第11-1話:手を掴むこと!
それからというものの、ルイはなんとか調子を取り戻していった。
エントランスロビーを離れ、この記念館が工場として使われていた時の模型を通り過ぎ別棟へと通ずる廊下を通っていく。
その先は記念館最初の本格的な展示ルーム、繊維機械館に通じていた。
塗装こそ現代風だけど骨組みや構造はレトロな工場を思わせる屋内、そして何よりもところ狭しと並ぶ展示の多さ。
ルイの解説が無かったら何をするのかも分からない機械が、江戸や明治の最初の方に使われていた人力の機械に始まり、水力や蒸気、そして電力と進化していく。
そして時代が進むに連れ、展示の解説の中にぽつぽつと「豊田佐吉」の名前が出始める。
豊田佐吉……お父さん……喜一郎。
「あっそっか、この時代って『遥かなる走路』と同じ時代かあ」
「遥かなる走路……って?」
私が出した題名にルイが首を傾げたところで一転、今度はルイが首を傾げる。
「まあ流石にルイは知らないよねえ、昭和の映画は。豊田で最初に車を作った豊田喜一郎が、いろんな苦難を乗り越えながらトヨタを立ち上げるまでの伝記映画なんだけど、これが意外と良くてさー」
そうやって趣味語りをしながらあらすじを思い出すだけでも、あのソフトロック・バラードの主題歌が頭の中で流れてくる。
かくいう私も自動車に興味があったわけじゃなくて、閉店間際のビデオレンタル屋でワゴン売りされてたものを百円で買っただけではあるんだけど。
作中で父・佐吉が口にした「止まらずに、走れよ」という台詞が今でも頭に残っている。
「おおっ、じゃあ大和もエンジン開発までの障壁とかちょっと分かる感じか?」
「え、いやいやそんなまさか。あれ伝記映画だし、なんか馬力がどうとか言ってたけど正直全く覚えてないよね」
まあ私が細かいディティール覚えてたらちょっと話出来てたんだろうけど、もう二年ぐらい観てから経ったからさすがに覚えてない。
でもなんか、同じ話をしているのに噛み合わないことが。
ほんとならちょっとストレスに思っても不思議じゃないのに、その新鮮な感覚がなぜだか少しだけくすぐったかった。
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「かはーっ! 暑い日はやっぱこれに限るねえ!」
産業技術記念館から少し南、地元の焼き物企業が運営している公共の都市庭園の一角。
人工的に整備された小川のほとりに並ぶ三人掛けのベンチに二人で座りながらボトルを呷る傍ら、そんなことを口にした。
「なんでそんなおじさんみたいな」
「へへ、ちょっと言ってみたかっただけ」
さっきのはちょっとふざけた自覚はあるけど、今日の日差しがかなり強いのは変わりない。
ブラウスの胸元を摘みパタパタと煽る左手の反対には、無色透明の炭酸飲料のボトルが手にされている。
小川の向こうでハトに餌をやっているはた迷惑な爺さんを眺めながら、炭酸飲料のボトルをちびちび飲み続けた。
でもなんかルイの言葉数が急に減ったな。
私があまりにもくだらないことをするから反応に困っているのかな、なんて思いちらっと彼の方へ視線を向ける。
「……ッ!」
今、私のこと見てたよね。なんで目逸らしたんだろう。
「ルイ、どしたの?」
「いや……その、だな」
ルイは頬をぽりぽりと掻く動作をしながら、言いづらそうに続きを口にする。
「ちょっと、左手が……」
「左手?」
そう言われて自分の左手へと目を向けると、相変わらずブラウスを摘み続けていて——。
「ッッッ!」
その時になって初めて、ルイが私から目をそむけた理由に気が付いた。
「そそそそうだよね! 香蓮から借りたやつだから伸びちゃったら悪いよね!」
あーもう嘘つき、そんな理由じゃないでしょ!?
ルイも手持ち無沙汰か気まずさか、ベンチの上に乗っていた小石を川に投げ入れている。
「ちょ、ちょっとルイー! あんまそうやって池とか川に物投げ入れてると香蓮にぶつくさ文句言われちゃうよー!?」
あーダメだ、自分でも何言ってるか分かんない。
一回冷静になる必要を噛み締めながら、もう一度ルイの方へと目線を向けると。
ルイは意外にも毅然とした表情を浮かべていて。
でもさっきの出来事を全く気にしていないというよりも、彼にしか見えてないものがその顔に影を落としている気がして。
「……なあ大和。鈴原さんとは最近どうなんだ」
「えっ、香蓮と?」
かと思えば、唐突に香蓮の名前を出してきた。
確かに今香蓮の名前は出したけれど……どうしたんだろう、藪から棒に。
別に秘密にするようなことでもないし、深く考えることなくその問いに答える。




