第13-5話:知らしめること
「づがれだ~!」
中間テストが終わってすぐ翌日の五月三十一日の昼休み。
私は「いつもの空き教室」の引き戸を開けるとともに、香蓮へそんな弱音を吐いた。
「おつかれ、めぐちゃん。ルイくんは?」
「先生に課題持ってってるらしいから、あとちょっとしたら来るってさ……」
ルイを呼びに行った結果を香蓮へと報告し、体重を椅子へと全力で預けると、塗装の剥げた椅子がビスを軋ませる音をあげた。
「……その訓練ってそんなに大変なの?」
「うんもう大変も大変だよ。月曜座学に火金土が基礎体力、そんでもって水土が剣術……帰ってからも洗濯機回すのだけはやんないといけないし」
想像以上に過酷な訓練、そこに学校や火事の日常生活が付きまとってくる。
だからって別にあの時の決意が揺らぐわけじゃない。そこは絶対だ。
けれど、それにしたってきつすぎるのが現実問題として存在する。
木日と休みがあるのは幸いだけど、テスト期間中でも訓練はお構いなし。
更に私が慣れきたと見たのかメニューは更に苛烈になってきている。
いっそのことこのままぶっ倒れた方がマシなんじゃないかと思うけれど、負荷の具合がいい塩梅なのかそうともいかない。
「……やっぱり、なんか悪いなあ」
椅子を傾けながら半ば意識切れかけの状態で天井を見上げていると。
藪から棒に香蓮がそんなことを口にした。
「悪いって、何が?」
「めぐちゃんに負担ばっか掛けてるのがさ」
前までは別々で分けて用意してきていた、二人分のおかずが一緒に入った大きなタッパを広げる香蓮。
その表情にいつも見るような笑顔はなくって、目を若干細めている。
……これは、ほっといちゃダメだ。
横着に傾けた椅子を元に直しながら、香蓮にこっちを見るよう促した。
「もうそういうのやめようって言ったでしょ、香蓮」
「でも……」
香蓮は何か続きを言おうとしたけれど、僅かに視線を落としながら再び息を潜めた。
「そんなこと言ったら、私もお弁当作ってもらうの悪いなって思ってるよ。けど私は時間が無いし一人暮らし。お弁当作ってる余裕は無いじゃん」
箸を持ち、いただきますをきちんと伝えてからミニトマトをつつく。
そう、だからこれは仕方ないこと。
お弁当は香蓮にしか作れないし、戦うことは私にしかできない。
時間とか肉体的な疲労とか逆にいろいろ不平等に思うかもしれないけれど、それはもうどうしようもないこと。
「それじゃあさ……私にもっと出来ることない?」
けれど、あの鈴原香蓮がそれぐらいで退くわけがなかった。
首を傾げながら、今度は私へと真っ直ぐな目線を向けながら聞き直してくる。
「出来ること……か」
お弁当におみそ汁が欲しいとか、課題を写させてほしいとかいろいろ思いつく。
けれどお弁当の具を増やすとお金が絡むし、香蓮は真面目ちゃんだから課題見せてって言うと複雑そうな表情をする。結局見せてはくれるんだけどね。
はてさて、いったいどうしたもんか。
「じゃあちょっと愚痴とか……聞いてもらおうかな」
香蓮が望むような「出来るようなこと」じゃないかもしれないけど、若干一名について愚痴りたい内容が後を絶たない。
「……いつも言ってる、その須藤ってひと?」
「そう! あいつマジで腹立ってさ! 竹刀で打ち合いとかやってるんだけど、たったの一本すら取れなくて。しかも一本取った後にぜっっったい煽り入れてくるの!」
「煽りって、どんな?」
「え? 『お前は畑の肥料にでもなりに行くのか』とか『そんなんじゃ弾除けにもならんぞ』とか……」
「…………」
口を小さくつぐみ、急に無言になる香蓮。
……マズったかも。
あんま香蓮の前で死ぬとかそういう言葉使わないほうが良かったかな。
「それってめぐちゃんの命を気遣ってくれてるから出る言葉なんじゃないのかな」
「え?」
けど、斜め上を向く香蓮の口から出た言葉は意外もいいとこで、思わず呆気にとられてしまった。
「私はめぐちゃんは強いと思うよ? 力持ちだし、今の私を抱っこして走るなんて私のお父さんでも無理だよ。それでも、その須藤って人にとっては足りない、心配だってことじゃん」
「でもわざわざ煽る必要なくない?」
「それも煽りっていうか……めぐちゃんと同じで不器用なだけだと思うの。本当に煽りたいんだったら、もっと『俺の方が強いぞ』って言葉が出てくると思うもん」
「…………」
なんか私と同じって言われると癪。
理不尽なことで怒って、過去の異能者ってだけで差別して。
そんな人と同じって言われたって良い気はしないに決まってる。
けれど香蓮の中に悪い須藤像が存在しないのも当たり前の話で。
なんせ、ルイに「事を大きくしたくない」って口止めされているせいで、あの時あの公園で起こった須藤との衝突は私からは誰にも話せていない。
言われたからには約束は守るんだけどさ……。
いっそのこと須藤の真実を打ち明けたい気持ちと、ルイとの約束を守りたい気持ちとの間で引き合いになる。
その引き合いも「でもめぐちゃんがそうやって愚痴ってくるってことは相当なんだろうね」という言葉で一旦有耶無耶になった。
「まったくだよー。寝る前なんかにもあの煽り文句が頭の中で響いて響いて……」
「体調は大丈夫なの? その、心も身体も両方とも」
「うーん、実は疲れはそこそこぐらいなんだよね。なんか最近は体調も良いし!」
そう言って小さな力こぶをつくると、香蓮は小さな安堵を浮かべた。
「どっちかと言えば息抜きの方が足りてないんだよね……ハードスケジュールすぎるんだよ、ほんとに」
振り返ると、ここ一ヶ月ぐらいまともに息抜き出来ていない。
香蓮とも遊べてないし、スキマ時間のビデオ屋巡りすら疎かになってる。
「たしか今週の日曜は塾の補習あるんだよね? 香蓮」
「そうだね。中間の補習しないと」
「ならさ、来週久々に遊ばない? ほら、三河の方に大っきいモール出来たらしいじゃん」
「モールかあ……こないだ別んとこで夏服買っちゃったしなあ……」
箸を止めて視線を下に向ける香蓮。
あんまり乗り気じゃないけれど、何か考え事をしているご様子。
「なら別のとこでも良いんだよ?」
そうやってちょっとした提案をながら香蓮の顔を覗き込むと。彼女は口角をにまりと上げ、口を小さく開けた。
……何か思いついた時の表情だ。
「モールじゃないかもしれないけど……ちょっと良いこと思いついちゃった」




