第11-3話:手を掴むこと!
「でも、おかしい話はここからなんだ。僕はその時期に初めて、自分の名前がルイだってことを思い出したんだ」
「……思い出した?」
「ああ。ていうのも僕がこの時代へ来たのは十六年前。同じく過去から来た異能者だったお義父さんが目覚めた時には既に、赤子の状態の僕が腕に抱えられていたらしくて」
なるほど。なんとなくだけど、話は読めてきた。
「つまりは、赤ちゃんの状態でこっちに来たから……前世って言ったらいいのかな。昔の記憶が自分の名前以外無かったってことでいい?」
「ああ……その理解で問題ないと思う」
語りを続けるのをやめ、またもや前かがみの姿勢になるルイ。
その表情には、山場を乗り越えて息を落ち着けるような息遣いと、それでも私の反応を見逃さまいとこちらへ視線を送る不安の表情の二つが混ざり合っていた。
そっかあ。
ルイが、過去から。そっか。
でも昔の記憶は無くて、自分の名前以外は現代の生活の中で築かれたもので。
最初はどう受け取ったら良いか迷ったけど、私にしてはかなり早い段階で答えは出ている。
けれど、それにはまずルイの気持ちを汲まなきゃいけない。
その考えのもと、ルイへと幾つかの問いを投げかけていく。
「それじゃあさ、なんでわざわざ言ってくれたの? 別に黙っておく選択肢もあったと思うんだけど」
「……僕のこの話は、過去の異能者たちの間で有名でね。現代の異能者の中にも知ってるやつがいるから、他人から言われるぐらいならって思ったのと——」
続きを少し言い淀んだルイは、疲れを滲ませた瞳で空を見上げながら、続きを口にする。
「大和とは、長い付き合いになる気がして。それは一緒に戦う仲間としても、友達としても。だから、嘘は吐き続けたくなかった」
……隠し事は嘘じゃないよ、なんて甘えはこの場ではご法度かな。
実際私も現代の異能者だって勘違いしてたぐらいだし、これがルイの口以外から耳にされていたら受け入れられたか分からない。
「じゃあさ」
そうやって前置きしながら、カバンを置いてベンチから立ち上がる。
今からする質問は、すごく意地の悪い質問かもしれない。
私がこれを聞いちゃったら、ルイは一つの答え以外口にできなくなるかもしれない。
でも、これは必要なことだから聞かなきゃいけない。
いずれ誰かが聞くなら、私が最初に聞きたい。
そんな確信のもと。
既に西に傾きつつある太陽を後ろに、手を後ろで結びながらルイの方へと向き直った。
「ルイはさ。その前世の自分と、今の自分。どっちがいい?」
「…………」
その問いを耳にして僅かに目を見開くけれど、答えを出すことを躊躇するルイ。
その息遣いが何度か耳に入るぐらいの時間が経っても、黙り込む彼のことを責めない。
なんなら答えになっていなくたっていい。言葉じゃなくてもいい。
彼へ微笑みかけながら、何か彼なりの返事があるのをただひたすらに待った。
「……興味が、無いわけじゃない」
ぽつ、ぽつと返事を口にしていくルイ。
その声色は今までで一番頼りなくて、そしてか細くて。
それでもさっきよりは自信を持って紡がれていることが、芯のある口調から分かった。
「この身体が誰のものなのか。僕の正体がいったい何なのか興味がある。けどそれを暴こうとしたら、そいつが目を覚ましてしまう気がして。自分が自分じゃなくなる気がして」
僅かに言い淀んだあと。
絞り出すように「それが、怖いんだ」と告白し——。
「だから……僕は、今の僕でいたい」
彼は自分の口で、私の問いに対する答えを言葉にした。
こちらのことを見上げたルイの瞼からは、震えと一緒に混じっていた迷いはさっぱり無くなっていた。
「よし! じゃあ決まり!」
自分の両手を合わせるとともに、弾けるような音が周囲へ響く。
「もしもそいつが目を覚ましたら、私が手を差し伸べて本田ルイを叩き起こしたげる」
まとめて受け入れる、とは言わない。多分だけど、ルイはそれを望まない。
「だからルイ。もしそうなったら、ルイの方も私の手を掴むこと! いい? 約束だよ?」
約束。その言葉とともに、彼の近くへと手を差し伸べる。
口を開け、ぽかんとした表情を浮かべるルイ。
かと思えば、私をからかうように鼻で笑った。
「な、何かおかしなこと言った?」
「……いや、みんなは『そうなっても受け入れてやる』とか言ってくれてたんだけどね。そういう提案は初めてされたからさ」
「えっ、そっちの方が良かった?」
今の一言、結構勇気絞って言ったんだけどな。
けれどその言葉とは反対に、ルイは目に疲れを帯びつつも今日一番の笑顔を見せてきた。
「いいや。僕にとってはそっちの方が嬉しい。ありがとう、大和」
「……ッ!」
僅かに目を細め、はにかみながらそう告げながら私の手を取るルイ。
少し前にも握った彼の手は、相変わらず小さくてもきちんと男の手をしていて。
そうなって初めて、自分がなかなかにキザなことをしているのに気が付いた。
でも今の約束は何の問題解決にもなってはいないし、今すぐ解決できる問題じゃない。
それでも今朝からどこか浮かない表情をしていたルイが、やっとその重荷を降ろしたような表情を浮かべてくれたことが、すっごく嬉しかった。
「急にこんなこと話してごめんな。大和」
「いーよ別に。昨日から聞いてたことではあったし」
ズボンの埃を払いながらベンチに忘れ物が無いかチェックするルイを尻目に、今日の山場を乗り越えたことをどことなく感じ取る。
ルイが秘密を打ち明けてくれたことは嬉しいけど、これは彼にとっては切実な問題。
私が「聞けて良かった」なんて漏らすことは口が裂けても——
「あれ、そういえば」
切実な秘密っていえば。
ルイは、私に言いにくい秘密を共有してくれた。
でも私の方にもある。言いにくい秘密が、それもルイのものに比肩するぐらい大きな。
この際だから、私の中に眠る悪魔——リヴァのことも言っておくべきなのかもしれない。
「ねえルイ、私の方からも——」
そうやって私の方から話を切り出しかけたところで。




