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第2-1話:約束のために

「あー……暑い……」


 蒸し暑くて埃っぽく、ぬるっとした粘りっこい空気に汗ばんだ身体。

 そんな大それた比喩を使わなくても、この感覚は全人類に「最悪な寝起き」の一言で共有できるほどに不快な起床だった

 


「今、何時……」


 パッと眺めたスマホに表示されたのは「4月25日 金曜日 11時01分」の表記。

 記憶が確かなら寝た時間は昨日の午前三時ぐらいで八時間は寝たはずなのに、これが熟睡後の目覚めなのか疑いたくなった。


 そしてインリアに飛んで来た二件の通知、片方は見覚えのある自撮りアイコンが特徴の香蓮から。

 私が送った「いつもので休む」という連絡への返信だった。


 初めての連日の襲撃、夜中まで終わらない手続きと聴取に、さすがの私も久々に学校へ休む連絡を入れてしまった。

 普通の日だったら午後から行く選択もあったけど、今日は生憎の三者面談で午前授業。今から行っても間に合わない。


『分かったよ、怪我はない?』


 香蓮から来ていた優しさに溢れるメッセージに、「心配、かけちゃったかな」なんていう雑念が入り混じる。

 大丈夫、怪我してないよ……とだけ送信し、半世紀ぶりに姿を見せたと言っても過言じゃない、幻の二件目の通知へ目を向けた。


「げっ……そうだった」


 昨日連絡先を交換した相手、本田ルイ。

 彼から「昨日はあんまり話せなかったから、今日また放課後に」と連絡が来ていた。

 

 あの後軍へのロベールの移送やその後の聴取に付きっきりで、結果あまり話せなかった。


 その埋め合わせで今日会うことになったけど……ぶっちゃけ乗り気がしない。

 香蓮との約束だから会わないわけにはいかないんだけどさ。


「はあっっっっ……くあーっ!」


 両腕両脚を思いっきり伸ばし、ベッドから這い出る。

 足元に積もったファストフードのゴミやらペットボトルを素足で掻き分ける感触に何も感じなくなって久しい。

 

 でもせっかく今日は休みになったんだし片付け……なんてことが頭に過ったけど、惰性と気怠さの濁流に押し流される。

 どうせ今日はもう学校行かないし、夕方からルイと会う約束も入ってる。

 有意義なことは何も出来ない日だって割り切ろうと、お手洗いだけ済ませてソファへ身を投げた。


「……ん?」


 確かにソファのクッション目掛けて身体を着地させたのに、クッション越しに固いものを感じる。

 身体を起こして見てみるとそこに埋もれていたのは半透明な袋に封じられた、二週間ぐらい前に買った映画のDVDだった。


 ハードボイルドな探偵と小心者な刑事のタッグモノの第二作、前作が面白かっただけに探してたけど、サブスクに無いから買ってきたんだった。


 こんなところにあっちゃ危ない、二十五インチの小さなテレビの横、二百以上のDVDケースが所狭しと並ぶ棚、通称「聖域」へ収蔵しようと立ち上がり――。

 

 その棚にある小さな目覚まし時計を見て、DVDケースを押し込むスペースを作り出そうとする手が止まった。

 時計が指す時刻は、ルイと約束した午後五時までにこの映画を観終えるには十分すぎるほどの時間があることを示している。


「……どうせ時間あるし、眠気覚ましに観るか」


 何もせずにダラダラしてたら、そのままソファの魔力に精気を吸われて寝落ちしてしまいかねない。

 その足でプレイヤーに挿し込んで、ソファへ身を投げなおす。


 設定はもちろん英語に日本語字幕、山のように積もったスナックから適当に一つ選んで昼食代わりに封を開ける。

 そして香蓮とUFOキャッチャーで取った大きなドラゴンのぬいぐるみに体重を委ね、映画の世界へと入り込み始めた──。

 


 ──映画は、新しいキャラ……悲痛に暮れた科学者の登場から始まった。

 

 遺影とも取れる家族写真を大切そうに撫で、そしてゼロの並んだ通帳に大きな溜息を洩らす。

 入っていたらしき予定を取り消し、自室に閉じこもって暴飲暴食。

 登場の仕方的に今回の敵役(ヴィラン)かな。


「……あれ」


 映画に没入し始めてたった一分、なのになんだか物凄い既視感を覚える。

 どっかでこんな人を見た気がしてならない。


「って、お金無いとこ以外は私とおんなじじゃん」


 親無し時間無し未来無しの無い無い無いの三拍子。

 今私の手元に残っているのも、父方の祖父と香蓮の二人、そして食事と映画で飢えを紛らわしながら時間を貪ることだけ。

 

 けれど……男は前作に壊滅したはずの敵組織から舞い込んできた、怪しい仕事を受けてしまった。


「なんだ、やっぱ違うじゃん」


 人間讃歌に定評のある監督だっただけに、約束されたわけでもないのに裏切られた気分になった。

 こんな何でも無い学者が棚ぼたで一発逆転なんて、現実じゃ絶対に起こらないわけだし。

 

「ってかこんな浅いヴィラン描く監督だったっけ、電話の向こうの人が黒幕とか?」

 

 そうやってボヤきながらイントロが終わるまでぼーっと観続ける。

 

 けれど。

 なぜだか、集中できない。


「……なんか、違うな」


 タイトルコールが叫ばれた直後。

 大きなため息とともに、私はテレビの電源を切った。

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