第9-2話:これから
「初めて会った日、戦いが終わったばかりで大和が疲れていそうだとか、もう少し遊んで仲良くなってからとか言い訳せずに。もっと僕が早く本題を切り出していれば」
もし何かをしていれば。もし何かをしていなければ。
それはこの六年間の間どこかで、主に自分の声として聞いたもので。
香蓮やルイに昨日それを咎めてもらったばかりだからこそ、それを見逃すことが出来なかった。
「ねえ、ルイ」
僅かに早口になりながら、片目をひくつかせていたルイの名前を呼ぶ。
彼は私の存在に今気が付いたみたいにハッとした表情を浮かべると、真っ直ぐ目線を合わせてきた。
身体の上に掛かっていた毛布を退けて、マットレスの上でお尻を地面に着けるみたいにへたり込む。
「まずだけどさ。香蓮やルイにはなんともないし、私の方も身体の自由とか命がすぐに奪われたりするわけじゃないんでしょ?」
「……そうだ」
「なら私は大丈夫。前に進めるから」
「で、でも」
「それにさ。そうやって自分のせいばっかにしてると、今度はルイが香蓮からいびられちゃうよ?」
鳩が豆鉄砲を食らったような、ってのはこういうのを言うんだろうな。
私と真正面から向き合いながらも、ぽかんとした表情を浮かべるルイ。
「…………ふふっ……ハハッ!」
かと思えばルイは口角を上げ、くすぐられたられたみたいに笑い始めた。
目から疲れも取れていなくて、口角の上がり方も僅かに緩む程度の笑い。
「ちょ、ちょっと。何笑ってんのよ」
「いいや、鈴原さんに『鈴原さんの説得、大和にはいびられてるのと同じだったんだって』ってチクらないといけないなって思ったのと、あと——」
そう言うと笑うのをやめて、鼻で大きく息を吸いうルイ。
どこか懐かしそうな目をして、首を傾けながらゆっくりと言葉を紡いだ。
「ほんとに、大和は変われたんだなって」
「変われ……た?」
私が、変わった。
そう言われても、その瞬間だけは信じられなかった。
今まで通りがモットーで、そのために塞ぎ込んできた私が変わったなんて、そんな。
でも思い直してみれば、罪だとか、償いだとかばっかりが前に出てたこの六年が。
昨日の今日で香蓮と真っ直ぐ向き合いたいと思えたり、前に進みたいと思えるぐらいには変わったことを。
もっと言えばこうやって内心で自分が塞ぎ込んでたことを認められたり。
落ち着ける場所でその事実と向き合って、初めてその変化に気がつけた。
「そっか。私、変われたんだ」
これから先は圧倒的な何かの鎖に繋がれて、そして今までにも増して命の危機に隣り合わせになるかもしれないのに。
変われたのかもしれないと認めて、なんだか少しだけ声がうわずる。
私がこうして変われたことが、一歩を進めたことが、それを覆い隠してしまうぐらいには。
ちょっとだけ。ちょっとだけ、嬉しかったからだと思う。
「ふふ……ありがとう、ルイ」
少しだけ、目を細めて。
それでいて、自然と今までで一番ほころんだ表情でそう言った。
「どあっ!? ど、どうしたんだいきなり!」
「んーん、別に? ただ言いたくなっただけ」
「そ、そうか。感謝は大事だからな、うん」
なぜだか焦りを顔に浮かべるルイ。
自分が取り乱している理由を早口で説明するルイの言葉に耳を傾けていると、その後ろのドアがゆっくりと開いた。
「本田ルイさん……と、並びに大和めぐみさんですね」
そこから姿を現したのは、濃淡入り混じった緑色の制服に身を包んだ軍人。
軍の階級とか序列は分からないけど、これだけ軍と関わりを持っていれば「少しだけ偉い人」ってのは分かるぐらいの装いだった。
「あ。ごめんなさい、忘れてました。大和の意識は戻りました!」
「それは良かったです。報告しておきますね」
ちょっとちょっとルイさんや、やることほっぽり出して私とお話してたのかい。
相変わらず抜けてるところあるな、って心の中で少しだけ笑いが起こる。
「お知らせですが、鈴原香蓮さんの意識が戻られました。お二方をお呼びです」
「「……!」」
香蓮の意識が、戻った。
それを耳にして、心臓の鼓動が少しばかり早くなる。
「わ、分かりました! すぐ行きます!」
「じゃあ私はここらで失礼します」
ルイと軍人の会話を聞く横で、高鳴る胸の鼓動を右手で抑え込む。
でも、今までみたいに焦りや自分を追い詰めたことから来る動悸じゃなくて、おかしな緊張が鼓動を早くしていることは容易に理解できた。
「どうした、大和?」
「ちょっと待ってね……スー……ハー…………よし!」
深呼吸を終えるとベッドの上から脚を垂らし、すぐ近くに揃えられていた靴に履き替え、立ち上がるとともに自分の胸元を一度「どん!」と拳で叩いた。
その勢いのままルイのことを後ろから追い越し、ドアの前まで歩いていく。
私とルイの戦いは終わった。それも、一度の甘い勝利のあとに惨敗する形で。
でも、まだ私の戦いは。本当の戦いは、終わっていない。
「決着、つけてくる!」
ドアノブへ手を掛けながら、私は振り返りざまにルイへそう告げた。




