第12-4話:本懐
「そのカレンダーはあなたが直近一ヶ月で戦った異能者をまとめたものなんだけど、ここ二週間ぐらい大きな空きがあると思うの」
そう言われて見てみると、いつもの調子ならあと一つか二つ名前があってもおかしくないのに、確かにここ二週間はロムルス以降異様に音沙汰がない。
「おそらくだけど、それは偶然じゃない。ロムルスとの契約の影響が如実に出ていると考えられるわ」
——つまり、ここ二週間ぐらい私が安泰でいられたのはこの刻印のおかげってこと?
でもこの刻印は私の自由を奪いかねないもので、それでいてひどく不気味なもので。
世界はどこまで私の見方をひっくり返したら気が済むのかと愚痴りかけたところで、町田さんがそれに待ったをかける。
「けれどね、これは安心できることじゃないの。舐められやすい現代の異能者が、不本意な契約とはいえロムルスと繋がりができた途端弱体な異能者は狙ってこなくなる。これの意味が分かるかしら」
っていきなり言われてもな、ただ数が減っただけでそれ以上の情報が無いからなんとも。
私が答えあぐねていたところで、さっきの提案以来聞きに徹していたルイが口を開く。
「……ここから先、より強い異能者に狙われやすくなるってことですか」
「正解よ、ルイくん。実力か、バックか。何かしらの理由で、ロムルスが契約を結んだ相手に戦いを仕掛けても問題ない異能者との戦いが中心になると考えた方が良いわ」
その後に町田さんは更に「ロムルスからの加護を受けたジャン・ド・モンフォールクラスの相手が最低水準になると考えてもいいかもしれないわね」と付け加えた。
「ジャンクラスの相手が最低水準……?」
確かに、ジャン相手には最終的に辛勝できた。
けれどそれは黒鷲やルイとともに戦ったからで。
あれより強いやつどころか、種も仕掛けも分かった上で全快のジャンと一人でもう一回戦えと言われても勝てるか怪しい。
「つまり、町田さんたちが何かしてくれるってことですか」
軍が私へ接触してくるのは保護のため。今までの話の流れからして、そう考えるのが自然なはずだったのに。
けれど、イエスかノーで簡単に返事が出来るはずのその問いへ町田さんは答えを出し渋った果てにこう口にした。
「もちろん、私たちもできる限りのことはやるわ。けれど、現実問題としてロムルス相手に十数名の兵士を失った果てにあなたのことを守れていない。異能者相手に、武器を持っただけの兵士は時に無力になるの」
「……つまり、私に強くなれってことですか」
「早い話はそうね」
——やっぱり、そこに行き着くのか。
体裁を気にしないなら何かに当たりたいところではあるけど、こればかりは軍に責任なんかありゃしない。
ここ数年でいきなり対応出来かねないものが湧いてきたのに、いきなり完璧に対応しろってのが酷な話。
けれど、今日の霊兵にしろ、異能の存在そのものにしろ。
どこまで行っても私へつきまとい、その生活を壊してくる現実に、心の底からのため息が出た。
「最後になるけど、あなたが軍側の作戦に付き合う義務も無いし、異能者用の訓練プログラムや準備をする手立てもある。軍が不甲斐ないがためにあなたに負担を強いることにはなるけれど……どうかしら」
「…………」
そう締めくくられてからしばらく、顎に手を置いて考えた。
私の日常がまた一つ、異能に関するもので染められるということ以外は魅力的な話だってのは分かるけれど……決心が付かない。
前とは違って香蓮に相談するような話でもないし、と迷った挙句ルイの方へ目を向けたけれど、彼は予想に反して首を振った。
「ダメだ、大和。それは僕が決めることじゃない、大和が決めることだ」
まあ、そうだよね。至極真っ当な返事。
ルイはその後に小さな呼吸を挟むと、そのあとに聞き覚えのあるフレーズを口にした。
「けれど、大和がどっちの選択を選んでも。僕の言った『友達の悲しむ顔は見たくない』って言葉は変わらないとだけ覚えておいてほしい」
……それは確か、まだ私がルイを疑って掛かってた時に口にしていた言葉で。
ちょっと懐かしく思うと同時に、出かかっていた結論の背中をそっと押してくれた。
「——分かりました。私、強くなります」
その返事を聞いて、僅かに口角を上げるルイ。
私がこの話を持ち帰るか断ると思っていたのか、町田さんも少しばかり意外そうな表情を浮かべた。
確かに、私は日常を壊されたくはない。
帰ったら余った時間で積んでる映画を消化していきたいし、毎週末には香蓮たちと遊びたい。
それにもちろん、私だって人間だ。我が身可愛さはある。
けれど、それ以上に私はもうあんな経験はしたくないという思いが私の決意を後押しした。
それは薄暗く、湿った空間で冷えていく友の手を握ったまま恐怖に打ち震えることでも。
圧倒的な存在を前にして、拳を一つ打たれて気を失う友の名を無力に呼ぶことでもあって。
二度と、二度とあんな経験はしたくない。
そんな確かな決意のもと、私は前のめりになって了解の旨を口にした。
「分かったわ。正直な話をすると、今日首を縦に振ってもらえるとは思ってなかったわ」
「……まあ、それは私もです」
肩の荷が降りたような表情を浮かべる町田さんを前にして、もうそろそろこの話も終わりそうだなという気配を感じ取る。
忘れちゃいけないけれど、今日は本来ルイとのお楽しみの時間。
これからのことも良いけれど、このあとせめて夕飯ぐらいは食べていきたいなと思ったところで。
私の横にルイがやっと座った頃に町田さんが言っていた言葉を、ふと思い出した。
「そういえば、あとここから二人増えるって言ってましたけど、誰が来る予定だったんですか?」
「……そんなこと言ったかしら。もしかしたら別の予定と勘違いしてたかもしれないかも」
「ふうん」
他所へ目を向けながらそう溢す町田さんを目の前にして、意外と抜けてるところもあるんだなと妙な共感を覚えた。




