第11-5話:手を掴むこと!
ただでさえヒールで足元が悪いのに、さっきの動きを見せられたあとだとついていける自信が余計になくなる。
いっそのこと、裸足か踵の棒を折るかした方がマシになるんじゃ。
そう思い左手でヒールに手を掛けようとしたその瞬間。
「大和、剣をしまってくれ。あいつは戦う相手じゃない」
ルイが細々と口を開き、私へ武器を降ろすよう言ってきた。
けれど肝心のルイの額にはこの暑さだけじゃ説明できないほどの汗の粒がついている。
「で、でもあいつこっちに近付いてきて」
「いいんだ。見てくれ、あっちも刀を抜いちゃいない」
そう言われても、相手がどれだけの速度で抜刀できるか分かったもんじゃない。
だからそうほいほいと武器を降ろすなんて——。
「それに、あいつとは顔を合わせたことがある。だから大丈夫だ」
「……分かった」
別にあいつのことを信頼出来たわけじゃない、ルイの言うことを信じただけ。
空気を含ませながらそう言って、無鋒剣の顕現を解いた。
直後、私から五歩ほどの距離で。その男が股を軽く開きながらブーツの音を響かせた。
「なぜお前がそいつとここにいるんだ、大和めぐみ」
わずかに低く、けれど透き通った声。
凛々しい外見から年上だと思ってたけど、もしかして同年代?
ってか初対面なのに私の名前知ってて、どっか不満げってどういうことなの。
疑問に重ねられた疑問が頭の中を駆け巡るそばで、ルイがゆっくりと口を開く。
「……須藤、武蔵」
喉をぐっと締めたような声で、苦しそうにその名を口にするルイ。
歴史はテストで平均点取るぐらいしか勉強してこなかった私だけど、今のところその名前と合致する人物は古今東西思い当たらない。
「あんたが一体何者かは知らないけどさ。私が誰とどこで何やってろうとあんたには関係ないはずなんだけど」
けど一つ分かるのは、私があんまり仲良く出来なさそうなタイプってこと。
服がかっこいいのは評価に値するけど、それを着てるやつがいけ好かない奴じゃあね。
「数日前、お前の自宅に黄色と青のストライプ模様をした封筒が届いていたはずだ。本来ならこの日この時間に、軍がお前との面会を行う手筈になっていたんだが」
青と黄色の封筒……一昨日のゴミ出しの日に捨てた袋に入ってたやつか。
「知らないわよ、そんなの。ってかその口ぶりからしてあんた軍の人間?」
「そうだ。厳密には異能者の枠として籍を置いてる軍属に過ぎないが」
へえ……前々から捕らえた異能者を突きつける時に「うちにも君と同年代の異能者がいる」って聞いてたけど。
まさかそいつがこんなに腹立つ話し方する奴だったとはね。
「それで、俺が今こうして目の前で急かしても行くとは言わんのだな」
「行くわけ無いでしょ、こっちはお楽しみしてたとこをさっきのヤツらにぶっ壊されたところなんだけど」
「はっ、お楽しみか。不遜にも程があるな」
ぼそっとそう口にするとともに、私から目線を逸らす須藤。
「お前から面会の返答が無くとも、毎度予定の時間に空きを作っている軍人がいるとも知らずによくそんな事が言えたな」
そう言われて、一人暮らしを始めた頃から軍から送られてきた封筒を、何度も何度も捨て続けてきた日々を思い出す。
…………知るわけないでしょ、そんなの。
「そんなこと言われてもね、あんたには分かんないの? 小学生のときに学校で『軍人さんが出てきた部屋から、遅れて大和が出てきた』って噂される気持ちが」
「知らんな。生憎、俺は齢一桁から柄を握ってきたもんでな」
やっぱ、軍からの干渉なんてまっぴら御免だわ。
それはこいつの態度を見ても明らかで、向こうは私の気持ちを何も汲んじゃくれない。
なのに向こうが裏でどんだけ準備してたとか今更言われても、そんなの知った話じゃない。
——けれど、そんな自分の不平不満は須藤が次に発した言葉の前に露となって消える。
「あとそこのお前、二度と俺の前に姿を見せるなと言ったはずだ」
須藤が発した言葉に、思わず耳を疑った。
そこのお前……ってのは私の後ろで身を縮めているルイのこと?
少なくとも私はそんなこと言われた覚えはない、初対面だし。
それに記憶が確かならルイの組織と軍は協力関係だったはずじゃ?
なのになんで須藤はルイに対してすらこんなにも口を荒げるの?
「これは不可抗力だろ、須藤くん。それに大和を置いて去るわけには」
「二度は言わすな。去れ」
鞘に収められた刀の鍔を、左手の親指で弾くように持ち上げる須藤。
右手を柄には掛けていないものの、抜刀を示唆する脅し。
「……あ?」
その光景を目の当たりにして、自分の中から聞いたことのない声が漏れ出た。




