものの。
当のルイ本人は「近所の人が心配だから見回ってくる、そこで待っていてくれ」と言いながら飛び出してしまった。
焦りからか、自分の瞬きの回数が自然に増えているのが自分でも分かる。そればかりか、さっきから貧乏揺すりが止まらない。
変に強張ってリズムの崩れた靴底の擦れる音が、そしてけたたましく鳴り響く避難勧告のアラートが、焦りを更に助長する。
「ねえ、めぐちゃん」
ルイの邸宅の方を眺めながら、邪推や不安で頭が一杯になっていたところに。
私の傍でそわそわと身を震わせていた香蓮が、私の名前を口にしながら話を切り出してきた。
「めぐちゃんは……私があの人呼んだの、不満だった?」
そう口にする香蓮の言葉はどこか辿々しい。
香蓮も不安で一杯一杯。それを感じ取るには、その一言で十分だった。
「……不満っていうか、どっちかと言えば不安だった。って言ったほうが正しいかな」
「でも私、あの人は悪い人じゃないと思うの」
香蓮は、そんな私へ珍しく苦言を呈す。
ルイみたいにかつてからの友達だったならまだしも、ゲクランは今日になって初めて会った人に同じ言葉を向けているのが気にかかる。
「悪い人じゃないって……香蓮もあの人のこと何も知らないじゃん」
私が言ったことには何の間違いもないはず。初めて会った人は信用しないほうが良い。
何を考えているか分からない。
それでも、香蓮は言葉を紡ぐ。
「確かに、私もあの人のことあんまり知らない。でも、めぐちゃんはそれ以上にあの人のこと何も見ようとしてないんじゃないの?」
「でも、それは……」
そう頭に置いて何か言い返そうとするも、何かが喉に引っ掛かって言葉が出ない。
「最初に会った時も私はびっくりしたけど、あの時もどっちかと言えば何か気を使ってるように見えたの」
そう言われて、今朝の光景を思い出す。
でも私の記憶を遡るに、そんな風には思えなかった。何か裏があって、意味ありげな反応を示した。
そうにしか思えず、香蓮の言葉でゲクランへの印象が咀嚼されるどころか、今までのイメージがより強烈に洗練されたような気がしてならない。
「それに、あのゲクランって人と、エドワードって人。全然声が違った。でも、めぐちゃんは最初どっちがどっちなのか分かってなかったんでしょ? だからやっぱりめぐちゃんは――」
香蓮が続けざまに詰め寄ろうとしたところで。
周辺の見回りを終えたルイが、軽く息を切らしながらこちらへ歩み寄ってきた。
香蓮へ「ルイ来たから、その話またあとでいいかな」と、一応の申し訳なさを浮かべながら口にする。
口をつぐみ、眉を寄せる香蓮。
……なんだか、悪いことしちゃったな。
胸の奥に後ろめたさが陰を落としたところで、ルイがわたしたちの元へとたどり着く。
「待ってる間、何か事態が動くようなことはあったか?」
「ううん。少なくとも、ここでは何も」
「そうか、良かった。こっちも今のところは特に被害者は出てなかったみたいで……」
言葉に安堵を交えながらそう口にするルイ。
ルイの無事そうな姿に、思わず胸を撫で下ろした。
でも、ここからどうするのか。
ルイや香蓮と一緒に外へ出たはいいものの。
香蓮やルイを守る以上の目的が分からず、それをするために何をしたら良いのかも不透明。
何をするにしてもあいつが戻ってこないことには――
「すまん、戻った。 ……と、どうやら揃っているようだな」
振り返ると、刀を携えた須藤が今まさに戻ってきていた。
刀を覆っていた白布を解き、昼間とは違い襟元が切り込まれた半袖シャツを着込んでいる。
一瞬ルイの方へ目線を向けたけれど……須藤の存在に慣れたのか、ルイの顔色に変化はない。
「とりあえず地元警察への避難協力と、県警への即時応援要請、そして俺達は警察の指揮下へ入らないことの三つは取り付けた。いや、取り付けさせた」
地元の警察のお偉いさんと話していた須藤が、現状を報告してくる。
でも、異能者一人にそこまでするのか。
そんな疑問も、ルイが辿々しくも口を開くのを見て引っ込む。
「……軍への応援要請は?」
ルイの質問の矛先が流れからして須藤へ向いているのは確か。彼の目線も、須藤の眉間あたりに向けられている。
けど、そうやって須藤へ質問してもまともに取り合って貰えないんじゃ。
今までの二人の間柄を考えるに、そう考えるのが自然——そのはずだった。
「舐めるな。四時間前には既に要請している」
それを聞いて「そうか、助かる」と口にするルイ。
——軍が介入してくる。その一大事を「そんなこと」で済ませるわけにはいかないかもしれない。
でも、私の中ではその一大事が「そんなこと」に見えるぐらいに、今目の前で起こったやりとりに耳を疑った。




