第26-1話:原罪
会議室から階を二つほど降りたところのフードコートのような食堂。
相当多くの人がここで働いているのか、午後二時っていう比較的遅い時間になってもぽつぽつと職員なのか異能者なのか分からない人たちが食事を取っていた。
食堂に入っている店舗のラインナップは真に洋の東西が関係ないようで。
洋食から中華、インド料理、堂々と「ハラル食専門」「精進料理対応」なんて看板に書かれた店も入っているなど、その多文化さが伺える。
でもそんなことより、フードコートのど真ん中でドネルケバブが回っている絵面の方がおもしろおかしかった。
「お待たせ、めぐみちゃん」
会議の前に胃に入れたカロリーバーだけじゃ足りなかったな、なんて思いながら待ち合わせの人を待っていると。
透明な容器に並々コーヒーの入ったカップを両手に持ちながら、私の座る窓際の席に町田さんがやってきていた。
「ありがとうございます、持ってこさせちゃって」
「良いのよ、大丈夫」
町田さんと会うのは一日ぶり……ですらないな。
最近須藤が任務を本格再開したようで忙しいみたいだし、運動の絡む訓練は剣術以外町田さん。
下手をすれば、ここ一ヶ月の間で会った回数だけなら香蓮やルイも超えるかもしれない。
「そういえば、町田さんって何やってた人なんですか」
「え? めぐみちゃん達の訓練だけど」
「それは私が来たあとじゃないですか。その前は何やってたのかなって」
そうやって聞きながらコーヒーのストローへ口をつけると、飲んだことのないぐらい酸っぱい味がした。
けれどそれは町田さんも同じみたいで、「ここのコーヒー酸っぱいね」「だね」なんて笑い合った。
「別にー。一年ぐらい前までは広島の基地で、普通に須藤くんがいるヘリボーン部隊の……あー、歩兵分隊の隊長やりながら彼の教育してただけだよ」
「それは変わらないんですね。けど一年前ってことは、それ以降は愛知に異動になったんですか」
「うん、一年前ぐらいに須藤くんが左遷食らって春日井に異動になってね。部隊ごと」
「ちなみに……なんで左遷食らったか聞いても」
「捕虜と口喧嘩」
ああ……最近少し丸くなったから忘れてたけど、なんか須藤らしいや。
映画とか見てると捕虜になんかやったらダメらしいし、暴行じゃないだけマシなのかな。
「あれ、異動ってことは旦那さんはどうなったんですか。週末の話とかよく聞きますけど」
主に生々しいやつ。
正直割とキツイ思いしてるから、私はルイとの話とか他の人にしないようにしないとな、と思いつつそう聞いた。
「んー? いやーねえ、事情説明したら名古屋分社に異動申請出してついてきちゃってねえ。全く困るよお」
ほら今回はマシだけどこういうの。隙を与えると惚気る。
そうは口で言うけどその様子はまったく困っていそうにない。
「じゃあめぐみちゃんの質問いくつか答えたし。めぐみちゃんもそろそろ、それがどういうことか教えてくれる?」
「それ……って?」
「指輪のことよ」
ああ、それか。本来は外すようにするべきなのかもしれないけれど、なかなか癖がつかない。
間違えて学校に付けていかないようにしないとな。
「本当は昨日聞きたかったけれど、昨日はそんな調子じゃなかったしね」
「……今日は大丈夫そうに見える、ってことですか」
「うん。あのあとダヴィンチさんに何してもらったのか分からないけど、憑き物が取れた顔してるから」
憑き物が取れたような……まあ私に本当に憑いているものは取れていないわけだけど。
それでも昨日診察してもらって、アリエノールに言われた不本意なことではあるけどルイに守ってもらえて——。
——あー、だめだ。
しないようにしないと、とか言いながら今惚気ちゃってるな。
口から、ここ一週間ぐらいのルイとの話が次々と。さすがにさっきの会議であったことは話せないけど。
それとなく「そのおばさんをぎゃふんと言わせるためにいろいろやってくれて」っていう濁したニュアンスで伝えた。
「ふっふふふ。そうかあ、付けちゃったかあ。付き合って数日で指輪」
「な、なんかおかしいですか?」
「いいや、私も旦那とやったからさ。さすがに百日記念のときだったけど」
まじか。
一ヶ月記念とかでやるものだと思ってたけど、それでも早い感じか。
そんなやりとりをしながらふと、恋人とか家族について考えていると。
アリエノール——お母さんに突き飛ばされたあと、笑いながら書類をかき集めていたジョンのことが思い浮かんだ。
「いつも旦那さんとの話聞きますけど。町田さんって、どんなお母さんになりたいんですか」
「……私だからいいけど、そういうのあんまり人に聞かない方が良いわよ?」
いやまあそれは分かってるけど、よりによって町田さんが言うのか。
けれどそれすら冗談だったのか、窓の向こう——館の中庭の方へ目を向け、顎に手を突きながら答えてくれた。
「ごめんね、分かんないの。私の家あんまり裕福じゃなかったし、奨学金も背負いたくなかったから大学行かずに陸軍入ったけど……せめて貧乏な思いさせたくはないな、とは思うよ」
「貧乏……」
……そういえば、私の方から一方的に絶縁宣言したお祖父ちゃんと全然連絡取ってないけど、元気かな。
あの時の私は歪んでたし、貧乏だったけどお父さんの遺産も残してくれてて。
まあ、だからこうやって家出出来ちゃってるんだけど。
お金に余裕は出来ちゃったから、せめてもの恩返しで仕送りでもしようかなと思うけど……おじいちゃんがこんな方法で稼いだお金を受け取ってもらえるか。
そんなことを考えていると、答えが出たのか町田さんがぼそっと答えを口にした。
「でも……愛してあげたいなとは思うよ。わたし、子供好きになっちゃったし」
「なっちゃった……?」
「うん、須藤くんとかめぐみちゃん、ルイくんと関わってね」
そっか。私も、町田さんのことを少しだけ変えたのか。
三か月前、ルイと香蓮に私は救われたから分からなかったけど……もしかしたら、人を変えるってそんなに劇的なものじゃないのかもしれない。
もっと、身近で、少しずつ変わっていくものなのかも。
「愛してあげたい……か」
ジョンは、リチャードは。
おばさんに……アリエノールに愛されてたのかな。
そう思いながら、窓の外を見ながら支給された時計の針を眺め続けた。




