第6-3話:一人じゃない
「お前は! 鈴原香蓮のことを何にも見ちゃいない!」
不意に見上げた先にあった、私を強く睨みつけるルイの姿。
下唇を噛みながら、眉間に大きな皺をつくって。
「はは……他人から見たら既にそんなふうに見えるんだね。やっぱり──」
「違う!」
ルイは私の言葉を遮って言葉を続ける。
「鈴原さんは、助けてほしいとか贖ってほしいとか、そんなこと言ったのか!? そんなわけないだろ! なのに! お前は捻くれてて! 歪んでて! ずっと自分ばっかり見てる!」
自分の拳が不意に固くなる。
「でも……それだけじゃ、ないだろ! 純粋な気持ちが湧かなくなっちゃったとか言いながら、さっきはがむしゃらに突っ込んで! あれは何だったんだよ! それで今のお前は何なんだ!」
自分でもわかる正論に喉が細く締まり、息が苦しい。
「怖いなら怖いでいい! でも今、お前が見なきゃいけないのは自分じゃない! 鈴原香蓮だ! なのに僕は……君が何を考えているのか、さっぱり分からない! だから――!」
ルイの息を吸い込む音が廃屋にこだまする。
「教えてくれ。なんで、立ち上がれないのか。大和が立ち上がらないなら、僕は一人であいつに挑む」
「……」
ルイは肩で息を整えながら、そう吐露した。
出し切ったのか、ルイの表情から怒りは抜けている。
だからって――なんでそんな目を向けるの?
残ったのはさっきよりも一層煮詰められた、哀れみや憂いの目線。
さっきはあんなにも見たくなかった表情なのに、なんで今は目を逸らせないの?
分かんない――なのに。
「香蓮が不幸になるときは……決まって私が傍に居た」
気がつけば、出会ってそう長いわけでもないルイに。
自分の気持ちを吐き出していた。
嗚咽が出るでもなく、自分の瞳からとめどなく涙だけが溢れ続けていた。
ルイは、周りを見回して辺りをさぐるような仕草をしたあと言葉を口にした。
「……聞かせてくれ」
こんな話をしている状況じゃないっていうのに。
それでも、彼は私の話を遮らなかった。
言葉が一つ、また一つと自然にこぼれてゆく。
「十歳のときも……私が、ぜんっぶの引き金を引いたの。そして、今回も。ルイもさ、私のこと調べたんだったら……分かるでしょ?」
言葉の整理がうまくいかない。
声が上ずって、自分でも何を言っているのか分からない。
チグハグな順序で、浮かんだ言葉を口にしていく。
「なら、なんで鈴原さんから離れなかったんだ」
「それは……まだ、香蓮への罪を償いきれて──」
「違う。鈴原と大和が友達だからなんじゃないのか?」
「っ……!」
思わずくわっとルイの方を向いて睨みつける。
励まそうとしてくれてる、肯定しようとしてくれているって分かるのに。話を聞いてくれているのに。
また「あんたに何が分かるのよ」って言い返したくなった。
けれど。
喉元まで出た気持ちが、寸でのところで引っ込む。
ルイの表情からはさっき見た怒りすら消えていた。
香蓮のことが眼中にあるかすらもわからなくて。
いまここに居てくれるのは私のためなんだって勘違いするぐらいに優しい憂いを帯びた眼差しをしていて。
なのに、それを直視し続けることが出来なかった。
「わけ……わかんないよっ……」
自分の声が自分のものかも分からない。
ただ喉を通って空気を吐き出しているだけな気もするのに、それは確かに言葉の輪郭をしていた。
もう一回、香蓮の手を見つめ直す。
私の体温と調和するようにほんのりと温かさを取り戻していたけれど、指先はいまだ真っ白なままで、まだ血は通っていない。
こんなに近くに香蓮の手があるのに、どこかすごく遠いところにあるような気さえした。
「……僕は、君が何を考えているのか分からない。けど……一つだけ、この場で約束させてくれ」
「……」
改まって約束という言葉を口にするルイを、再び見上げる。
彼は目を腫らしながら真剣な表情をしていた。
山の向こうへ沈む陽がルイの顔を横から照らし、腫れた涙袋に陰影がはっきりと浮かんでいる。
「鈴原香蓮は……君を、とっくの昔に赦している」
「……え?」
不意に、呆気に取られたような声が漏れ出る。
思ってもいなかった約束。
なんで、なんでルイの口からそれが――。
「……昼、あの雑貨屋で言っただろ? 鈴原さんから相談を受けたって。ただ資料で渡されただけじゃ分からない、君の複雑な境遇を鈴原さんの口から聞かされたさ」
「……で、実際の私を見てどうだった? 失望した?」
「ああ、失望したさ。君は偏屈で、歪んでて。人の話をぜんぜん聞きゃしない」
彼は僅かに口角を上げながら、私へそう告げた。
さっきも似たようなことを言われたのに、今のルイの言葉は親しみを持った軽口にさえ聞こえる。
「けど、鈴原は君を真っ直ぐ見てた。彼女が君のことを話しているときのあの屈託のない笑顔の裏に、君への憎みがあるだなんて……僕にはとても思えない」
ルイは、微かに視線を落としつつも、どこか懐かしそうに目を細めていた。
香蓮は私のことを、裏で楽しそうに話している。その中で私を悪く言うこともなかった。
今までも理性では理解していたはずで。
香蓮がそんなことするはずないって。
けれど、私は、私が信じられていなかった。
言い聞かせることができなかった。
「でも……鈴原も鈴原だ。自分のことが大和の呪いになってるんじゃないかって心配ばっかりしていて、僕も気が気じゃなかった。だから――この言葉を君が受け入れることは、鈴原のためでもある」
そう口にすると、ルイは片膝を突いて私に目線を合わせてきた。
さっきよりも一層力強い、けれどそれと同時に柔らかな視線を向けてくる。
彼の瞳の中に映る陽。
なんで、こんなにも――。
「君は、許されていいって。鈴原さんだけじゃなくて、僕もそう思う」
「……なんで? なんでそんな事言うの?」
そんなわけない──。
っていつもの私なら即座に言い返してる。
今もそんな衝動がどこからか湧いてくるのに、今は──。
「ずるいよ……香蓮の言葉借りて」
なんで私は、こんな簡単なことを認められなかったんだろう。
確かにあのときの私には、それしか選べなかったのかもしれない。
けれど、チャンスはいくらでもあったのに。
いつしか、私と香蓮の繋がりが贖罪以外無いんだって、勝手に決めつけていた。
もう一度、香蓮の手へと目を向け直す。
手先は相変わらず冷えている。けれど細い腕や手首は暖かく、脈も感じられた。
立ち上がれば、やり直せる。
そんな当たり前のことに、心の底から気がつくことができた。
「――分かった」
「……?」
握っていた香蓮の手を放し、その手を彼女のお腹の上へと添える。
香蓮の体重を、腕でたしかに支えながら立ち上がり、彼女を捨てられていたソファの上へ寝かせた。
そのまま、ルイの方へ振り返り。意を決して口にする。
「私、立つよ。戦う……!」
涙を拭いながら。
ルイへ向けて真っ直ぐ決意した。
「待っていた」と言わんばかりに目を大きく見開き、口角を上げるルイ。
私は一人じゃない。
それを認めるだけでこんなに身体が軽くなる。
まだ、全部拭えたわけじゃない。
けれど、前に進める。
今の私には、それだけで十分だ。




