第26-2話:原罪
「うっそでしょ……この時代に何段階段登らせるのよ」
知恵の館、人文棟。
「ザ・アラビアン」の一言で連想できるような様式で造られた建物の真ん中に建つ、土くれのレンガで固められたこの塔。
他の建物が建て替えられているのか比較的電灯がついてたり近代的なタイルで出来ていたりするなかで、この土塊の塔だけは若干土埃の臭いがするし、何よりエレベーターがない。
かれこれ二、三分階段を登り続けようやく頂上が見えてきた。
「この……せっかく化粧し直してきたのに汗が——」
疲れはしないけどダイレクトに熱が入ってくるせいかひどく暑いくて化粧が崩れる。
そんな文句を言おうとしたのは、まだ時間の十分ぐらい前の時間。
なのに、彼はそこに立っていた。
「ルイ……!」
塔の上は灯台のようにガラスで囲まれているわけでも高い柵が敷かれているわけでもない。
ただ腰丈ぐらいの高さに同じブロックが積まれただけで、幸いなことに木造の日除け雨除けの屋根が敷かれていた。
「大和。ここまでお疲れ」
……下の名前で、呼んでくれないんだ。
まあ、あの場面は勢いみたいなのもあったし。
きっと、また少し深く関わればそう呼んでくれるようになるはず。
「へへ……ルイの方こそ、会議お疲れ。リシュリューさんから聞いたよ、頑張ってたって」
「ええっ!? もー、あの人……場所伝えるだけで良かったのに——」
いつものルイだ。ちょっとおどけてて、真面目で、元気な。そんな話し方。
ルイがそう言いかけた直後、髪が大きくなびくような風が吹く。
ここまでかいた汗が乾いて、外にいるのに少しだけ涼しい。
「気持ちいいだろ? 僕、結構ここ好きでね」
「確かに、景色もいいね。法隆寺見えるかな?」
「っ……あのな、法隆寺は京都じゃなくて奈良だぞ」
あっ、そうか。京都なら清水寺かな。
ルイが苦笑する横で、また京都の街並みへと目を向ける。
って言っても、知恵の館は京都の西の西、山と街の間ぐらいにあるからそんな大層なものが見えるわけじゃない。
どこの街とも同じように車がミニカーみたいに走ってて、遠くでは木が風に揺られている。
さっきは法隆寺とか清水寺なんて言ってみたけれど。
そんなロマンのあるような場所でも、誰かが日常を送っていることなんて当たり前なのに、それをもう一度突きつけられた気分になった。
それは私の目の前でも同じで。
いろんな人と関わって異能者でも、軍人でも、そうじゃなくてもみんな人間なんだなって思えて。少しだけ感傷に浸ったあと。
「ねえ、ルイ……どうして呼んでくれたの?」
私は、彼に問いを投げかけた。
今日ここへ呼んだ理由。
化粧してる女の子に汗かかせたんだから、くだらないことだったら許さない。
そんなちょっと冗談めかしたようなニュアンスも含めながら。
そして、彼は言った。少しの間だけ、自分の胸に手を当てたあと。
「僕。高校辞めようと思ってるんだ」
「……え?」
今……なんて。
私が何かいけないこと。
せっかく埋まったのに?
さっきルイがああやって言ってくれて。
ルイは絶対に私のことを身体とか女としてだけじゃ見ないって。
いろんな可能性が頭のなかでミキサーの中身みたいにぐちゃぐちゃになる。
抱きしめてどこに行かないでって言いたい。私のどこがいけなかったのって言いたい。
でも、それじゃ……だめだ。それじゃ、今までと。
「……どうして」
驚きを隠せてるとは思ってない。
けれど、取り乱しちゃだめだ。何か、彼には考えがあるはず。
「どうして、今までみたいじゃ。一緒に学校行って、馬鹿やって、敵が来たら一緒に戦って。それじゃだめなの?」
だから、彼の本心を聞きたい。これは、偽られちゃだめな言葉だ。涙で上塗りしちゃ行けない言葉だ。
そう言い切ると、ルイは少しばかり意外そうな、それと同じぐらい安心していそうな表情をしながら続きを話してくれた。
「この間、大和が僕を押し倒しただろ。僕、あの時抵抗できなかったんだ」
「……ごめん。気付いてなかった」
「不安にさせちゃってごめんね。そういう話はしてないから安心して。ただ単純に、僕じゃ大和に力で勝てなかったって話だよ。それに、黒太子と戦ったときも僕は前線を張れなかった。ただ後ろから、黒太子に嫌がらせすることしかできなかった」
それじゃいけないのか。
そもそもあの時、異能の相性のせいで須藤もゲクランも苦戦していたし、私も異能が変質しなかったら何も出来なかった。
ルイだけが自分を責めるのは——。
「僕、強くなりたいんだ。守られるだけじゃいけない。守りたい。だから、今日も昨日も頑張ったんだ」
「……これは普通に分かってないだけなんだけどさ。なんで会議を頑張ると強くなれるの?」
ルイは若干首をガクッと落とすと、「そこからか」と言ってその理由を説明してくれた。
「昨日と今日の会議で何を争ってたかっていうと、円卓側が持ってた中国地方の所領を争ってたんだ」
「所領?」
「前、大和が出して旗ぶっ刺そうとしたことあっただろ? 街みたいな共同体に旗を刺すと、そこの人たちを通じて威信を得られるっていう」
ああ、そういえば二か月ぐらい前に怒られたっけ……って、あれがもう二か月も前なのか。
「だから会議で活躍して威信を集めて、その分街も取って威信を更に集める。異能が目立って強くなくても、威信があればなんとかなるのがこのゲームさ」
威信があればなんとかなる、か。
まあほぼ異能由来の運動能力だけでなんとかしている須藤がその最たる例か。
「僕と大和二人分をまとめて割り当てるからその中から好きに分配してくれって、シャルルさんが融通してくれたんだ」
「……なるほど、だからルイあんなに頑張ってたんだ」
今もルイの目にはどこか疲れがある。
眩しいだけなのかもしれないけど、目尻に若干シワが寄っていた。
「けど。それじゃ学校を辞めるなんの説明にもなってない」
今のはルイが無力感を感じて、それで強くなりたいって話。
なら今日みたいに日常を過ごしながら、少しずつお互いを守れるようになっていけばいいんじゃないか。そう思ったし、私は前からそう思っていた。
「それじゃあさ。大和はゲームが無かったら、って考えたことはないか?」




