第4-4話:届かぬ刃
触手が暴れまわり、ラックや建物を破壊する音が途切れる。
無鋒剣を右手でぐっと握り構え、ルイも私の右手数歩先に距離を取り直して構えた。
直後、砂煙の中からあの忌まわしい触手の群れが顔を出す。
「クッソ……勝手に暴れやがって」
ところどころ焼け焦げた触手を侍らせながら姿を現すジャン。
暴走する触手を千切って投げ捨てると、その質量で建物の壁が音を立てて崩れる。
……あの太い触手をそのまま相手にしていたらと思うと。
背筋が凍る。
さっきよりも数は減っていて、合計十八本。
なんとか一泡吹かせられたけど、ジャンの表情には怒りが見て取れる。
「怒らせた、マズいかも」
「……だな」
さっきは整然と並んでいた触手の戦列も、気のせいか無駄な蠢きが目立つ。
怒りで判断が鈍っているのかもしれない。
そんな考えが頭を過ったけれど、あっちの多少の判断ミス程度でこの劣勢が覆るとも思えない。
……さて、どうしようか。
さっきみたいなまぐれはそうそう起こらない。
時間があれば良い策の一個でも思いつきそうではあるけど、焦りと迫りくる時間がそうはさせてくれない。
ジャンの二本の触手が彼の傍にあった崩れた廃材の山に触手を這わせた。
まるで何かを選び取っているみたいに、その山肌をまさぐっている。
一体なにをして――。
僅かな混乱の隙に、廃材を掴んだ触手が大きく振りかぶるような動作をとった。
「ッ……!」
直後、掴まれた廃材が宙を舞う。
的確な狙撃というよりも、散弾のような粗雑な軌道。
咄嗟に鉄骨を避け、ドラム缶を斬り伏せる。
金属を切り裂く感覚が関節に響くも、こちらには当たらない。
それに、左飛びでやけに簡単に避けられる。
下手な絡め手よりも触手の物量攻撃の方が厄介なぐらいだ、これなら捌き切れる……!
けどルイは大丈夫? 捌き切れる?
ルイの「得意じゃない」という言葉を思い出し、彼の方へ一瞬目を向けた瞬間。
ジャンの企みに気がついてしまった。
ルイとの距離がさっきの二倍、三倍、いやそれ以上も開いてしまっている。
しまった、狙いは攻撃じゃなくて分断!
わざと私たちの間を狙って避けさせて、互いの距離を開かせたのか!
それに気が付いたあたりで、廃材の散弾は止む。
けどこの後に来る触手のラッシュに連携無しで捌ききれるの?
案の定、ジャンの上半身が指揮者のように舞うと共に、私の方へ四本の触手が突っ込んでくる。
視界の端でルイへ三本の触手が向かったことも目にした。
軌道も触手の筋もさっきよりも単純。けどそれをもってしてもあまりある手数の暴力。
斬る、払う、いなす。
あまりの手数に脳が焼ききれそうになる。
(またさっきのを狙うしか……!)
咄嗟にさっき飛ばしてきた廃材を蹴り飛ばすも、掠った程度で触手の方に避けられる。
(読まれた……!?)
思い切り足を蹴り出したせいで身体のバランスが大きく崩れる。
目の前からは廃材を避けた四本の触手が同時に攻撃を仕掛けてきている。
こうなったらルイと連携して――。
一か八か、地面についている左足でルイの方へと大きく飛んだ直後。
唐突に、身体が宙を舞う感覚が襲う。
衝撃で脳が揺れて、それと共に視界も乱れる。
長いようにも短いようにも思えた飛行時間の直後、枯れ藪か何かの中に身体が落ちる感覚だけを辛うじて感じ取る。
……何が起きた? ルイと戦っていた触手の攻撃に巻き込まれた?
まずい。立ち上がらないと、次が来る。
早く、早く。
焦りばかりで思考が埋め尽くされる一方。
その「次」が来ないことに違和感を覚える。
「っ……!」
右上半身が強烈に痛むけど、折れてる感じはない。
酷い打ち身程度だ。
大丈夫、まだ戦える。
自分にそう言い聞かせながら気合で立ち上がったところで、周りが高い藪になっていることに気がついた。
中腰になってやっと藪の向こうの様子を見ることができたぐらいで、その向こうでジャンがルイの方へとにじり寄る光景を目の当たりにする。
ジャンの視線どころか、触手の一本すらこっちへ向かってきていない。
(どういうこと……?)
まさかだけど、私が飛ばされたことにジャン本人すら気が付いていない?
自分の触手で周りが見えなくなって、枯れ藪の奥に落ちて私のことが見えなくなって……それで私の所在が分からなくなっているのか。
乗り出して戦いに加わろうと身体を前へ傾けるも、一瞬目が合ったルイが首を横に振る。
今行ったら危ない。そんなことを訴えかけているみたいな必死さをその目から読み取らされた。
これは、紛れもないチャンス。でもこの機会を上手く活かせる気が全くしない。
突っ込んで失敗、香蓮を救い出せても私と香蓮は一生離ればなれ。そんなのは御免だ。
だからここは機会が確かになるまで待つべきで――。
はやる自分の気持ちを、そうやって無理やり言い聞かせていた。
でも。
目に、入ってしまった。
香蓮が。助けを求めているのを。
ぐちゃぐちゃになっていた思考に、バケツでインクをぶちまけられたみたいに、いきなりそれ一色で塗りつぶされる。
何かが、外れる。
身体の押さえつけが効かなくなるには、それだけで十分だった。




