第7-5話:ありがとう
確かな決意とともに一歩前へ足を出すと、私が前に出ることを予想だにしていなかったのかその顔をくしゃっと歪めるジャン。
残り五本とはいえこの距離、一太刀でも対応を違えればひとたまりもない。
命を差し出してチャンスに賭ける。
前とやってることは同じかもしれない。
けれどその中には濃く曇った罪悪感はなくって。
ただ前に出なきゃいけない。
前に進みたくって……!
一か八か。
「がああああ!」
待ち構えるジャンへ、一歩を踏み出したその時だった。
「「!?」」
ジャンの足元へ降り注ぐ、一本の光の筋。
いきなりのことに大きく一つ後ろに飛び、息を整えながらそれを見つめた。
でもそれはどこかで見たことがある光で、このすっかり暗くなった港湾部を眩しく、そして優しく照らしていて——。
「……ルイッ!?」
その光の持ち主は一人しか思い当たらない。
でも彼は意識がなく戦えないはずで。
振り返ると、そこには右手の中指と親指の腹を合わせながら誇らしそうな表情を浮かべる彼の姿があった。
「……一回、言ってみたい台詞があったんだ」
言葉だけは余裕のありそうなルイ。
でも頭を上げるのもやっとで、額に血を垂らしながら、背を車のドアに預けている。
とても戦える状況じゃないのに……彼の睨む先には、ジャンが捉えられていた。
「……チェック、メイトだ!」
直後、周囲が昼間のように明るくなる。
その光の大元は、上空に浮かぶ満月……いや。
私たちが今まで満月だと思っていた光球。
元からそこに満月なんか無かった。
そこにあったのは、ルイが持てる光球を全て併せた特大の秘策だけ。
今までルイ以外の全員が騙されていた。
はるか上空の光球から発された光が、一気に収束する。
「……来るッ!」
直後、ジャンへ今までとは比にならない光線が降り注ぐ。
周囲は薄目を開けるのがやっとなほどの眩い光で埋め尽くされる。
「ぐああああああ!」
ジャンも咄嗟に残っていた触手でそれを受け止めようとする。
焦げた肉の匂いが、一瞬遅れて鼻を突いた。
——勝った。
圧倒的な光景を目の当たりにしても、そうは思えなかった。
苦し紛れにも、ジャンが光線を押し返している。
均衡が、崩れる。
間引かれた触手の本数が少なかったのか、まだ決め切るまでには足りない。
——なら、残りは私が。
右手を大きく天に掲げる。
これは、私が望んだ戦い。
私が、未来へ一歩踏み出すための戦い。
だから、私が終止符を。
「貫け!」
掲げた手を振り下ろし、そう命令する。
瞬間、黒鷲は大きく急降下し、光線を防いでいた触手のうち二本を貫いた。
「このっ……ガキッ……!」
残り三本。
まだ、ジャンの触手は残っている。
あと一回、あと一回貫けば——もうその必要は無かった。
「……お、俺が死ねばあのガキの毒は解けんぞ!」
残りの触手が、ルイの光線に耐えきれずに破裂するように消えていく。
「……フハッ! 正義ヅラしておいて人殺しか!? だから、今すぐ、この光線を!」
ルイは、誰も殺さないと約束してくれた。
だから、大丈夫。
信じられる。
そう思えた自分に気がつくとともに、彼女の顔が思い浮かぶ。
香蓮。
ごめんね。
そして、ありがとう。
一歩を踏み出させてくれて。
直後、ジャンの声が廃工場の一角へと響き渡る。
「この、小童どもがあああああああああああ!」
ジャンの本体へ光線が降り注ぎ、衝撃が暴風となり吹き荒れる。
建物や車の窓ガラスが割れ、葉をつけたばかりの木から葉が剥がれ落ちる。
——僅かにでも目を開けていられず、咄嗟に目を瞑った途端。
視界が黒鷲へ切り替わった。
ルイの光球が、解き放たれる光が小さな太陽のようになって、ここら一帯の港が昼間のように明るくなっている。
焼けたアスファルトから立ち上る白い湯気が、地上を薄く覆う。
…………ついさっきまで戦いの最中にあったのに、こんなことを思うのは緊張が緩みすぎているのかもしれない。
それでも私は、ルイが差した光で照らされる街に思わず見惚れてしまっていた。




