第4-5話:届かぬ刃
無鋒剣の柄を強く握む。
目線を向けた先、ジャンの視線も触手もルイに貼り付いたまま。
だから、一秒でも早く。
その一心で地を踏み込む。
──この胸の中の騒がしさはなんだろう。
恐さだけじゃない。
高揚感が恐怖と変に混ざり合い、感情が昂りすぎている自覚さえある。
久しい感覚もほどほどに、香蓮のいるところまで駆け寄ったところで。
力を込め、ジャンの背中へと飛び乗る。
咄嗟に飛んだために両脚に熱が籠もり、骨が軋む。
──強化が足りなかったか。
「あ!? ……誰だ、離せッ! 殺すぞ……ッガアア!」
「めぐちゃ……っぐうっ!」
瞬間、触手が締まり香蓮が苦悶の表情を浮かべる。
だめだ、いますぐ香蓮の拘束を解かないと。
髪を鷲掴みにして、締まる触手へと刃を突き立てる。
「ッ!?」
直後、ジャンがじたばたと暴れ回る。
あいつの髪をより一層強く握りしめ、揺れる視界も香蓮へと定め続ける。
(硬ッ……!)
筋肉質で刃の通りが悪い触手を、力任せに無理やり切り裂く。
「待っててね香蓮、今……!」
息苦しさから解き放たれた香蓮が、触手の血を浴びながら口を開く。
「っは……だめ! 逃げてめぐちゃん!」
知らないし、聞こえない。
無鋒剣を粗野な逆手持ちにし、一心不乱に触手を斬る。
そして香蓮を拘束する最後の触手へ刃を突き立て、切り裂く。
既に私の足首には触手が巻かれ、逃げられない。
ならせめて、香蓮だけでも。
香蓮の襟首を掴み、ルイの方へと力任せに投げ飛ばす。
ルイは姿勢を大きく崩して尻もちをつきながら香蓮の身体を受け止めた。
──香蓮を、救い出せた。
ほんの一瞬の安堵の直後に響く鈍い音。
他のどこでもない私の身体の中から、鳴った音。
「大和──」
「………………………………………………………………っ?」
確かに今、ルイが私を呼ぶ声が聞こえた。
何が、起きた?
チカチカと途切れかける意識と共に走る激痛。
立たなきゃ。
さっきみたいなまぐれは二度も──。
「っふ……随分と舐めた真似をしてくれたなぁ」
怒気を発しながら、こちらへ迫りくるジャン。
力が入らない。
肺、腕、肩。
左半身のどこが折れていて、どこが無事なのかすら分からない。
四つん這いになることも出来ず、ジャンのボロボロになった触手に巻き上げられる。
「っ…………」
辛うじて動く右手で無鋒剣を呼び出し、触手に弱々しく突き立てるも。
僅かな血しぶきを立てながら斬り傷が入るだけで、両断には至らない。
──あ、これ。
無理だ、逃げられない。
「ぐあああああああッ……」
そう悟った瞬間、軽く締められただけで骨が軋み、声にならない叫びが漏れ出た。
無鋒剣も消えた。
もう、抵抗する気力や意識すら消耗しきっているのを感じる。
「……手こずらせやがって」
ジャンは吐き捨てるようにそうこぼすと、その目線をルイ達の方へと向けた。
視界の端にルイに抱かれる香蓮が映る。
ルイはこちらを歯がゆそうな表情で見つめているも、ジャンは侮蔑するような目線をやるだけで、すぐに私の方へと向き直った。
香蓮たちもこのまま、なんて心配は要らなかった。
混沌とした頭の中に、ルイを抱える香蓮を目にしてか僅かな安堵が芽生えた。
次の瞬間、ジャンが触手を足元へ束ね、それをバネのようにして空へと大きく飛び上がる。
あっという間に遠くの山やビルよりも高いところに達する。
そして、ジャンが勢いよく飛び上がる最中。
だらんと垂れた私の頭は偶然香蓮の方を捉えていた。
ルイはやり切れない表情を浮かべ、香蓮は大きく目を見開きながら視界の端に涙を浮かべていた。
……よかった、怪我はなさそう。ならもう大丈夫――。
そう安堵するのとは反対に、不意に遠くの香蓮の方へと自分の手が伸びる。
これで良いなんて思ったけど。
でも本の少しだけ……いや、やっぱりもっと香蓮と──。
「……?」
傷ついた触手が、私の重さに耐えられなかったのか。
ボロボロな触手が、僅かに力を入れただけで唐突にちぎれた。
ジャンの触手から滑り落ち、そのまま地面へ、真っ逆さまに落ちていく。
体のコントロールを完全に失い、宙に身を委ねる。
(ああ、これ。死ぬな)
助かりはしない。
どこからともなく、自分の運命を悟る。
そしてこんな状況だってのに、私の目は山の向こうに煌めく夕陽を見ていた。
刹那、鳴り止まなかった風切り音が止み、しんとした静寂に包まれる。
時間の流れがゆっくりに感じる。
ああ、まだあの映画観てないや。
あの路地裏のラーメン屋、最後まで行かなかったな。
香蓮から借りた本も返せてない。
最期の瞬間なのに、そんなどうでもいいことばかりが湧いてくる。
(……けど)
最期に香蓮へ。
数年ぶりに純粋な気持ちを向けることが出来た。
それだけで今までの人生が、ほんの少しだけ報われた気がした。




