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第7-3話:ありがとう

 だけど。止めきれなかった。

 勢いの弱まった触手が、私のみぞおちを的確に突く。


「ガッ……!」


 その衝撃で後ろへ吹っ飛ばされる身体。

 私の身体は砂の上を転がり、汗ばんだ身体が砂塗れになったところで止まった。


「……ハアッ! ……ハアッ!」


 手を突いて起き上がろうとすると同時に、口元から胃液とも唾液ともつかないものが漏れ出る。

 

 強化は間に合った。

 勢いを殺せたのもあってか、骨が折れている感じはしない。

 けれど、その中身までは間に合わなかった。

 破裂しかけた心臓が、握りつぶされるみたいに痛む。


 無鋒剣(カーテナ)を突き立て、なんとかその場に立ち上がった。

 少しでも息を整えようと肩で息をしようとするも、そんな願いが通じる相手じゃないのは最初から分かりきっていた。

 立ち込める砂煙から、あの醜い身体が姿を現した。


「んふっ……良いザマだぁ!」


 触手の数は……十本。一本しか削れなかった。

 パイプが突き刺さり出血している触手もあるけど、思っていたほどのダメージを与えられていない。

 けど、それ以上に問題なのは。

 駐車場か資材置き場だったのか、ここが開けた土地なこと。

 周りにあるのは車やちょっとした廃材ばかりで、身を隠しながら隙を伺うための遮蔽物が見当たらない。


(ルイはまだ……!? じゃないと、そろそろ……!)


 万策尽きたわけじゃない。

 けど、この手段で稼げる時間はそう多くはない。


 私の中で焦りがねずみ算式に増えていく傍で、ジャンは気色の悪いにへら笑いを浮かべている。

 そしてその場から動かない私へ、ジャンはそろりそろりと二本の触手を向けてくる。


 ……舐められている。

 けど好都合。ルイの、言った通りだ。


 この状況、やるべきことは的確に私を捕らえること。なのに、まるで割れ物を扱うみたいにそろりと触手を向けてくる

 つまり――ジャンは、私を殺せない。


「……今だ」


 その詰めの甘さへと漬け込むように、ぼそりとそう口にする。


 私が唐突に発した言葉に目を見開くジャン。でも、合図を出したのはルイでも誰でもない。

 上空から黒い鳥が一羽、触手へ向けて急降下する。


「ピエエエエ!」


 そのまま彗星のように触手を貫く。一本が弾け、一本は触手の腹をえぐられる。

 弾けた触手は光の粒子となって消え、もう一本もジャンのもとへと手繰り寄せられていく。


 黒鳥はそのまま大空へ急上昇して勢いを殺すと、ゆっくりと私が掲げた左腕に留まった。


「なんだ、そのワシはぁ!」


「……そうなんだ。この子、ワシなんだ」


 種類が分かっても別にすっきりはしない。

 

 リヴァから与えられたモノというだけでも傍に置く気はしない。

 けれど、それは無鋒剣(カーテナ)とて同じ。

 

 香蓮を救うためなら。

 呪いだって、なんだって使う。


「……なっていない」


 ジャンは、恨み節に何かを零す。


「答えになってないぞおお!このクソガキがああ!」


 怒りに任せ、残る全ての触手を立ち上らせる。

 まずいな、挑発になっちゃった……。


 急ぎ上空へワシを打ち上げるも、直後私へ七本の触手が差し向けられる。

 残りの二本は打ち上げたワシを追っていく。

 さっきの急降下を繰り返させない構え。


 私へまっすぐ突撃する触手のうち、傷ついていない一本が先行する。

 ……いや、違う。さっきの陣地でダメージを負った触手の動きがトロい。


 先行する触手へ浅い一筋を加える。

 それが仰け反る隙に、次の触手へも。その次へも。


(……もしかして!)

 

 浅い一撃を加えると、触手が面白いぐらいに仰け反る。

 残された触手の数が少ないからか、その操作がいやに慎重になっている。

 

 それに軌道も単調、触手同士の連携も取れていない。

 

(ジャンは焦りと怒りに囚われてる!)

 

 これなら、六本の触手をいなしつつ時間稼ぎを――。

 ――六本?


 頭に疑問符が浮かんだ直後、視界の外から細い触手が迫ってきているのが「視えた」。

 

(まただ……また頭にノイズが!)


 しかも、今回も状況に関わる情報。

 私の目には見えていない。でも「視えて」いる。

 なのに疲弊に加えテンポが崩れているせいで――反応が遅れる。

 ワシも他の触手に追われていて期待できない。


 私の右脚を絡めとろうとするその触手へ目を向け、無鋒剣(カーテナ)を咄嗟に振るも――間に合わない!

 

 その時だった。


 暗黒の中に走る眩い光の筋が目の前を過ぎ去る。

 私の足を巻き取らんとしていた触手は、焼け焦げた肉のような匂いを発しながら根元から光の粒子になって消えていった。

 攻め手に出ていた他の触手も慄き、後ろへ一瞬退く。


 見覚えがある光の筋。その出元へと目線を向けると――。

 私の視界の右端にある車の上に、彼は立っていた。

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