第1-2話:檻に差す光
「はい午前授業終わり、休み明けの課題出すの忘れるなよー?」
「ふあぁ……」
身体に鞭打って来た学校の四限終わり。
下品にすら思えるぐらい大きな欠伸が漏れ出る。
あのまま二度寝なり三度寝なりして学校休もうかと思ったのに、身体だけは一応日常の形を覚えているせいなのか、いつもの時間におのずと目が覚めてしまった。
「今日親の弁当冷凍食品ばっかだわ」
「マジ? 親サイテーじゃん。購買のが良くね?」
……弁当作ってくれる親がいるだけ良いじゃん、ってのは言っちゃいけない。
四限が終わったこともあって、周りから昼食の話題が耳に入ってくる。
そうだ、お昼と言えば香蓮はどこに——そうして彼女の席へ目を向けると、机の上には香蓮のお弁当袋だけが取り残されていた。
「……お手洗いかな」
漠然とした不安に襲われつつも、まあ先にお昼の準備しとくかと香蓮の椅子と弁当を私の席へと持ってくる。
去年は別クラスでこうやってなかなか一緒に食べられなかっただけに、最近の昼休みは小さな楽しみ。
そうして綻んだ表情も、自分の袋から取り出した弁当一つで真顔に変わる。
学校へ行くときにコンビニで買ってきた、冷えた幕の内弁当。
白身フライ付きの、出来合い弁当界隈の松竹梅で言う「竹」ぐらいのランクがあるのは幸いだけど、どこまで行ってもコンビニ弁当はコンビニ弁当。
周りの弁当と比べるまでもなく、小さく溜息が漏れ出た。
「……あの、めぐみさん。大和めぐみさん」
自分の貧相な昼食に気を落としていたところで、私を呼ぶ自信なさげな声が耳に入る。
振り返ると、用ありげな表情を浮かべた男子が側に立っていた。
「なんか用?」
「え、ええとですね、今日の総合の授業で使う——」
「ああ、地域の伝統行事の資料ね。どうぞ」
ファイルから資料の束を一つ取り出し、それを押し付ける。
少し戸惑った様子を見せつつも、男子はそれを渋々と受け取った。
「どう? それで満足?」
「うーんと……」
手渡した資料を流すように目を通す男子。
途中ふと目をこちらに向けたと思うと、ハッとしたような表情を浮かべた。
「なに? まだなんかある?」
「それデス・マーブルのリメイクですよね! 僕もこないだ映画館で観たんですけど……大和さんも好きなんですか?」
そう言われて手に持ってたファイルへ目を落とすと、表面には八〇年代後半の名作アメリカ映画『デス・マーブル』のワンシーンが描かれていた。
ひょんなことから白いゴーレムに姿を変えられた主人公、そんな彼が暗い路地裏で悲嘆に暮れる姿が描かれている。
そういえば先行上映のとき入場特典で一緒に貰ったっけ、とぼんやり思い出しながら彼の方へ顔を上げた。
「君もこの映画、好きな——」
————————ダメだ、何やってんだ私。
口を噤み、弾んだ声色を元に戻し、何事もなかったかのように目を背ける。
「え? なんて言いました?」
本屋の特典で貰っただけ、とぶっきらぼうに返して視線を外へ戻す。
視界の端でしばらくあたふたしていた男子も、ようやく諦めたのか私の近くから去っていった。
そのはずなのに。
「……そんな顔しないでよ」
去っていく男子が浮かべる、物悲しい表情。
でも、これで良いんだ。さっきの会話はなかったし、あの表情も見えなかった。
「今日も相変わらずね」とか「あれが孤高の大和か」なんてひそひそ話も全部聞こえない。
「——それで良いって言ってるでしょ」
ダメだ、このままぼうっとしているだけで気が沈んでいく。
何か余所事でもして気を紛らわさないと……。
「めぐちゃん、お待たせ」
そうやってまた気が沈みかけたところで名前を呼ばれ、思わず身体が跳ねた。
「か、香蓮!?」
私の親友、鈴原香蓮。
若干カールしたブロンドの髪に、タレ目でおっとりした表情の女の子。
けれど今日はその細い眉を僅かに寄せ、何か含みのある表情を浮かべていた。
「もしかして……」
「うん、見てたよ。また関係ない人に厳しくしてたとこ」
「だ、だってあれは香蓮のため——」
「違うよ。私のためじゃなくてめぐちゃんの問題だよ。いつも言ってるでしょ?」
あのやり取りを見られてたのもあるんだろうけど、なんか今日はやけにズイズイと来るな。
というかそうだ、まず何よりも香蓮を座らせないと。
「ちょっとめぐちゃん、まだ話が」
「良いからとりあえず席ついてよ……」
反射的に立ち上がり、香蓮の腰へ手を添えて持ってきた椅子へ導く。
細い腰回りに華奢な体つき、そして足の悪さから来るぎこちない歩き方が「立たせたままじゃいけない」という焦りを掻き立てる。
だから座らせてあげようとするも、彼女に手を跳ね除けられる。
顔を上げた先では、香蓮が私へ針のように鋭い目線を向けていた。
心臓が跳ね、背筋が冷える。
「めぐちゃん、そういうのはもういいの。最近は補助用の膝当ても卒業したんだよ? だから大丈夫だって」
「で、でも……」
「でも?」
一言二言交わすうちに、さっきまでの鋭い目はどこかへ消えていた。
なのに反論より先に、また拒まれるかもしれないという恐怖が喉を塞ぐ。
「……大丈夫、やっぱ、何もない」
勝手に引っ込む言葉。
溜息を吐いた香蓮は、そのすぐ後には私のことを見上げながら微笑んだ。
良かった、元に戻ってくれた。
「でね、ちょっとお願いがあって」
そういえばさっき「まだ話が」なんて言ってたっけ。
まだその場で跳ね続ける心臓を抑えながら、彼女の話へ耳を傾けた。
「実はめぐちゃんに会いたいって人がいるの」
「会いたい人? 私なんかに?」
……私に会いたいなんて物好きもいるもんだな。
思うところが無いわけじゃないけど、そんな私に構わず香蓮は話を続けた。
「一年の頃のクラスメイトなんだけど、めぐちゃんに話があるんだって」
……正直なことを言うと、会いたくない。
私みたいな疫病神が何かしたり、誰かと関わりを持ったり。
相手だけじゃなくて、逆に私たちにも厄をもたらしかねない。
六年前のあれが何よりの証拠だ。
でもさっきの刺すような目線が、私の「嫌だ」っていう言葉を拒む。
次香蓮のことを否定したら、会いたくないと口にしたら、もう次はないんじゃないか。
そんな可能性がチラつくだけで胃の底が冷える。
「……いいよ。行くよ」
「まあそうだよね、ならやんわり断っとく————って、ええっ!?」
その一言に大声をあげる香蓮。
口をあんぐりと開けながら目を丸くし、紅潮しながら口元を手で覆った。
「六年……あれから六年掛かったのに……やっと、やっと前に進んでくれるの?」
「まあ、うん……ってどうしたの!?」
小さく鼻を啜り、目尻に涙を浮かべる香蓮。浮いた涙粒を慣れた手つきで拭き取る。
相変わらず香蓮は涙脆い。
そんな泣くことかな、とは思うけど……。
素直に喜ぶにしても、喉の奥に香蓮の「やっと」って言葉が引っかかる。
「けど、会ったあとどうするかは私が全部決めるから!」
「うん、もちろん」
「あと、勝手について来ないこと! 知らない場所行ったりとか——」
「うんうん、分かったよ。めぐちゃんが会うって返事してくれただけで私もう嬉しくて……」
っ……そんなお母さんみたいなこと言わなくてもいいじゃん。
「そうだ、これ渡しとくね。その子が渡してきた待ち合わせ場所とか書いてる紙。今日の夕方には会いたいんだって」
「え、今日いきなり? っていうか、その会ってほしい子ってなんて名前なの?」
なんか急だなとは思うけど、一度首を縦に振ったんだし今更撤回するわけにもいかないか。
せめて名前だけでも知っときたいと思い、問いを口にする。
「えっとね——本田ルイ、って男の子なんだけど」
「……えっ?」




