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第8-4話:始まりの王

「……え?」


 視界を覆っていた光の痕が晴れると同時に飛び込んできた光景に息を呑んだ。

 さっきまで目の前にあったはずの廃工場の群れが、目の前から蒸発するように消えていた。


 残されたのは巨大なクレーターと、その真中に浮かぶあの青白い雲だけ。

 クレーターの壁面はぐつぐつと泡立ちながら煮える。

 そこへ流れた海水が白い煙をあげながら蒸発し、熱気と磯の香りが同時に押し寄せ、それに頭がくらんだ。


「何が……起こったの?」

 

 目の前で起こった異常に、思考が停止するも――導き出される事実は一つしかない。


「次元が……違いすぎる」

 

 けど、今はそれより。

 退路を塞がれた挙句、足を止めてしまった事実が思考を圧迫する。


 でもどうするの? このまま切返して別の経路を探すの?

 けどこれを直撃させられたらひととまりも――。


「――大和ッ!」


 私が目の前の光景に立ち尽くしていたその時。

 あの紺色の一枚布が目に入るのと同時に飛び出したルイが()たれ、宙を舞った。

 吹き飛んだルイの身体は、埃を舞わせながら台に叩きつけられて力なく倒れる。


「ル……ル……ルイッ!」


 過呼吸がぶり返し、声に涙が滲む。


 そしてさっきまでルイの居たところには。

 ルイへ腕を振るった、ロムルスだけが残されていた。


「どこへ行く」


「ッ!?」


 身体をロムルスの方へ向け直し、香蓮を左肩で抱えて無鋒剣(カーテナ)を取り出す。

 一歩、また一歩と後ずさると同時に、あの身体の芯が冷える感覚が戻ってくる。

 

 ルイは無事? 戦って勝てる相手?

 抵抗しても無駄。死にたくない。

 

 ちぐはぐな思考が、脳の中でぐちゃぐちゃに絡む。


 そんな私をロムルスは悠々と見下ろす。

 男の人と同じぐらいの背丈があるはずの私を、それでもなお(うえ)から。


「……本当にこの女なのか? まあいい」


 独り言もそこそこに、後退った私へ距離を詰め直すロムルス。

 

「ピエエエエ!」


 ロムルスへ決死の特攻を試みる黒鳥がトタン屋根を貫き、、本物の月明かりが差し込む。


「……」


 その試みも、ロムルスが指で弾くようにして放った何かに撃ち落とされた。

 暗闇に舞う黒い羽が、状況の現実を際立たせる。

 

 ――もう、手立てが、ない。

 悪魔(リヴァ)の力でも刃が立たない。

 

 逃げられない。戦えない。奇襲も通じない。

 どうすれば勝てるの? どうすれば逃げられるの?

 考えれば考えるほど、その理不尽さだけが前に出る。


 力むようにしながら立っていた脚も笑い始め、香蓮を抱え込んだままへたり込む。

 ロムルスへ切っ先を向けていた無鋒剣(カーテナ)も震え、カタカタと音を鳴らす。


「……宝飾刀の類か」


 しっかり、握り込んでいたはずなのに。

 ロムルスは無鋒剣(カーテナ)の刀身を掴むように取り上げられた。

 舐め回すように眺めるものの、飽きたのかすぐにそれを投げ捨てる。


「ダメ……ダメ……!」


 なおも距離を詰めてくるロムルスに。

 香蓮を抱え込むようにしながら震えることしかできなかった。


「女を降ろせ」


「……ダメッ! それだけは!」

 

「……」


 ロムルスは軽く鼻で溜息をつくと、のそっと伸ばしてきた左手で私の頭蓋を掴む。


「ぐああああ!!」


 瞬間。

 脳が煮えるような感覚が、身体の全神経を刺激する。

 生き物としての(さが)が、香蓮を降ろして抗えと訴える。

 

 私はそれに抗いきることができずに、香蓮を抱える腕が緩んだ。

 香蓮の身体がドサッと音を立てながら落ちかけ――その襟首を、香蓮の頭が地面へと落ちる寸前に左腕で掴んだ。


 次いでロムルスに掴まれた右腕にも酸や熱で焼かれたような痛みが走り、自分の声帯とは思えない獣のような絶叫が工場にこだまする。

 私の精一杯の叫びが響き渡る最中、おもむろにロムルスが言葉を紡ぎ出す。


「者よ。我が腕となり、剣となり、盾となれ。時にはその命を以て主を死守し、時にはその命を以て敵の将を討て」

 

 いつ終わる。

 永遠?

 このまま死ぬ?

 遠のく意識の中、弱々しい力でロムルスの身体を蹴り、全力で抵抗しようとするも、全て無意味に終わる。

 香蓮の襟首を掴む手の力だけが強くなり、その力で手の骨が軋む。

 

「我が臣となる其の契約をここに発す」


 同時に痛みがその激しさを増す。

 もはやその意識を保つことさえ困難になるほどに。

 涙腺のリミッターが壊れ、涙がみっともなく溢れ続ける中、到底人のものとは思えないような叫び声をあげることしかできなかった。

 

 そして腕に熱い何かが押し当てられるような感覚が走った瞬間。

 次の瞬間、いきなり頭を離され、私の掴んでいた香蓮の身体とともに放り投げられる。

 身体が地面に直接横たわり、そのまま身体の力が抜けていく。


 掠れていく視界に入っていたのは、私の身体の上で倒れる香蓮、そして立ち去るロムルスの姿。

 横を向けばルイの姿もあるのかもしれない。

 精一杯首を動かそうとするけど、錆びついた部品みたいに動かなかった。

 

 

 遠のく意識の中でエンジン音やヘリコプターの羽音を耳にする。

 軍隊か、警察か。

 この際なんだっていい。

 

 せめて、二人だけでも。


 視界が狭まり、闇に覆われるなかで、密かにそう願った。

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