第1-3話:檻に差す光
放課後十六時半ごろ。
街はすっかり夕焼け空に包まれていた。
みんなが進む通学路からは逸れ、林沿いの住宅街。
アパートの前に他校の女子高生数人がたむろしてるのを目にする。
「──速報です。本日午後、千葉県内にて自らを”天草四郎”と名乗る異能者が、商店街にて演説を行い警察官と衝突を──」
なまじ耳が良いだけに、スマホから流れた音を耳が勝手に拾ってしまう。
ほんとに、テレビ点けたらこの話ばっかりしか流れない。
「えーまたあ? こっわ」
「天草四郎? 誰だっけそいつ、聞いたことだけあるわ」
キャピキャピとした、イラつく笑い声が耳に入ってくる。
「……はぁ」
私は大きく溜め息をつき、その場を離れるように歩調を早めた。
はやる気持ちを抑えながらスマホを一瞬覗き込むと、示されたのは言われたよりもかなり早い時間。
別に早く来ようなんて気は無かったんだけど……。
まあそんなことはどうでもいいや。
「にしても、男子かぁ……」
あまりにも面倒な事実に、思わず言葉が漏れ出る。
香蓮が会ってほしいだなんていうもんだから女子だと勝手に思ってたけど、よりによって男子かぁ。
「放課後……男子……呼び出し……」
その条件から、告白以外の結論を導き出す方が難しい。
それに、本田ルイの名前は私も知っているのも辛いところ。
会ったことがあるわけじゃないけど、噂だと本田ルイはヨーロッパ系のボンボン、しかも学年の人気者だとか。
どうせ振るのは変わらない。
けどせめて面倒ごとにならなかったら良いななんて思いつつ歩みを進め、曲がり角にある小さな公園を覗き込む。
風にゆられて僅かに軋むブランコ、錆びついた鉄棒と小ぶりのジャングルジム。
角にある一際目立つ真っ赤な自販機に、何かのアニメで見た気がするような積まれた三つの土管。
来るように言われたのは、この小ぢんまりとした公園のはず。
けれど、何よりも目を引いたのは公園の最奥。
三人掛けのベンチのど真ん中へ腰掛ける、そろりと長い手足に細身の色白な男。
ボロボロなグレーのスーツに山高帽をかぶり、破れた箇所からは茶色の裏地が剥き出しになっている。
一瞬戸惑うけれど「ああ多分そういうデザインのスーツなんだろうな」とギリギリ呑み込めるぐらいの塩梅。
普通なら変な人で済むだろうけど……世間から浮いた外見に、いやに堂々とした佇まい。
ほぼ勘だけど……こいつは「私と同じ」だ。
ってなると厄介極まりない、連日で面倒事に巻き込まれる前にはてさて退散を──
「少女よ、待ち給え」
「……はぁ」
ってわけにはいかなかった。
まあ大方予想通りだろうなと溜息混じりに振り返る。
男はどこからか出した真っ白な杖を突き、左手でズボンを払うと、紳士的な立ち姿で私の方へ向き直った。
「呼び止めてすまないね、私はロベールという者だ」
「ロベール……香蓮の言っていたルイって奴じゃなさそうね」
「フフ、あの稚児よりも先回りして来てますので」
その男……いや、老人は左手で筆のように太い口ヒゲを撫でながら、しわくちゃな肌に浮かぶ垂れ目の端を歪ませた。
「で……あんたはそのルイってやつと関係あるってことでいい? ここが分かったのもそいつ絡み?」
「いいえ、特に。ただちょっと……あの子の秘密を『聴いた』だけですよ」
「聴いた?」
その言葉に、思わず重心を低く据える。
ロベールが被っていた山高帽を軽く持ち上げると、帽子の中からボトリと何かがこぼれ落ちた。
「──ッ!」
不穏な動き。
反射的に鞄を放り投げ、右手を突き出す。
掌に集まった砂金のような光の粒子が、瞬時に一本の剣を形作る。
金の柄に切っ先が割れるように欠けた細身の剣──無鋒剣。
剣を握りしめると同時に、こぼれ落ちた「それ」は地面に落ちる寸前でピタリと空中に静止した。
「に、人形……?」
幼児ほどの頭蓋の大きさの、頭だけの人形。
ローポリな3Dモデルのようなカクついた質感、栗色の毛、大げさなほどにぶ厚いタラコ唇。
そして眼球が抜け、落ち窪んだような眼窩。
あまりに悪趣味なデザインに背筋へ震えが走り、それが手先にすら伝わってくる。
「おや……知らないのでしょうか。蝋人形と云うんですよ」
ロベールはさも愛おしそうに、宙に浮く蝋の生首を撫でる。
「バクロ! バクロ! ジツハ本田ルイハ、ロボコン三年連続準決勝デ連敗チュウ!」
唐突に人形のタラコ唇がパクパクと開閉し、耳障りな甲高い声を上げた。
……は? ロボコン? 連敗? なんて?
「おやおや、ダメじゃないですか。いきなりそんな恥ずかしいことを暴露してしまっては」
「暴露……なるほど、あんたの悪趣味な能力ってわけね」
コイツ、ただの変質者じゃない。
人の秘密を暴く──いっちばん関わりたくないタイプだ。
「……ねえ、いっつも真っ先に斬っちゃうから先に聞いとくんだけどさ。あんたの目的、なに?」
ラフに構え、あらゆる角度からの攻撃に備えながら問う。
「目的ですか……私自身はあなたのことなどてんで欲しくはありませんが──」
ロベールの垂れた目が猫のように細められた瞬間、彼は力強く指を鳴らした。
それと共にさっきまであんなに愛でていた蝋人形が燃え上がり、瞬く間に白濁色でドロっとした液体に変わる。
「契約先があなたを交渉材料として望んでおられまして。つまるところ……あなたの生け捕りです!」
――珍しい目的だこと。
そう感想を述べる暇もなく、ロベールが両腕を振るう。
同時に、二枚の三日月状の蝋が宙を舞う。
軌道は単純だ。
片方は無鋒剣で真っ二つに斬り、もう片方は身を捻って避ける。
蝋に掠った毛髪が宙を舞った。
当たれば致命傷、直感からそう理解して前を向く。
迎撃できる速度。
なら、距離を詰めるべきだ。
ロベールが次の手を打つ前に、ぐっと前へ踏み込む。
「やはり! 噂に聞いていた通り一筋縄ではいかなさそうだ!」
彼は残りの蝋を捏ね、背丈ほどの柄を持つ戦鎚を形作った。
けど、関係ない。詰め寄る脚は止めない。
ロベールは右手で大きく振りかぶり、リーチを活かして先手を打ってきた。
その軌道に無鋒剣を合わせると、戦鎚の先端がぼとりと落ちる。
バランスを失ったただの棒切は私が居たところを虚しく斬った。
唯一手にしていた武器が無くなり、がらんと空くロベールの胸元。
──もらった。
そう確信した刹那、ロベールのスーツの懐から三本の蝋のナイフが顔を覗かせる。
しまった、暗器か!
すんでのところで後ろへ飛ぶ。
けど大丈夫だ、追ってきたナイフを今度も的確に斬れば――。
「ッ!?」
だが、斬れない。
刃は確かに触れたはずなのに、ナイフは甲高い音を立てて軌道をずらす。
二本までは弾けた。
でも残る一本が左肩に深々と突き刺さり、焼けるような激痛が走る。
「ぐッ……!」
反射的に後ろへ飛び、大きく距離を取る。
左肩のナイフを抜き、意識を集中して呼吸を整える。
脈打つように溢れていた血は、数秒で滲む程度まで落ち着いた。
「ほう……その若さにして心得があるとは。お見事」
ロベールの乾いた拍手。
……この間に追撃が来ないのは、生け捕りを目標にしているからか。
けれど、次はないと直感する。
「それにしてもさっきの反応……もしや、私の異能を知った気になっていましたか?」
僅かに嘲るような視線を向けるロベール。
あいつの言う通り、斬れない蝋もあるという簡単な可能性を失念していた。
向き直ると、ロベールの周りには三体の蝋人形が浮いていた。
男、老女、艷やかな髪の女。どれも呪詛みたいに暴露を垂れ流している。
あのどれか、あるいは全部が高硬度。
厄介極まりない。
けれど――問題なし。
ここまではあいつに組み立てられた戦闘。
つまるところ勝ち筋は──こっちが闘いの主導権を握り返すこと。
「制服代、高く付くわよ……!」




