第15-話:澱のようにつもりゆき
「なあ二人とも、あれなんだろ」
さっきまでの浮ついた声色から一転、鼓膜に響くルイの落ち着いた声。
彼は先の道を指差すと、おもむろにそう問いかけてきた。
山間の斜面、そこにある農道を真っ直ぐ進んだ先、耕作地の拡がる中で周りと比べて一際大きな建物。
入口に立っている「清浦わくわく牧場」の看板、そこの入口あたりにパトカーが数台並んでいる。
見ただけで分かる騒ぎの気配、けれど見たところ今まさに何かが起こっているという感じはしない。
警官たちの動きも緩慢で、どちらかと言えば事後処理特有の余裕のある雰囲気。
「香蓮、ちょっと待っててね」
気持ち早くなる足取り。
『——街が少々騒がしくなることもございまして』
どこかから降ってくるように思い出したその言葉に腹の底で不安を覚えながら、通り過ぎるようにするつもりで敷地の中を覗いた。
目につくのは十数人の警官に軽トラック、そして場違いなクレーン車と――それを凌駕するほどに場違いな二人の人影。
「あれっ、ゲクランさんじゃん」
その声と共に足を止めるルイ。
声を掛けた先にいた、頭だけ甲冑の兜を被ったままのゲクランがこちらへ振り返る。
その更に奥には須藤も居たけれど……声は届きそうにないし、別に掛けたくもない。
「おお、ルイじゃないか。どうした、こんなところで」
ゲクランは話していた警察へ軽く会釈すると、陽気な足取りでこちらへ歩みを進める。
特に理由を説明できるわけじゃないけど……その姿に腕を引き、不意に身構えた。
「どうしたって、陶芸教室の帰りだけど。何かあったの?」
「んあ? あー、要請があって来てみたものの、実は吾輩も良く分かっておらんくてな。確かなのは子どもがいる場所じゃないってことだけだ。ほら帰った帰った!」
手で払うように、私たちを追い返そうとするゲクラン。
ルイも僅かに眉を寄せながら、一応その言葉通りに足の向きを彼の別荘の方へと向けた。
けれど。その拍子に畜舎の方から吹いてきた風に嫌な臭いに顔を歪める。
それは青臭い森の香りでも、家畜の糞尿の臭いでもなくて。今まで何度も何度も嗅いできた、できれば二度と嗅ぎたくないあの臭い。
「……血の、匂いだ」
私の一言に振り返るルイ。
肩を跳ねさせ、腕をピクつかせる兜の男。
「……血?」
「あー…………それは、だな。あれだ。熊か何かに牛が喰われたって話だ」
言葉を詰まらせ、わざとらしく腕を大きく動かしながら弁明するゲクラン。
……さっきは「吾輩もよく分かっておらん」なんて宣ってたのに、やけに例えが具体的で。
挙句の果てに「ほら、あのトラックやクレーンが見えるか? あれは牛の遺骸を運び出すために――」と取り繕う。
……熊云々は置いておくとしても、あのトラックに乗っているのが人間以外の遺骸なのは確かみたいで。
トラックに掛けられたブルーシートの上からは血が滲んでいて、ぞんざいに扱われるさまは人の遺体のそれじゃない。
それに、道中で何度か「クマ注意」の看板も目にした。
でも。
最初は、嘘をついていた。何かを隠そうとしていた。
その事実に、身体の重心が僅かに後ろに傾く。汗ばんだ手を握り込む音が骨から伝わってくる。
「とにかく! 子どもが居るべき場所じゃないのは本当だ! ほら、帰った帰った!」
またもや払うように追い返そうとするゲクラン。
けれど、そこにはさっきの説得力のようなものは微塵も感じられない。
「……分かりました。けど、何かあったら僕らにも言ってくださいね。助けになりますから」
ルイは返事をしながら僅かに肩を竦ませると。
いつもより静かな声色でそう返事をした。
そのあと、ゲクランが兜の下で困るように息を一つついたのが、いやに記憶へこびりついた。




