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第8-3話:始まりの王

「聞くが……お前がヤマトメグミで間違いないか?」


「……!」


 聞かれた。

 私の名前。

 今までの人生で何回も、何回も呼ばれてきたその名前を聞かれただけなのに。

 声帯がピンと張った膜のように強張って声が出せない。


「——王が、聞いているのだ」


「……!」


 その言葉に、反射的に首を縦に振る。

 この男の機嫌を損ねるべきじゃないってのを、脳じゃなくて脊髄で学ばされる。


「そうか」


 ロムルスはそうとだけ零すと。

 右足を一歩、前へ出した。

 

 次は、左足を。

 その次は、右足を。

 こちらへ、歩み寄ってくる。

 

 ――カウントダウン。

 頭にそんな単語が過ぎる。


 予定された死に、思考をフルで動かして抗う。

 脳が焼き切れ、逆に思考が止まる。

 

 どうすれば助かる? 

 せめて香蓮だけでも。

 けどルイは? ルイも死ぬの?

 それは――


「なあ、大和」


 ロムルスへ注目するあまり、目を向けられていなかったルイが。

 蚊の羽音のような弱々しい声で、私へ語りかける。


「逃げろ。鈴原を抱えて。僕もあとでいく」


 短く、要点を得た命令。

 そこに絡められた「あとでいく」というあからさまな嘘。

 

 ルイは命を賭けている。

 その事実に、恐怖で覆い隠されていたものが呼び起こされる。

 

 ――そうだ。私、何やってんだ。やり直すんでしょ。今の人生を。

 

 こんなところで、足を震わせてる暇なんてない。

 ルイの覚悟が、上がった香蓮の体温が私の心に火を付ける。


「分かった。逃げる。けど――」


 香蓮を左肩で担ぐように抱え、ルイの制服の袖口を掴み、駆ける。

 全力で駆けたがために、ルイの身体が浮いて旗のように翻る。


「ッ!? なにやってるんだ!?」

 

 言われたとおりに逃げる。

 でも香蓮と二人じゃダメだ。

 私を友達と呼んでくれた人を、友達を置いていくことなんてもうできない。


「大和っ! このままだと三人まとめて――」


「うるさいっ! 私の心配するぐらいなら自分の足で走って!」


「……分かった」


 ルイも自分で地に足をつけ、私の後ろを追いかけ始めた。

 そう、それでいい。三人じゃないと意味がない。安堵にもならない、僅かな落ち着きを感じながら、もう一度鉄と錆の中のジャングルへと駆け込む。

 

 この廃工場は広い。真っ暗で、埃っぽくて、入り組んだジャングルだ。

 ここに隠れて、逃げに徹せれば勝ち筋はある。


 それに、ロムルスはなぜか追ってきていない。

 上空の黒鳥からも、首を鳴らしながらただその場に立ち尽くすロムルスの姿だけが送られてくる。

 このままだったら、視界を切れる。


 僅かに希望を見出した瞬間。

 黒鳥から送られてくるロムルスの姿が、僅かな残像だけを遺して忽然と消えた。

 ロムルスの佇んでいた場所には、あの青白い雲だけが残されている。


 さすがに動かれた。けれど、逃げるだけなら地の利はこっちのもの。

 工場の中を何棟も縫うように、またドア枠をくぐって別の棟へと移ろうとした瞬間。


「ッ!?」

 

 目の前から差す眩い光が視界を覆う。

 それと同時に全身で感じる熱線。

 無意識に、その熱線から守るように香蓮を深く抱え込む。

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