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15-3話:澱のように積もりゆき

 ルイの別荘に戻ったあと。

 そこにある一つの和室で、私は危機に陥っていた。


 目の前に迫る恐怖。

 私たち三人の間で回される、あまりにも大きすぎる爆弾。

 その発端を作り出したのは……他でもない私。

 私が始めた危機、だ。


 いつもなら友達に巡る可能性のある危険は私が真っ先に背負う。

 けれど、今日だけは。今日だけは。

 私が、背負うわけにはいかない。


 ――ごめん、香蓮。


「うおおお! グリーンプラス4!」


「めぐちゃんやるねえ。緑プラス2、ウノ」


「ごめんな、大和。僕の勝ちだ。イエロープラス4、ウノだ」


「があああなんでえええ!?」


 四、二、二、二、二、二、四、二、四。

 合計二十四枚のカードを食らい、無事撃沈。


「私さっきも十枚食らったよね!? なんで私ばっか!?」


「ハハ、容赦は要らないんだろ?」


「ぐぬぬ……」


 屈辱。山札からカードを取り、手札へ加える。

 け、けど手札はほぼ二色だけ。色変えも三枚ある。

 

 まだこのゲーム、終わってない!


「黄色だっけ? 上がり」


「あっ鈴原もイエローだったか、僕も上がりで」


「うそ……でしょ……」


 四つん這いになりながら手札をぶち撒け、その場に屈する。


 虎の子の色変え三枚、その役割を果たすことなく無事ゲーム終了。

 「手札の構成だけは最強」の状態に最後は持っていってたのに、四回やってただの一度も勝つどころか上がることすら叶わなかった。


「香蓮……なんか毎回強くない……?」


「んーん、運が良いだけだよ」


 こうやって謙遜するけど、私へ向けて合計二十枚以上は食らわせている。

 その笑顔の下で「次はどう痛めつけようか」なんて考えているに違いない。

 


「失礼しますぞ。ルイさま、湯の準備が出来ました。よろしければどうぞ」


 部屋の襖をノックする音と共に、じいやが戸の向こうからそう呼び掛けた。

 お風呂の準備が出来たみたいだ。


「なんかめぐちゃん可哀想だし、先めぐちゃん良いよ」


「僕もそれでいいと思うな、可哀想だし」


「くそう……おぼえてろ……」


 一番風呂を貰えたのに全く嬉しくない。

 座卓の上から着替えの入った手提げを手に取り、屈辱を噛み締めながら戸を開ける。


「それじゃ僕も自分の部屋に戻るよ」


 私が廊下へ出た直後、ルイも私たちの部屋からそそくさと退いた。

 

 ……この感じだと、もう一回は無さそうかな。

 もうボコボコにされなくていいと安心する反面、二人には勝ち逃げされたみたいでどこか悔しかった。




「おお……ほんとに温泉だ」


 室内の浴室でシャワーで身体を洗い外へ出ると。

 そこでは、周りを竹の柵に囲まれた小さな露天温泉が、湯けむりを湧かせながら私のことを出迎えていた。

 周りはもうすっかり暗くて、柵の中だけがスポットライトを照らされているみたいに明るい。


 個人の邸宅に温泉が引かれてるっていう強烈な違和感を覚えるけれど……。

 この邸宅そのものや、夕食のすき焼きで出てきたサシのいっぱい入った明らかに高い牛肉。

 そんな要素の数々に私の感覚も「違和感」で済む程度に麻痺してきてしまっているのかもしれない。

 

 

 私だけは庶民肌を忘れずにいよう、なんて己を律しつつ、おそるおそる足先で湯に触れる。

 熱すぎず、冷たすぎず。

 けれど、身体の芯をガツンと熱してくれるほどのいい湯。


「失礼しまーす……」


 身体を覆っていたタオルを頭に乗せ、湯けむりの中へ身体を潜らせる。

 湯に身体を浸かると同時に感じる、足裏に触れる石の感触や硫黄の香り。

 

 一つ一つの体験が、なんだか久しぶりで、懐かしくて。

 そういえば香蓮と最後に行った旅行でも露天銭湯に入ったっけなんて思い返しながら、湯に浸る感覚に籠絡されていると。

 まずは足湯だけにするつもりが、気がつけば腰から胸元、そして肩まで浸かってしまっていた。

 急に熱い湯へ浸かったからか、身体がヒリヒリする。


「ふう……」


 小さいとは言ったけれど、二人ぐらいが身体を存分に伸ばして横並びで浸かるには十分なほどの大きさ。

 だらんと伸ばした脚が、浮力を持って勝手に浮き上がる。


「ああ、これが極楽ってやつね……。疲れがぜーんぶお湯に溶けちゃう……」


 ……そう言えば、私んちの浴槽ここ一年ぐらい使ってなかったっけ。

 この期にシャワーじゃなくて入浴の習慣をつけるのも悪くないかもしれない。

 

 けど今はこの青みがかった湯に首の力も何もかも預けて疲れを癒そうと思ったその瞬間。

 身体を覆っていたタオルが、私の頭からずり落ちて湯に落ちかける。


「あぶなっ!」


 湯に触れるすんでのところで、右手でキャッチする。

 

「あぶないあぶない、まだこの後香蓮やルイも入るのに――」


 そのまま、頭の上にタオルを乗せようとしたけれど。

 

「……」


 タオルを手にした、右腕の前腕。

 腕毛が薄っすらとしか生えない、腕の裏側の部分に刻まれた赤黒いワシの刻印。

 それを目にして、抜けていた全身の力が戻ってくる。


「……はあ」


 また脚を伸ばして、もっかい全身の力を抜こうとしてみるけど。

 変に強張って、ぜんぜん力を抜けない。

 脚も綺麗に湯船の底に張り付いたままになる。

 


 腕を支えにして、上半身だけが不器用に浮く。

 夜空へ向けた目線が、星々の群れをぼんやりと捉える。

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