第10-2話:許さないからね
「……開けて良い?」
香蓮と向き合いながら席につき、目の前に置かれた空色の箱に手を添える。
「ふふ、めぐちゃんのなんだからいつ開けても――あっ、なんなら私が食べちゃおうか?」
「だ、ダメだよ! あ、でも香蓮が作ったやつだから香蓮が食べてもいい……のかな」
「もー冗談だよ、ほら早く早く!」
なんて言いながらどこかそわそわとする香蓮を横目に、私はその玉手箱を開けた。
ソーセージ、だし巻き卵、ボイルしたブロッコリーに、隅っこに添えられたミニトマト。
その隣には石英みたいに光る米粒がところ狭しと敷き詰められていて、その端っこにはデザート代わりのこんにゃくゼリーが鎮座していた。
とりあえずお腹を満たせるけど、どこか虚しいコンビニ弁当じゃなくて。
不器用な並びで、けどその一つ一つが小さな宝石みたいに光るお弁当。
「めぐちゃんがどんなの好きかわかんないから無難な感じになっちゃったけど……どうかな」
「全然! っていうかほんとに食べるのが勿体ないぐらいだよ。てこのまま持って帰ってさ、ショーケースとかに飾っても良い?」
「ちょ、ちょっと! 大げさだよ!」
だなんて香蓮は言うけど、出来るならそうしたぐらい浮かれちゃってる自分がいる。
「めぐちゃん、そうやって喜ぶのは良いんだけど。一つだけ聞きたいことがあって」
「ん、いいよ。なあに?」
何かな、ちょっとお弁当のメニュー融通してくれるとかかな。
私としてはこれで十分すぎるぐらいだけど、もしかしたら冷凍のチープなナポリタンとかあってもいいかもしれないなんて思ったり——。
「一年の頃、『めぐちゃん一人暮らしでお昼用意するの大変だろうし、私がお弁当作ろっか?』って言ったらめぐちゃんなんて言ったか覚えてる?」
「えっ……そう言われたのは覚えてるけど、なんて返したかまでは覚えてないかも」
ちょっと待って、ナポリタンとか言ってる場合じゃない。なんて言ってたんだ一年前の私。
って言ってもあの時の自分に対する信頼なんて既に毛頭無い、多分碌な返答してないんだろうけど……。
「私の記憶が確かなら、『お弁当なんて自分で毎日作って来れるからいらない』って言ってたと思うんだけど」
「うぐっ」
「それでめぐちゃん、去年何回お弁当作ってきた?」
「……ニジュッカイグライ」
嘘、ほんとは最初の三回しか作ってきてない。
中学でお弁当が必要だったときに自分で作って「なんだ、楽勝じゃん」って油断したのが始まりだったっけな。
でも高校生になっておじいちゃんの家を出てからというものの、ありとあらゆる家事を自分でやらないといけないばかりか、そこに加わる異能者の襲撃。
それでお昼を作ってくるって話がまず無理だし、しかも歪みまくってた私が香蓮の善意を受け取ることが出来るはずもなく。
今思えばなんて不届き者だったんだろうと、過去の私を叱りつけたくなる。
香蓮に聞こえるぐらいの声で「いただきます」を言って口の中へ放り込んだソーセージを舌の上で転がしながら、そんなことに今更気がついた。
まあほんとに今更過ぎるんだけどさ。
そうやって他愛もない会話をしながらお弁当を粗方食べ終わって、あとは香蓮が別の容器に入れて持ってきていたこんにゃくゼリーをつまむだけになった頃に。
片付けをしていた香蓮が「あ、そうだ!」なんて急に言いながらその場から立ち上がった。
「どしたの、香蓮」
「ねえねえ、見てみて! 夏用スカートおろしてもらったの!」
そう言うと香蓮は、近くの机に手をつき、左脚を軸にしながらその場でスカートをひらひらと踊らせる。
現代的な明るめな紺色のブレザーを制服にするうちの高校でも、夏用スカートの端の部分が若干透けるのはその例に漏れず。
スカートの向こうの、陽の光が差し込む床が透けて見えるのが面白い。
「いいね、私もそろそろ夏服引っ張り出して……」
でも香蓮のスカート姿なんて見慣れてるはずなのに、どっかおかしな気が……。
「ってなんかスカート短くなった?」
珍しいな、今までずっと香蓮って言ったら短くて脛までのスカートだったのに。
ミニスカってほどじゃないけど、他の女子が膝丈ギリギリを攻めるなか、香蓮は我道をゆく万年ロングスカートだったんだけどな。
「イメチェン的な感じ?」
「んー……イメチェンっていうか」
何気なくそうやって聞いてみると、目を大きく見開いた香蓮が言いづらそうに言葉を濁す。
あれ、今私そんな言いづらいこと聞いた?
「イメチェンっていうか?」
特に思い当たりがないためオウム返し的に返事をして促してみると、香蓮は少しだけしどろもどろになりつつそれに答えをくれた。
「…………スカート短いと、めぐちゃんが嫌がるかなって思って」
「えっ……私!?」
ちょっとそれは予想外が過ぎる。
確かに今まであれこれ香蓮の生活に口出してきたけど、露出に何か言ってきた覚えはない。
短くなったスカートに目を向けてみても、ちょっとスカートがたなびいた時に香蓮の砕けた右膝の皿がチラついてちょっと心臓が締まる感覚を覚えるぐらいで——。
「……あっ、これか」
ああ、なるほど、うん。
香蓮の言う「嫌がる」ってのとはちょっと違うけど、それでも不意のタイミングで飛び込んでくると心に来るのは変わりない。
これについては直接言ったわけじゃないけど、そっか……我慢させちゃってたのか。
「……香蓮、もしかしたら私って重いのかも」
徐に口にした言葉に「えっ、今更?」と返す香蓮の声を耳に挟んだところで、机の上に置いていたスマホが強くバイブレーションした。




