第10-4話:許さないからね
「ル、ルイ……!」
いつもと変わらない栗色の毛をしたぱっつんのメンズボブ。
その琥珀色をした瞳を大きく見開いて、私のことをただ何も言わずに眺めてきていた。
その装いは、ちょっとした柄の入った白いシャツの上から、触り心地の良さそうな薄手生地の紺色の上着を羽織っていた。
スタイリッシュに振り切らずに、けれど今日が学校でのプライベートの日だってことを全力で主張してくるような装いで。
っていうか、あと集合時間まで二十分はあるのになんでこんな場所にいるの?
けどそれは私の方も同じか、なんて内心でツッコんでみても今目の前にルイがいるって事実は変わらなくて。
彼を目の前にして、意図せず思考が空回りし続ける。
「あ、ああ。大和。は、早い……ね」
電車から降りてきた一団がすぐそこにある改札口を通ったあとになってから、ルイはやっとその口を開いた。
でも、その反応はどこか余所余所しくて。
そればかりか、一度口を開いてからというものの全く目を合わせようとしない。
……もしかして、さっきお手洗いであれこれいじりすぎた?
香蓮に合格をもらったのは行きの電車に乗る前だし、その可能性もある。
ってか、あれ、なんか、私。
あーだめだ、自分でも分かるぐらいにあがってる——そう自覚した頃になって、ルイが少し申し訳なさそうに口を開く。
「その……前私服見た時と随分違ってるのと。今日がそういう感じだって思ってなくてさ」
やり場に困ったように、右手で頭を掻くルイ。
そして泳いでいた目がぴたっと止まり、そのままゆっくりと私の方を向く。
「すごく、似合ってるよ。大和」
「…………!」
そ、そっか。ちょっと戸惑ってただけか。
でも、考えなしに黙り込んで相手を困らせるのはいただけないよ。
そうやって軽口混じりに釘を刺そうと思ったのに。
「あ、ありがとう」
恥ずかしさに混じって、正直な声が漏れてしまった。
「……! ほ、ほら行こう。ずっとこんなとこいるのも迷惑だし。チケットももう取ってあるから」
「そ、それもそうだね! 行こ行こ!」
誰も居ない駅構内に、迷惑もなにもないでしょ。
それに対してツッコんでしまえば、彼についていく後ろで私がどんな顔をしているのか見られてしまう。
だから、お互いの顔を見ないためにその言葉を必死に呑み込んだ。
あれ、でもチケットといえば。
そういや今日ルイと一人で会うってことにかまけすぎて、どこ行くのか聞いてなかったや。
……まあ、ルイと一緒なら大抵どこでも楽しいだろうからいいか。
******
「……え?」
そうやってルイのことを信頼してあとをついて来ていたのに。
彼が入っていこうとしているレンガ造りの建物の正体を知って開いた口が塞がらなかった。
いやいや、見間違いでしょ。
目元を擦ってから見てみてもその文字は霞むばかりかはっきり見える。
いやいや、ただ通り道になってるだけでしょ。
ルイはその入口に真っ直ぐ向かってるし、第一敷地を道代わりにするのは迷惑か。
「えっ……トヨタ産業技術記念館なの?」
さっきまでのわくわく気分はいったいどこへやら。
震えた声でその一文を読み上げながら、ちょっと遠くで私のことを待つルイへと視線を向ける。
「え、いや、あの。え」
うーんと、私は機械とか車とか特に好きじゃないただの映画オタクで。
その女の子をルイは趣味丸出しの博物館に連れて来ていて。
私が「映画館がいい」なんて言うと同じ土俵まで落ちるから黙るけどさ。
ちょっとこう、手心っていうかさ。
もう言葉を選ばずに言ってしまうなら——ルイの、正気を疑った。
「ん? どうしたんだ大和。先行っちゃうぞ?」
肝心のルイ本人は上着のポケットに両手を突っ込みながら一切の濁りのない瞳でこちらのことを見つめている。
ああ、これなんにも気が付いてないやつだ。
「……うん。分かった。すぐ行くね」
なんかもう、いいや。
チケット代はルイ持ちみたいだし文句は言えないよね。
……その代わりに今度、マイナー映画上映にでも付き合ってもらうか。
今からでも私持ちでいいから他所にしようと言いたい気持ちを抑えながら、私は慣れないヒールの小さな歩幅で彼のもとへと歩み寄っていった。




