第10-5話:許さないからね
赤レンガ造りの古めかしいカウンターでチケットの交換を終え、ルイの言うままにエントランスロビーへと出る。
「……おお?」
産業技術って言うからもっと油とか機械音をイメージしてたんだけど。
現代の美術館を思わせる白を基調としたエントランスロビーの解放感に小綺麗さ。
右手の窓の向こうには美術館を思わせる中庭、左手には小さなレストランまであって、意外とちゃんとした「博物館」になってるのに拍子抜けを食らった。
でも、どこまでいってもここは産業技術記念館。
入って最初に待ち受けているのは大きな噴水でも想像を絶するほど大きな現代美術作品でもなくて、てっぺんに大きな布のロールを携えた機械。
サイズ感的には大きめなエレベーターにならギリギリ収まりそうなぐらい。
真ん中の円盤状のところから無数の白い糸みたいなものが垂れ下がっていて、周りにはメガネを掛けた職員らしきおじさんが、指示棒を手にしながら周りを見渡していた。
「ねえ、あれ何やってるの? 布を切ってるの?」
「おっ、僕にそれ聞いちゃうか」
何の気なしにルイへと問いを投げかけると、彼は少し得意げになりながらこちらに上目遣いを送ってきた。
ルイ、こういうの好きなのかな。
そういえばロベールの蝋人形も「ロボコン準決勝三連敗中」とか言ってたっけ。
なるほどね、だからこの場所選びなのかと腑に落ちる。
もちろんそこに女の子を連れて来たことの良し悪しはまた別だけど。
「あれはな、布を切ってるんじゃなくて細い糸から布を作る機械なんだ」
考え事もほどほどに、得意げに解説を始めるルイの口調に耳を傾ける。
最初は興奮気味に語りだしたルイだったけれど、私の方へ目線を送る度に少しずつ喋る速度を落としていった。
けれどテンションが下がったという感じは全くしなくて、はきはきとしながらも聞き取りやすい声で解説を口にしている。
「へえ、昔はこんな機械で作ってたんだ」
「いいや、今も基本的な仕組みは変わってない。そうだな……おっ、ちょうど始まるな」
ルイは左腕の時計をちらっ眺めると、そんなことを口にする。
「ちょうど良いって、何が……」
私が言いかけたところで、機械が音を立てながら動き出す。
真ん中に掛かっていた赤茶色をした輪っかが、落とした丸いお盆のように大きくバランスを崩しているみたいに回っている。
指示棒を持ったおじさんが説明しているところから見るに、多分デモンストレーションか何かだと思うけれど……。
「ねえ、動いてるのは分かったけどなんかすっごい遅い気が——」
動きはすごく緩慢、風呂敷一つの布地を作るのにどれだけ掛かるか分からない。
テレビで見た工場特集と比べると全然おっそいな、と思ってルイの方へその視線を向けると。
「電子制御のない全物理駆動の純粋な工学機構に、シャトルの円運動が織りなす美しい合理性……ふん」
ルイは左頬と瞼をひくつかせながら、意味の分からない言葉の羅列を詠唱していた。
うあ……私が趣味語りする時と同じ顔してる。
見たくないってよりも、私も二人に同じ負担掛けてないかなって不安になってくる。
「お、おっと。こほん。醜いところを見せちゃったね」
「べ、別にそれは良いんだけど」
今度から私も気を付けようって思えたから大丈夫だよ、とは口が裂けても言えない。
ルイから目を逸らしつつ本気でそんなことを猛省していると、彼は一転その表情へ僅かに影を落とした。
「……ごめんね、ちょっと退屈だよね」
「えっ、別にそんなことは」
ここに入る前なら文句の一つでも湧いて出てきたかもしれないけど、今は壊滅的に退屈している感じはしない。
施設そのものよりもルイの反応や解説が面白いからではあるけど、だからってそんな気を落とさなくても。
そうやってフォローしようと思った節から、ルイは言葉を紡いでいく。
「ここへはな、年に何回かよく来るんだ。ちょっと考え事とか、悩みがあるときに」
「考え事とか、悩み……」
そういえば、そもそもデ……遊びに誘われた経緯が、悩みがあるって文脈だったっけ。
「ここに来ると少し落ち着けるんだ。でもちょっと考え直すとさ、もっと他のとこのが良かったかなって思えてきて」
……まぁ、最初っからここで大丈夫だったよと言えば嘘になる。
事前に気付いて欲しかったのが本音にはなるよね。
でも退屈だって決めつけて、急に気を落として。
「ねえ、ルイ。昨日一人で何考えてたの?」
だからこそ、このまま何も話さずに終わるなんて許さない。
退屈なところに巻き込んでる自覚があるのなら、それは尚のことだ。
「……ありがとう、大和」
ルイはその表情を少し明るくすると、僅かにはにかみながら首を傾げる。
けれど、その続きが今すぐ口にされることはなくって。その足で、機械の奥にある別館の入口へと向かうルイ。
「でも、まだ決心がつかないんだ。だから、それまで付き合ってくれるか?」
……言うに言えないことって、ルイにとってはそんなに重たい悩みなのか。
胸の中で不安の芽が芽吹いたことから目を背けつつ、私は彼と目を合わせながら快諾の言葉を口にした。
「いいよ、付き合ったげる。けど、このまま宙ぶらりんなんて許さないからね」
もう、投げっぱなしなんて許さない。それは自分のことも、ルイのことも。
自分にこんな感情があったことに驚きつつも、私はルイの元へと足早に歩みを進めた。




