第14-1話:黒狼
——青い海。乾いた空気。そして降り注ぐ陽の光。波のさざめき。
遠くには温泉の湯けむりが立ち上る。
「旅行だー!」
閑散とした海辺の遊歩道で。私はキャリーケースを引きながら、右手を空へ掲げ大声でそう宣言した。
——話は一週間前、香蓮が「良いこと思いついちゃった」と言ってから少しあとまで遡る。
私の心身が休まっていないことを聞きつけた香蓮は、あろうことか一日出掛けるだけじゃなくて旅行を計画してくれた。
行き先はいろいろ考えたらしいんだけど、ルイの提案でここ萩市が選ばれた。
そればかりかルイが町田さんを通して金土の休みを申請してくれたらしく、唐突な休みが言い渡されるとともにこの計画が明かされた。
加えてたまたま須藤の謹慎期間が木曜から明けることも重なり、六月の第二月曜日は内戦終結記念日で祝日休み。
金曜は学校終わったらそのままストレート直帰で旅行の準備、土日は一泊二日旅行、月曜は身体を休めながらお家でダラダラ過ごせるってワケ。
ここ一ヶ月の生活を考えると、なんて天国みたいな休日なんだろうと身体も軽くなるというもの。
「ちょっとめぐちゃん、はしゃぎすぎ!」
この旅行の首謀者、ひらひらとしたワンピースの似合う香蓮が麦わら帽子のツバを持ち上げながら私を呼び止める。
「そんなの無理だよ、旅行なんて何年ぶりだと思ってるの!?」
「ま、まあ確かにそうだけど……って、めぐちゃん九つの時に一緒に旅行行ってからどこも行ってないの!?」
「え、そうだよ? まあ一緒に行く人も居ないしね~」
驚く香蓮の手を引きながら、ガードレールの足元まで歩みを進める。
風に運ばれた小さな砂粒が顔や腕に当たってこそばゆい。
漂う磯の香りに眠っていた童心を叩き起こされる。
「はあー……なんか空気も美味しい気がする」
「大和、それはさすがに気のせいじゃないか?」
左肩に小さなボストンバッグを担いだルイが苦笑しながら前に出てくる。
「ちょっと二人とも、テンション低くない? これから海水浴なんだよ?」
両手を広げながら、二人へ向かって向き直る。
しかも人も全然居なくて今年一番乗りって感じだ。
ルイめ、こんな良いとこ知ってるなんて。
どこからそんな情報仕入れてるのか分かんないけど、やっぱ侮れな――。
「……何言ってるんだ、大和。今回は海水浴なんてしないぞ?」
「え」
ルイの一言に、私は口をぽかんと開けながら間抜けな表情を晒した。
「海を見たいって言うからまさかとは思ってたが……温泉旅行だって知らなかったのか? 萩の海開きはもっと先だぞ?」
仁王立ちしながら私のことを見上げるルイ。
「私、言ったと思うんだけどな」
その横では、香蓮が指先を自分の頬に当てながら首を傾けていた。
「ってか香蓮昨日一緒に荷造りしたよね!? ならなんで水着用意しても何も言ってくれなかったの!?」
「えー? 『大胆なことするな~』って思っただけだよー?」
「…………?」
香蓮の意味深な一言に、一緒に疑問符を浮かべる私とルイ。
香蓮の浮かべる笑顔はいつもと違うし、なんなら少しだけ誂われてる気が……。
「ま、いいじゃん!そんなに荷物嵩張らないし!」
パンッと手を合わせ、香蓮のいつも通りの笑みで凝り固まった雰囲気がほぐされる。
ルイも疑問を溜息として吐き出すと、左腕に着けた小さな腕時計へ目を向けた。
「……そろそろだな」
「ん? なにかあるの?」
さっきまでの「やれやれ」感のある表情から一転、少しばかり気難しそうな顔をするルイ。
「実は、大和にまだ言えてなかったことがあってさ。この旅行に大和を連れ出すにあたって軍の方に相談したんだけど……」
申し訳なさそうな表情を浮かべるルイ。
それはもう香蓮やルイ本人から聞いたことではあるけど、まだなにかあるのか。
「その条件でこの旅行に護衛が付くことになって……それも二人も」
そして、それは最悪に近い形で帰ってきてしまった。




