第15-5話:澱のように積もりゆき
いつもなら「あーはいはい」で済ませるところ。
けれど初めて会った時の不穏な目線に反応、夕方の事件現場での嘘。私もゲクランに思うところがある。
息を落ち着けながら、再び須藤の声へと耳を傾ける。
「夕刻、牧場の事件現場に少しの間いただろう。その時、あの男から何を聞かされた?」
「私たちが居たこと、気付いてたのね。家畜が熊に喰われたとかなんとかって言ってたけど」
「はっ、真っ赤な嘘だな。あれは異能事案だ」
「ッ……!」
異能事案——その言葉に、バスタオルを握る手が固くなる。
「家畜の傷から考えるに、あれは鈍器や刃物の類の裂傷だ。到底野獣のものではない」
「でも人死には出てないんでしょ、なんでそんなこと」
「意味ならある、全ては威信へと帰結する。今日の牧場での事件だけじゃない。怪しい足音を聞いた、畑が荒らされていた、雑木林でボヤがあった。そんな地元の間だけで語られるような小さな事件が積み重ねられている」
「……つまり、警察とか軍の目を掻い潜って威信を稼いでる奴がいるってことね」
「ああ、いかにもそうだ。しかも今日の牧場での一件は全国ニュースになっている、おそらく最後の仕上げといったところだな」
すると須藤は、最後に「近い内に動いてくるだろう」と締めくくった。
「……でも、なんでゲクランなの。あいつは今日ここに来たばっかだったっぽいけど」
「理由は簡単だ。あいつは要件を満たしている」
「要件?」
「一定量以上の威信。霊兵の運用が可能になる水準を満たしているということだ」
霊兵……ルイとのデ……じゃなかった、一緒に遊びに行った時に見た青白い肌を持った兵士のことか。
ルイも似たようなことを言っていたっけと思い出す。
「霊兵の運用さえ可能になれば、ここへ来ずとも小さな恐怖を積み重ねることなど造作でもない」
「…………私は、どうすればいいの」
長い沈黙のあと、須藤に指示を乞う。
ぶっちゃけたことを言うと、須藤もゲクランもどっちも信用ならない。
けれどこの一ヶ月で私たちの命は取らない、形式上は味方だってことが分かった須藤の方がどちらかと言えば信頼できる。
というか、信頼する以外の選択肢がない。
そう思っての決断だった。
「交代だ。俺は同じ施設で寝泊まりするゲクランを壁越しに監視する。深夜、連絡があったら今度はそっちの館でお前と警戒を交代だ」
一日中活動したあと、夜通し警戒は無理があるのはそう。
……でも、須藤の提案にはまだ提案できるところがあるように思えた。
「ルイを加えて三交代じゃダメなの? そうすれば一人ひとりの負担が——」
「ダメだ」
即答し拒否する須藤。その理由は……。
「分かった。理由は言わなくても分かってる」
須藤の返答を待たずに答える。
ルイもゲクランも、須藤の中では同じ水準にあるだろうことは今に始まった話じゃない。
「理解が早いようで助かる。もちろんこの情報は他言するな。では、今晩の深夜二時までは俺が番を務める。連絡があったら起きるように」
須藤は警告を短く口にすると、私の返事を待つこと無く通話を切った。
「……結局、こうなるのね」
私は小さく息を吐き出すとともに、髪をドライヤーで乾かすだけして脱衣所をあとにした。




